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違いを生み出す本田圭佑 やまぬ絶賛の声

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

全員の「最後まで諦めない」気持ちがPKに

オーストラリアに先制されたのは、試合時間も残り10分を切った後半36分だった。しかも、栗原勇蔵を投入し、守備固めに入ってから3分後の失点。「負けるかも知れない」という不安なり恐怖なりが多くの選手の胸をよぎる中、それでも失っていなかった「最後まで諦めない」というザックジャパン全員の執念を、圧倒的な求心力で吸い上げたのが本田圭佑だった。

ハーフナー・マイクと清武弘嗣が相次いでピッチに送り込まれた後の後半44分。「(香川)真司と話して、スペースを作っていこうと言っていた」という本田は、自らが打ったシュートが相手DFに当たり、CKを獲得する。右CKの清武のショートコーナーを受けた本田が上げたクロスは、オーストラリア選手の手に当たり、ハンド。日本のPK奪取を告げる笛に、6万人が一気に沸き上がる。

一瞬にしてのどが渇いてしまうようなしびれるシーン。のるかそるかで天国にも地獄にも振り分けられる場面で、本田はすぐさまボールを手にすると、体の横に抱えながら、さまざまな思案を巡らせるように、ゆっくりとボールをセットした。その間に時計は3分のアディショナルタイムに突入した。

すぐにボールを拾い上げ…

日本には本田以外に遠藤保仁という優れたPKキッカーがいるが、前回(3月26日ヨルダン戦)失敗に終わっている。だからここで本田が蹴るのは不自然ではなかった。とはいえ、残り時間を考えれば、PK失敗はそのまま敗戦へとつながる恐れがあった。だからこそ、大仁邦弥JFA会長は、「あそこで笛が鳴った途端に自分ですぐにボールを拾い上げたのは、すごいメンタルだと思った」と舌を巻いた。

試合直後のフラッシュインタビューでの本田のコメントによれば、「結構緊張していたけど、ど真ん中に蹴って取られたらしゃあないと思った」という。だが、そんなそぶりは当然見せない。

長友佑都は「圭佑なら決めると思っていたので何の心配もなかった。弾かれたときに詰めだけはしっかりとやろうと思っていたけど、信頼していたので」と言い、「蹴ったのは真ん中。それが彼のメンタルを物語っている」と、強靱な精神力を称えた。

「予選を通じて期待に見合うプレーができなかった。自分にはメンタルが足りない」と、自らへ厳しい視線を送る香川真司にとっては、W杯予選を通じて感じてきた本田の勝負強さを、今まで以上に見せつけられたオーストラリア戦だった。

「このチームを勝たせるんだという強い意思を持っているのは、現状では圭佑くん一人という状況だと思う。僕は決めるべきところで決められなかった。圭佑くんはこういう(大事な)試合で違いを生み出す」と脱帽し、「強いチームになるには、こういう選手が2,3人、必要になってくる。自分も強くなっていけるように、存在感をもっと出していけるように、頑張る」と話した。

違いを創る人

本田を絶賛する声は、PKの場面だけではない。戦術的視点ではつねに本田はチャンスの起点となり、ボールの落ち着かせどころになり、メンタル的視点では本田の存在が他の選手に熱さと冷静さの両方を与える。

今野泰幸は「圭佑が入るとデカい。落ち着くし、相手も取りにいきたくてもいけないようだった」と言う。北京五輪以来のチームメートである内田篤人は「本田さんが簡単にボールを失うのを見たことがない。あの人がいるとタメができるので攻撃に厚みが出る」と効果を説明した。

ザッケローニ監督は試合中、コンディション面で不安のあった本田を途中交代させることも視野に入れたというが、最終的には「彼を外さないチョイスをした」といい、それは大成功だった。指揮官はさらに、「本田は2つのクオリティーを兼ね備えている。一つは強いパーソナリティーを持っている選手だということ。もう一つは日本人離れしたフィジカルの強さ。そこでボールが収まることが他とは違うクオリティーなのかと思う」と強調する。

敵将であるオーストラリアのオジェック監督も「本田はピッチにいるとき、つねに違いを生む。そういう質の選手だから、彼はいるだけでチームに違いをつくる」と最大級の賛辞を送った。

前半19分、香川の決定的シュートを右手一本で防ぐなど、さすがの守りを見せたGKシュウォーツァーは「PKについては分析していたから、止めなければいけなかったのだが、あの瞬間はちょっと混乱してしまった」と振り返った。

結果的にど真ん中を狙い、百戦錬磨のベテランGKを混乱させる冷静な駆け引きをしながら、疲れもピークの後半アディショナルタイムにPKを成功させるメンタルの強さは、やはり別次元だ。

試合終了直後、テレビのフラッシュインタビューではW杯予選突破の喜びを語っていた本田だが、ひとたびロッカーに戻り、シャワーを浴びて取材エリアに出てきたときは、報道陣の呼びかけに応じることはなかった。

それこそ“冷静に”考えれば、オーストラリアに勝ってブラジル切符をつかむことはできず、3試合勝利なしという現実がある。しかもこの日の得点はPKのみ。「これで世界の頂点を目指せるのか」という疑問が出てくるのは自然なことだろう。

本田が考える今後の課題に関しては、いずれ報道陣の前で語られるはずだ。日本はこの後、6月11日にカタールで行われる消化試合のW杯最終予選イラク戦に向かい、6月15日からはブラジルでコンフェデレーションズ杯がある。おそらく、W杯出場権獲得の喜びの賞味期限は非常に短いだろう。だから、せめてその短い間に、本田を心ゆくまで称賛したいのだ。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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