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岡崎慎司が明かす、ザックジャパンが劇的に改善した理由

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
ベルギー遠征に出陣したザックジャパン

ザックジャパンの2013年の締めくくりは、世界ランク8位のオランダに2-2で引き分け、5位のベルギーに3-2で逆転勝ち。欧州強豪とのアウェイ2連戦を1勝1分けで終え、W杯前年の活動を終了した。

10月の東欧遠征ではW杯出場権を逃したセルビアとベラルーシに無得点で2連敗。決定機を作ることすらままならず、攻撃陣は迷路に入ってしまったかのように映った。

ところが1カ月後の今回は、見違えるような連動性で相手守備を崩し、あるいは穴を突き、2試合で5得点を奪った。

何が改善されたのか。なぜ改善されたのか。

岡崎慎司らの証言から浮かび上がったチーム内の意識改革を軸に、1カ月での劇的変化の背景に迫る。

意味ある“勝ち点1”を得たオランダ戦

11月の2連戦を、W杯グループリーグの初戦と第2戦に置き換えてシミュレーションすれば、2点差を追いついて引き分けに持ち込んだ初戦のオランダ戦は、2戦目への勢いという点でも大きな意味のある「勝ち点1獲得」だった。

香川真司のスルーパスに抜け出した柿谷曜一朗のシュートが決まっていれば3-2で勝っていたかもしれないという悔しさも、2戦目へ向かう力になった。

ファンペルシーの欠場でパワーダウンの否めなかったオランダではあるが、日本が前半終了間際から後半にかけて見せた連動性の高い攻撃は、確実に相手を脅かしていた。オランダ人記者は「日本は後半良くなった。オランダの若い守備陣はパニックを起こしていた」と口をへの字に曲げていた。

もちろんこれは親善試合であり、勝ち点は存在しない。だからこそ、選手たちがそれぞれに感じ取っていたことが何であるかが重要になる。

長谷部「チーム全体が同じ意識を持って戦うことができた」

キャプテン長谷部誠は「今日はオランダと引き分けたことよりも、チーム全体が同じ意識を持って戦えたところに意味がある」と言い切った。

具体的にはどの部分がどのように改善されたのか。長谷部が続ける。

「10月と比べると、今日は選手全員に裏への意識があって、サイドの幅を意識した攻撃もできていた。守備も連動していた。大事なのは、選手全員が同じ方向を見て、同じマインドでプレーすること。それができたのが良かった。正直、原点に還った感じです」

なぜ同じマインドになれたのか。そう聞かれると、長谷部は少しの間考えてから言った。

「10月にいろいろと(攻撃方法を)試したけど、正直、怖さがなかったという反省がある。うまくいかないという意識があったからこそ、ジャンプするときがあると思うんです」

長谷部が語ったように、10月のザックジャパンは選手間で意識にズレがあった。

ズレとは、つなぎ倒したいのか、展開や選手の特徴に応じてバリエーション豊かなプレーで劣勢を打開したいのかといった違いであり、コンフェデレーションズ杯での惨敗を機に「もう1、2ランク上にいかなければW杯では勝てない」(岡崎慎司)と考えた主力選手たちが、個々それぞれに頭を巡らせたからこそ生じたものだ。

東欧遠征で初めてぶつかった選手たち

現に東欧遠征ではセルビア戦からベラルーシ戦までの数日間に選手だけのミーティングが行われ、真剣な意見交換が行われたという。

本田圭佑は、ベラルーシ戦の後、「意見が出るのはいいこと。どんどん出すべきだし、正直、ぶつかるのが遅いぐらいだと思っている。ちなみに前回のW杯では、それを(W杯が開幕する約1週間前)のスイスのキャンプで行なった。だから、そこは少なくとも進歩している。このままだと負けるぞと、みんなが危機感を抱いて話し合っている」と言った。

確固たる信念を持つがゆえ、ときに持論を振りかざしがちに見える本田だが、彼は、自らが出る杭となって打たれることでさえも利用し、チームを団結へと収斂させてきた人間だ。

本田が言うように、10月の惨敗で醸成されたのは「互いに意見を出し合わなければいけない」というムード。それを行動に移した選手の一人が岡崎慎司だった。

「僕は今までどちらかというとしゃべらないでやるタイプだった」

岡崎は自身をそう分析していた。しかし、ベルギーでの合宿では、練習でのプレーごとに、あるいは宿舎などでも積極的に自分の考えを他の選手たちに示し、チーム内に点在していた『温度差』を均そうと尽力した。

温度差解消へ、岡崎が動いた

岡崎いわく、「今までは、パスの受け手が出し手に合わせていた」。極端にいえばパッサーの考えが主=優先で、フィニッシャーは従という状態だったという。つまり、10月に見られたちぐはぐな攻撃は、出し手と受け手の温度差が原因の一つだった。

詳説すると、「このチームでは出し手に合わせないといけない場面が多かった。でも、もっともらう側の要求に出し手が合わせることも必要だと思ったんです。エゴというのではなく、単純に、出し手ももらう側の意図をくみ取ったパスを出すべきということ」。

例えば、足元か裏かという場面があるとする。岡崎は、「パスを出す側が受け手の足元へ出したいと思っていても、もらう側が裏に抜ようとしているなら裏に出してやるとか、そういうのが一つ大事になってくる」という。

