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【体操】山室光史は誓う。「ロンドン五輪の雪辱を、リオで」

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2015年6月、全日本種目別選手権つり輪15・500で優勝した山室光史(写真:伊藤真吾/アフロスポーツ)

■ロンドン五輪団体決勝で左足を骨折

2012年夏、団体金メダル奪回に挑んだロンドン五輪で、銀メダルに甘んじた体操ニッポン。団体総合予選、団体総合決勝と不調にあえぎ続けた日本チームの中で、最悪のアクシデントに見舞われたのが山室光史(コナミスポーツクラブ)だった。

団体決勝の跳馬で高難度技のロペスに挑んだ際に、着地で左足を骨折。その後の種目の棄権を余儀なくされた彼は、銀メダルという結果が出ると、仲間たちに「ゴメンね…」と言葉を振り絞った。チームに迷惑をかけたという自責の念が脳裏を渦巻いた。

あれから3年。骨折箇所の2度の手術、復帰過程での痛み、骨折に起因する身体バランスの崩れなど、数々の苦節を乗り越えた26歳は今年、目標としていた世界選手権の代表入りこそかなわなかったものの、完全復活まであと一歩のところまでたどり着き、リオ五輪に向けて邁進している。

「今年は(世界選手権代表に)戻っておきたかったので残念でしたが、9月には全日本シニア選手権がありますし、11月には全日本団体選手権もある。もう、来年を考えて練習しています」

7月、埼玉県草加市のコナミスポーツクラブ体育館に、精力的にトレーニングをこなす山室の姿があった。

■逆立ちで抜群の強さ!倒立5分、壁倒立1時間

コナミスポーツクラブで(撮影:矢内由美子)
コナミスポーツクラブで(撮影:矢内由美子)

山室は1989年1月17日、茨城県古河市生まれ。小さい頃は2歳上の兄と一緒にサッカーをやっていたが、小1のころにテレビで体操を見てカッコいいと思い、埼玉県大宮市のサトエスポーツクラブに通い始めた。

そこで出会った中国人指導者の呉傑コーチから最初に課せられたのが壁倒立だった。逆立ちが大の得意だった山室は、平均20、30分、長いときは1時間も壁倒立を続けた。終わると顔がパンパンで、目を開けられないほどだったが、体操が楽しくてしょうがなかった。

壁を使わない、自力だけの倒立も得意で、5分間も逆立ちを続けていられた。5分間というのはトップクラスの選手でもなかなかできない長さだという。

逆立ちのエピソードに象徴されるように、群を抜く筋力の強さと体操センスを持ち合せた彼は、埼玉栄高校時代にメキメキ頭角を現すと、同い年の内村航平を抑えて個人総合で高校チャンピオンの座に就いた。

日体大を経て社会人1年目になった2011年世界選手権では、個人総合と種目別つり輪で銅メダルを獲得し、2012年ロンドン五輪でも順当に代表入りを果たした。

■4年後に借りを返す…内村との誓い

跳馬も得意種目の一つ(撮影:矢内由美子)
跳馬も得意種目の一つ(撮影:矢内由美子)

ところが初の五輪舞台で骨折という大けがを負った。銀メダルに終わり、肩を落としたその夜。選手村に戻った山室は、チームメートがそろうリビングルームで、「申し訳なかった」と頭を下げた。(選手村は後にマンションとして売り出されるため、3LDKや4LDKの作りになっている)

「4年後は万全な状態で試合を終えて、今回の借りを返そう。このメンバーみんなで返そう」

寝室は内村との2人部屋。そこでも繰り返した。「4年後に、絶対に借りを返す」

「航平はあまり言葉の多いヤツじゃないので、『そうだな』と言うくらいでしたけど、僕らは口にしなくてもわかり合っています。あのとき誓い合ったことは忘れません」

2011年に世界選手権個人総合で銅メダルを獲得したことからも明らかなように、オールラウンダーとしての能力も高い山室だが、最大の武器はやはり、つり輪だ。

思い描いているのは、日本人が苦手とするこの種目でリオデジャネイロ五輪の団体金メダルに貢献すること。試合中に骨折してしまったロンドン五輪の雪辱を果たすため、「リオ五輪まで、自分をいじめ抜く」という覚悟だ。

26歳。当然まだ老け込む年齢ではないが、若いころと比べれば、確実に疲労回復に時間がかかるようになっていることを感じる。けれども、山室は言う。

「身体は衰えていくんですが、体操に対する考え方や心の面は成長しました。やらなければいけないことが何であるかを明確に考えて、それをやれるようになった。もともと僕は自分に甘い部分があったのですが、それもなくすようにしています。緊張することもあまりなくなりました」

■最大の武器はつり輪の力技

山室にはつり輪の力技で観衆を魅了したいという思いがある。特にこだわっているのは、力技の際に手首を内側に巻かず、伸ばしたままで行う見せ方だ。手首を巻けば多少楽になるが、伸ばすと負荷はより大きくなる。

「国内だったら手首を巻いていても点が出るのですが、国際大会の審判だと点が出ない。そういう部分で優劣をつけられるのです。僕は手首を伸ばすことを突き詰めていこうと思っています」

つり輪の力技で一番気に入っているのは「十字倒立からの引き上げ」の連続技だ。海外でもこの連続技を演技構成に組み込んでいる選手は少なく、見た目にも新鮮。山室がこの技を行うと会場は盛り上がる。演技の見せ所だ。

「一番使うのは広背筋かな。倒立のときと同じ筋肉です」。自身の強みが凝縮されている技なのだ。

■リオへの助走路

ロンドン五輪後は左足の手術を2度行った。上半身に影響がなかったことで2013年秋の世界選手権には種目別つり輪に出て7位入賞を果たしたが、この年の無理が響いてしまい、昨年は上半身と下半身の筋力バランスが崩れるなどの影響が出た。そのため、昨年は調子が上がらずに苦しんだが、今年になってようやく良い状態に戻ってきたという。

「まだ完全ではない」とのことで、世界選手権代表入りには間に合わなかったが、この先順調に練習を続けていける状態を保っていけば、来年のリオ五輪代表争いに名乗りを上げていくことは間違いない。

「来年はギリギリのところではなく、入って当たり前という演技をしなければいけないと思っている。骨折した後は自分をいじめたくてもいじめられる状態ではなかったけど、やっと以前の身体の状態を取り戻しました。これからは自分をいじめ抜きます」

ロンドンの悔しさはリオで晴らすしかない。山室は勝負のときに向け、最後の助走路に立っている。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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