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昨年の自殺者 減少の理由

清水康之ライフリンク代表

昨年の自殺者数が15年ぶりに「3万人」を下回った。

私たちが自死遺族(自殺で家族を亡くした遺族)と協力して行った過去の調査から、「自殺の背景には60を超える要因」が潜んでおり、「自殺で亡くなった人は平均4つの要因を抱えていた」ことが分かっている。自殺の要因は一様ではなく、「これをやれば自殺が減る」といった万能薬もない。(「自殺実態白書2008」ライフリンク発行

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それでも3年前から、毎年千人単位で減少してきているのは、遅ればせながらだが、「自殺対策を推進するために必要な社会的条件」が整ってきたことの影響が大きい。「自殺」といっても、多くは死を強いられているのであり、自ら死を選んでいるわけではない。生きる道を選択できるだけの支援を得られれば、多くは「自殺」ではなく「生きる道」を選ぶ。結果、自殺は減るのだ。

だが、日本の自殺は1998年に急増して「3万人超」となってからも、2006年に超党派による議員立法で『自殺対策基本法』が作られるまで、タブー視され続け、社会的な対策も放置されてきた。個人の問題とされてきた自殺がようやく社会問題化され、対策が動き出してから、実はまだ数年しか経っていない。

たらればを言っても仕方ないが、下記の「自殺対策を推進するために必要な社会的条件」がもっと早期に整備されていれば、事態は大きく変わっていただろう。

◆◆◆

1)地域データの公表

政府が詳細な自殺の地域データを公表するようになったのは、2010年。それまでは年一度(6月頃に)、全国規模のデータを公表するだけだった。自治体が自殺対策に取り組みたくても、自分たちの地域の自殺実態が分からず、闇夜に矢を放つような対策や漠然とした啓発しか行えなかったのである。それが現在は、市区町村単位の自殺データが毎月公表されるようになり、各地で実態に即した実践的な対策を行えるようになった。首長たちの意識も一変させ、地域レベルの対策を大きく後押しした。

2)先進事例のモデル化

例えば、東京・足立区による「自殺対策の都市型モデル」東京・荒川区による「医療と地域が連携した自殺未遂者支援」、それに東京都による「こころといのちの総合相談会」や「多分野合同研修会」など。地方と比べて自殺率が低いからと(人数は多いのだが)対策が立ち遅れてきた都市部において、先駆的な取り組みがここ数年で一気にモデル化されてきた。「こう進めればいい」という都市部における自殺対策の見本ができてきた。

3)ネットワークの構築

そうしたモデルや見本を互いに学び合い、全国に普及させるためのネットワークも成長してきた。2010年に「自殺対策全国民間ネットワーク(70団体)」が発足し、2011年には「自殺のない社会づくり市区町村会(235自治体)」が立ち上がった。現場に最も近いところで活動している両ネットワークが、今年度から合同で研修会を開くなど、相互の連携が進んでいる。

4)タイミングの設定

やはりこれも2010年からになるが、政府は、日本で自殺が増える傾向にある3月を「自殺対策強化月間」に定め、全国各地で相談会や啓発イベントが集中的に実施されるタイミング(契機)を作った。自殺を最もタブー視していた行政が、率先して地域の自殺対策に取り組むようになったことは(取り組まざるを得なくなったことは)大きな変化だ。初年度は、強化月間の翌月に自殺者数が前年同月比で16%減少し、当時過去最大の下げ幅を記録した。

5)財源の確保

2009年に政府が「地域自殺対策緊急強化基金(3年度分として100億円)」を造成し、都道府県に配分。さらに、都道府県から市区町村にも配られ、財政がひっ迫している市区町村においても、政府から10分の10の補助を受けて、地域にとって必要な対策を講じられるようになった。

◆◆◆

つまり、全国各地で、自殺対策月間にあわせて、全国の様々な先駆的なモデルを参考にしながら、それぞれの地域の自殺実態に即した対策を進められるようになってきた。この数年間で、「自殺対策を推進するための社会的条件」が整ってきたことにより、自殺対策の全国的な底上げが図られてきたのである。

加えて、多重債務問題が改善されてきたことや、暮らしや命の危機に瀕した稼動年齢層が以前よりは多少(まだまだ不十分だが)生活保護制度を利用しやすくなったこと。昨年3月に「よりそいホットライン(傾聴だけでなく実務的な支援も行う総合相談事業)」が開始され、また「いのちと暮らしの相談ナビ」が携帯大手3社との協働により広く周知されたことで、自殺リスクを抱えた人でも支援策にたどり着きやすくなったことなども、現場の実感として、「減少」に寄与していると言える。

しかし、である。

依然として交通事故死者数の約7倍、一日平均70人超が自殺で亡くなっているわけで、何ら楽観できる状況にはない。自殺率で言えば、アメリカの2倍、イギリスやイタリアの3倍という非常事態のままだ。

「自殺の多くは追い込まれた末の死」であり「自殺対策とは包括的な生きる支援」であると、昨夏改定された『自殺総合対策大綱(自殺対策に関する国の指針)』に謳われた。今後やるべきことも、すでに細かく列記されており、あとはそれらの「生きる支援」を、一つひとつ確実に実行に移すことが課題だ。

自殺は様々な問題が最も深刻化した末に起きている。であればこそ、自殺対策を通して、社会の様々な問題に働きかけることもできるはず。『大綱』の副題に「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現をめざして」と掲げられているように、総合的に自殺対策を推し進めていくことは、まさに社会づくりに他ならない。

「3万人」といった数字に囚われがちだが、自殺で亡くならざるを得なかった「一人ひとりの存在」に想いを馳せながら、「誰も自殺に追い込まれることのない社会=誰も置き去りにされることのない社会=生き心地のよい社会」の実現に向けて、今日も力を尽くしたい。

ライフリンク代表

NPO法人「自殺対策支援センター」ライフリンク代表。いのち支える自殺対策推進センター代表理事。自殺対策全国民間ネットワーク代表。元NHK報道ディレクター。自死遺児の取材をきっかけに、自殺対策の重要性を認識。2004年にNHKを退職し、ライフリンクを設立。10万人署名運動等を通して、2006年の自殺対策基本法成立に大きく貢献。2009~11年、内閣府参与として国の自殺対策に関与。2016年の自殺対策基本法改正にも深く関わる。1972年生。著書に『自殺社会から「生き心地のよい社会」へ』。

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