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【フィギュアスケート】羽生結弦が見つけた、自己を高めてくれる好敵手

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
NHK杯男子シングル(左から2位ネイサンチェン、1位・羽生結弦、3位・田中刑事)(写真:ロイター/アフロ)

「僕がソチ五輪で優勝した後、どんどん4回転が増えている。これはおそらく、パトリック(チャン)に向かって僕らが4回転を強化していったことが、若い世代に受け継がれているのだと思う」

11月25~27日に札幌市で行なわれたNHK杯フィギュア男子シングルのメダリスト会見。2年連続3度目の優勝を果たした羽生結弦(ANA)は、フリープログラム(FP)の曲名である「ホープ&レガシー(希望と遺産)」になぞらえ、男子スケート界に自身が残してきたレガシーは何かという質問に対し、“4回転ジャンプへの挑戦者魂”を挙げた。

引き続き英訳の音声が会場内に響いた。すると、壇上で羽生の横に座っていた2位のネイサン・チェン(米国)の顔がみるみるほころんだ。今季からシニアに参戦したばかりの17歳は、羽生の方を見ながら、我が意を得たとばかりに笑顔を浮かべていた。

今回のNHK杯では、羽生の口から「うれしい」という言葉を何度も聞いた。ショートプログラム(SP)では103・89点を出し、スケートカナダの79・65点から20点以上もスコアを伸ばした。FPでも200点超えこそならなかったが、ミスがありながらもトータルで300点を超えた。

羽生自身は演技の出来映えについて「悔しさが4割、ホッとしたが4割、楽しかったが2割」だと振り返ったが、それとは別のポケットの中で「うれしさ」を握りしめていたのだ。他ならぬ、若き4回転ジャンパー、チェンとの新たな関係ができたことに起因する感情も、「うれしさ」の一つだった。

SPの前日に行なわれた日本選手の公式会見では、SPで2つ、FPでは5つの4回転ジャンプを組み込む新鋭のチェンについて、どんな意識を持っているのかという質問が羽生に投げかけられた。

「ネイサン選手への意識を言葉で表現するのは難しいが、ただ、刺激はたくさんもらっている。自分(の4回転ジャンプ)はループだけど、(チェンが跳ぶ)ルッツやフリップのほうが明らかに難度は高い。昨年の金博洋選手に対する意識と同じかもしれないが、彼を見ていると、自分にはまだまだ伸びしろがあると自信がつく」

その時点では、羽生がチェンと同じグループで練習したのは1回だけだと話していたが、「正直に、すごいジャンプだと思っている。今回は初めて同じ大会に出るので、一緒に競い合えてうれしい。自分はまだまだできるのだという勢い的なものを彼からもらえている」と楽しみにしている様子だった。

試合では、羽生がスケートカナダからの1カ月でプログラムのトータルでの習熟度を一気に上げて王者の貫禄を見せたのに対し、フランス杯から約2週間と期間も短かったチェンはジャンプで多くのミスをした。それでも1プログラムでルッツとフリップの4回転も両方を決め、4回転フリップ+3回転トゥループのコンビネーションも成功させた。NHK杯2位になったことで、羽生とともにGPファイナル進出も果たした。

とにかく、シニア1年目の17歳にとっては毎日が新鮮そのもの。特に羽生のことになると、言葉が弾んだ。

「まず、羽生選手とこの場に一緒にいられることを本当にうれしく思っている。生に見ることは滅多にできない選手で、僕は今までテレビで見ていた。だから、この場に一緒にいられて光栄だ。試合はとにかく驚愕的なパフォーマンスだったし、羽生選手自身が楽しんでいるのが伝わった。そして練習では、4回転のループもサルコウも素晴らしいし、アクセルは毎回素晴らしい」と興奮気味に言った。

FPの演技終了後のミックスゾーンでは、場所が狭かったこともあり、先にペン取材に対応していたチェンとわずか1・5メートルほどの距離で羽生のテレビ用の取材が行なわれるという、珍しい光景があった。羽生の話しぶりはもちろんのこと、チェンの取材対応も実に堂々としていた。

プルシェンコとヤグディンを中心とする4回転ジャンパーたちが火花を散らしていた光景を原体験として見てきた羽生は、「僕にとっては4回転ジャンプに挑むのは当然のことなんです」と語っていた。

ソチ五輪の前、パトリック・チャンを追いながら、自身が求めていた4回転時代再来の道を示し、遺産であると胸を張った羽生。会見が終わると、多くの荷物を持つのに手間どっている17歳を優しげに見つめながら待ち、田中刑事と3人がそろったところで「ありがとうございました」と頭を下げて出て行った。自らを高めてくれる若き好敵手の出現がうれしいようだった。

男子シングル表彰台選手の会見で(撮影:矢内由美子)
男子シングル表彰台選手の会見で(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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