なぜ岡崎は意識を変えたのか。その背景には、東アジア杯以降に加わった柿谷や大迫勇也、あるいは山口螢らの存在がある。限られた時間の中で新戦力たちが日本をさらに押し上げる原動力となるためには、それぞれの良さをフルに引き出してやる必要があると考えたのだ。それには互いの特徴をもっと理解し合わなければならない。

「自分たちが若いやつらに要求すれば、若いやつもやることが明確になると思うんです。あれやこれや言うということではなく、自分が欲しい場所やタイミングなどを新しい選手に伝えることは、意識を共有するという意味で重要なこと。上であろうが下であろうが関係ない。それに、若いやつらもそういうのを欲していると思うんですよね。もらい手が言えば、次は出し手の考えも聞けるというのもある」

チームが裏を狙うことで意識を統一

長谷部が言ったように、オランダ戦でチーム全体に裏を狙う意識が見られたのはなぜか。

一つは、バイタルで持ちすぎて相手に脅威を与えることのできなかった10月の反省があり、ザッケローニ監督のさらなる意識付けがあり、そして、気づけば「もらい手」の中で最も試合経験の多い立場になっていた岡崎の具体的な要求があった。

周知の通り、代表では右サイドを主戦場としている岡崎だが、所属チームのマインツでは主に1トップでプレーし、今季は11月25日現在リーグ12試合に出場(11試合に先発)し、5得点を挙げている。

「クラブでも代表でも、自分が生きるのは裏だと思っている。チームに必要なのも裏だと思う。だから、セルビア戦、ベラルーシ戦を終えて、今までだったら引いてプレーしていたところを、オランダ戦では相手サイドバックと同じラインに残るようにして、裏を狙うことを常に意識した」

これによって、相手のサイドバックは岡崎を意識下に置くことになり、「自分との駆け引きをプレッシャーに感じているように受けた」(岡崎)という効果が生まれた。さらに、味方にはサイドバックと同じ高さにいるときに欲しているプレーを説明した。

「(吉田)麻也や(山口)螢にはかなり言った。今までは、麻也が困っていたら俺も下がっていたけど、『俺がサイドバックと並行(の位置)にいてもパスを出してほしい』と。皆は『並行にいると出していいかどうか迷う』と言っていたけど、自分は五分五分のボールなら収める自信もある。だから、ヤットさん(遠藤)にも『並行にいたら裏を狙ってほしい』と話した」

こうして迎えたベルギー戦。オランダ戦から中2日という厳しいスケジュールの中、ザッケローニ監督は先発を6人替えて挑む。

結果は3-2の勝利。日本はミスの連鎖から前半15分に先制点を献上してしまったが、粘り強く反撃を仕掛け、まずは前半37分、右サイドの酒井宏樹のクロスを柿谷が同点ヘッド。後半8分には遠藤の右アウトサイドのワンタッチパスから、本田が代表で初めてという右足ゴールを決めて2-1とする。

同18分には、柿谷のワンタッチの浮き球パスから、裏に抜け出た岡崎が右足で蹴り込み、2点差をつけた。立ち上がりの失点やセットプレーからの失点という課題を残したものの、日本は3-2で強豪に競り勝った。

岡崎は「曜一朗がいいボールをくれて、そのまま抜け出せた。ワンツーで抜けられるようなイメージがあった」と意識の共有が生み出したゴールを自画自賛した。

バリーション豊かな攻撃を世界に披露した

日本が2試合で取った5得点の内訳は、中盤でボールを奪ってからの素早い攻撃で1点(オランダ戦の大迫)、左サイドのスローインから右へサイドチェンジし、5本のワンタッチ、ツータッチパスからの崩しで1点(同、本田)、右サイドを崩してのゴール(ベルギー戦の柿谷)、左サイドで酒井高徳、遠藤、香川、本田の4選手が絡んで決めたゴール(同、本田)、右サイドを起点に10本近くのパス交換をしながら一瞬で裏を取っての1点(同、岡崎)。実にバリエーション豊かな得点だった。岡崎に象徴される「意見をぶつけ合うことで意識を統一させていく」という行動が、チームを高い温度へと均一化させていた。10月に中盤の選手主導でトライした「中央での細かいパスによる崩し」もしっかりと得点を生み出す武器になっていた。

良かったのは攻撃のバリエ―ションだけではない。日本は、コンフェデレーションズ杯のイタリア戦で見せた攻撃の連動性を蘇らせたばかりでなく、ベルギー戦では接戦を勝ちきるという課題を克服するための手応えもつかんだ。さらに付け加えたいのは、オランダもベルギーも守備の堅いチームであるということ。いずれも10戦無敗で突破したW杯欧州予選での失点はオランダが5、ベルギーは4という少なさだった。

岡崎は、「日本は中盤にパスを出せる選手がいっぱいいるので、次は決める選手が出てこないといけないかなと思っている」と話していた。2戦を終えた後、香川は言った。「2試合ともFWが点を取ったことが僕たちにとっては何より大きい」

中盤のタレント、左サイドの攻撃力というベースに、苦しみを経験した後、新たに1トップの得点力が加わっていたザックジャパン。5大会連続でW杯出場を決めているこの国のサッカー選手は、着実にたくましくなっている。

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サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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