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【体操】リオ五輪団体金メダルのカギを握るメンタル王 加藤凌平

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
体操世界選手権 団体決勝4種目に出て金メダルに貢献した加藤凌平(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

彼の持っている、きら星がごとき競技能力や、2012年ロンドン五輪団体銀メダル、2013年世界選手権個人総合銀メダル、2014年世界選手権団体銀メダルおよび種目別平行棒銅メダルといった華々しい実績からすれば、今回の世界選手権は、団体金メダルに輝いたことを除くと、複雑な心境だったのではないか。

加藤凌平(順大)は、しかしながら、その高いポテンシャルを改めて示した。世界舞台で4年連続メダルを獲得(現役では、8年連続の内村航平に次ぐ実績だ)している理由を見せつけた。

キャプテン内村航平を筆頭とする6人のメンバーによる体操ニッポンが、10年来最大のライバルである中国に追いつき、追い越すための土台をガッチリと固めることができた背景には、何があっても決して揺るがない、加藤のメンタルがあった。

世界大会4年連続メダル

団体決勝での最初の出番は、2種目めのあん馬だった。やや危ない場面もあったが、何とか持ちこたえて14・733を出し、次につなげた。続くつり輪は予想外に点が伸び悩んだものの14・366。

そして、3つ目の出番となった得意の平行棒では15・533を叩き出した。最後の鉄棒でも15・033。緊張感がピークに達し、田中佑典や内村にミスが出た終盤でも、加藤は顔色一つ変えずに自分の演技に集中した。

「(最後の鉄棒で中国に逆転された)去年の経験もあったので、リードしているからといって大丈夫という気持ちにはならなかった。いつも通りに集中し、変な雑念を持たずにやっていた。出場した4種目でほぼ着地までまとめる良い演技ができた。強いて言うなら、つり輪の点数が伸びなかったのが悔しいところだった」

8月にあったインカレで、跳馬の大技ロペスを跳んだ際、着地で左足首をグリッとひねった。歩くのもままならず、練習ができないどころか、何はともあれ治療だ、という状況だった。

「じん帯が複数切れていて、外側の腱脱臼もあった。先が見えないくらいの状態で、一時は出場をあきらめかけた」

順大の後輩であり、内村が「今回の勝因は彼」と称賛した早坂尚人と肩を組む(撮影:矢内由美子)
順大の後輩であり、内村が「今回の勝因は彼」と称賛した早坂尚人と肩を組む(撮影:矢内由美子)

毎日、高気圧酸素室に通った

苦境を乗り越えられたのは周囲の必死のサポートがあったからだ。ケガから1週間は母・由美さんの運転で千葉から東京・お茶の水の東京医科歯科大に毎日通い、高気圧酸素室に入って回復に努めた。コナミスポーツクラブで監督を務める父の裕之さんやドクター陣も最大限の支援をしてくれた。

国内合宿では鉄棒も平行棒も、降りの練習はできなかった。通せるようになったのは世界選手権の事前合宿地であるフランスに着いてから。大会まで10日を切っていた。それでも間に合ったのは、日頃の鍛錬によって高い競技力が身についているからだ。

多くの人が「あれだけギリギリまで練習できなかったのに、あの仕上げ方は信じられない」と舌を巻いた。そんな中、内村だけは日本を出発する時点ですでに「凌平はあとは着地の練習だけ。だから大丈夫だ」と泰然自若としていた。内村の見立ては的確だった。 

「よく世界選手権に出られた。しかも、まさか4種目も出るとは思わなかった。両親やドクター、関係者に感謝したい」

加藤は穏やかな口調で言った。そして、金メダルの重みを聞かれると「胸がいっぱいです」と答えた。

ただし、胸に響くのは結果だけに限定される。内容は満足できるものではなかった。

「日本チームとして完璧な演技をして金メダルを取れたわけではない。課題はある。1番を取ったのは良いことですが、この課題を胸に来年に臨みたいです」

予選で首を痛めながら、団体決勝で6種目に出場した内村にはあらためて尊敬の眼差しを向けた。

「2種目目のあん馬で最後まで通った瞬間に、今までにないようなガッツポーズをしていた。それほど懸けているのだなと思った。航平さんあっての日本。航平さんのためにも勝って良かった」

内村の負担を軽くしたい

だからこそ来年は自分がもっとやらなければいけないと思っている。

「最後の鉄棒で航平さんが疲れてああなった(カッシーナでの落下)としたら、航平さんの負担を軽くしなければいけないというのが課題になる」

加藤の強みはブレないメンタルだ。団体決勝という息詰まる攻防を繰り広げた試合中も、冷静な目線で他の選手の演技や採点の動向を観察した。そこで感じたのは、つり輪の採点傾向に変化が見えているということだった。

「今大会はつり輪のスイング評価されていないので、もっと力技を鍛えて力のある実施ができたらいい」

驚くのは、加藤がこのコメントをしたのが、37年ぶり金メダルを獲得した団体決勝の公式会見の場だったことだ。

内村は加藤のことを「凌平はロンドンでメンバー入りして以来ずっと変わってない。マイペースで我が道を行くタイプ。まったくブレない」と称賛する。

繊細に見えるが? 内村にそう聞くと「全然繊細ではないですよ」と一笑に付された。

加藤はこの先、左足首をしっかり治してくことが先決だと考えている。完治するまでは得意のゆかと跳馬の練習は制限がかかるはず。その期間を生かし、器具系のあん馬、つり輪、平行棒、鉄棒の練習に時間を割くことになるだろう。来春、加藤が完全復活するときは、一回りどころか二回りくらいは大きく成長していそうだ。

メンタルの強さでは内村以上かもしれない加藤。彼の6種目完全復活が、リオ五輪の団体金メダルのカギを握っている。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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