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【フィギュアスケート】羽生結弦のコーチが掲げる“金メダルに必要なこと”

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
ソチ五輪のフィギュアスケート日本代表選手

19歳での全日本連覇を称賛「ユヅルを誇りに思う」

「ユヅルが優勝して私はとってもハッピーだよ。なぜなら、タイトルを守ることがどれだけ難しいかを、私は知っているからね」

12月21日から23日までさいたまスーパーアリーナで行われたフィギュアスケート全日本選手権。ソチ五輪選考会を兼ねたこの大会、男子シングルでは日本フィギュア史上最も激しく、厳しい争いが繰り広げられた。

とりわけフリーでは、3枚目のソチ五輪切符を巡って高橋大輔、小塚崇彦、織田信成という、バンクーバー五輪代表3人が1つのイスを争うという熾烈な戦い。それぞれが全精力を傾けてリンクに立った。

そんな中、ダントツの成績で優勝したのが19歳の羽生結弦だ。

21日のショートプログラム(SP)では103・10点と、参考記録ながら世界歴代最高の点をマーク。22日のフリーでは、プログラムの最初に4回転サルコウを失敗したものの、全体をうまくまとめて194・70点。SPとの合計297・80点の高得点で、2位の町田樹に20点以上の大差を付け、危なげなく全日本連覇を達成した。

冒頭のコメントは12年5月から羽生を指導しているカナダ人コーチ、ブライアン・オーサー氏のものだ。演技中はリンクサイドで羽生と同調しながら体を動かし、採点を待つ間は「プーさん」のぬいぐるみティッシュケースを抱える氏は、自らも1980年代のトップスケーターとして君臨し、84年サラエボ五輪、88年カルガリー五輪で2大会連続銀メダルを獲得している。

「タイトルを保持する中でも、特に一度目の防衛は重圧がかかる。五輪シーズンという特別な年にそれをやってのけたユヅルを誇りに思う」と称賛する言葉には実感がこもっていた。

「すべてが良い方向に進んでいる」

今シーズンの羽生は、12月6~8日に福岡で行われたグランプリファイナルで、世界選手権3連覇中のパトリック・チャン(カナダ)を破って初優勝を飾ったことで、ソチ五輪での金メダル獲得がまさに現実味を帯びてきている。

飛躍の足がかりとなったのは、カナダ・トロントにあるプライベートクラブでの練習だ。同クラブでは、現役時代「ミスター・トリプルアクセル」と呼ばれるなどジャンプの名手として知られたオーサーコーチがダイレクターを務め、そのほか主にスケーティング指導を行うトレーシー・ウィルソン、振り付け師のデービッド・ウィルソンがおり、3人で役割を分担しながら羽生を指導している。

カナダに渡った当初、羽生の前には「英語」という壁が大きく立ちはだかっていた。だから、「ユヅルと私は昨年(12年)の1年間を互いを理解し合うのに費やした」。

これは、「私たちのクラブでは、何事も性急に運ばない」という指導理念に則ってのこと。「2年目の今年(13年)はコミュニケーションが良く取れるようになってきた。何をしたいのかを探ったり、推測したりしなくてもわかり合えている。今シーズンはすべてが良い方向に進んでおり、1つ1つの大会ごとに上達が見えている」のだという。

羽生が課題として取り組んできたのは、2種類の4回転ジャンプを入れること、やや荒さのあったスケーティング技術を改善すること、演技終盤にガクンと落ちていたスタミナをアップさせること。

オーサーコーチは「芝が育つのに時間がかかるのと同じで成熟するには時間がかかるものだが、2、3年前に比べるとユヅのスケーティングはとても自然になってきた。スタミナもつき、演技がとても良くなった」と目を細める。話が進むにつれ、「ユヅル」から「ユヅ」へと呼び名が変わる。

魔法の瞬間をつかむため、「自分を信じることだ」

ソチ五輪を目前にした今、オーサーコーチは「選手はどんな大会でも一番を目指さないといけないし、オリンピックを目指す選手は、もちろん私もそうだったが、銀メダルを目指して戦う選手は誰もいない」と力を込める。

羽生が頂点に立つためにはどんなことが必要か。

オーサーコーチが頻繁に繰り返すのは、「ユヅルに必要なのは、自分が世界トップの中に入っていることに気づくことだ」。そして、「自分を信じ、道具を信じ、我々がやってきたことを信じること」である。

今シーズンからフリーのプログラムに入れた4回転サルコウは試合で成功したことがまだないが、オーサーコーチは現時点で「私が考えるに、それは大きなリスクではない」と考えている。

もちろん、4回転ジャンプは最も特化して取り組んできた課題ではあるが、4回転トゥループを時間を掛けながらものにしていった過程になぞらえ、4回転サルコウも練習を重ねることで成功すると信じている。羽生自身も同じ考えだ。

そして、オーサーコーチには「経験」という強みがある。自身がトップスケーターだったからこそ持ち得るものだ。

84年サラエボ五輪で銀メダルを獲得したオーサーコーチは、地元カナダで開催された88年カルガリー五輪では国民の期待を背負い、旗手も務めた。ブライアン・ボイタノ(米国)との激しい争いの末、惜しくも銀メダルにとどまったが、「私には選手として2度の五輪に出た経験があるからね。それをユヅとシェアするよ」と、選手時代に感じた重圧、そして重圧とのつきあい方を羽生に伝授するつもりでいる。

加えて、ソチ五輪では、バンクーバー五輪でコーチとして金妍児(キム・ヨナ)を金メダルに導いた経験を生かすこともできる。

「五輪まで残り2、3週間にもなると、選手には精神的にものすごい重圧がかかる。フラストレーションもたまるだろう。そこで私たちチームの経験が生きてくる。いかにしてペースを守るかだ」

オーサーコーチが好んで使う言葉に「マジカル・モーメント」がある。「魔法のかかった瞬間」を作り出すことが金メダルの条件ということだろう。

「ユヅルにとって、この惑星で行われる最大のスポーツイベントに初めて出るのはとてもエキサイティングなこと。私も興奮しているよ。ソチ五輪に向かっている今シーズン、すべてが良い進歩を遂げている。彼は勝利に向かって集中して突き進んでいる」

魔法のかかった瞬間を作り出す自信は、オーサーコーチにも当然ある。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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