食事を「おごる」心理効果 ……「おごる」とどんな期待を得られるか?
「おごる」側はついつい見返りを期待する?
上司が部下に食事をおごったり、男性がデートで女性に(もしくは女性が男性に)おごったりすることはよくある出来事です。
ビジネスにおいては、部下をねぎらったり、お客様を接待するときに「おごる」という行為はあるでしょう。デートのときであれば、男性が女性相手に見栄を張る意味で「おごる」ということもあるかもしれません。
相手の喜ぶ顔がみたい、自身の甲斐性を見せたいという欲求から、誰かにおごりたいという気持ちが芽生えるのも自然のことと思います。
とはいえ「おごる」ほうは、無意識のうちに等価交換を考えてしまうことがあるので気をつけなければなりません。
等価交換とは、同等の価値があるものを相互交換することです。「おごる」行為をした人は、知らず知らずのうちに「見返り」を期待する心理が働くということです。
「おごる」ことで、相手から「いい人」と思われるだろう、自分のことを気に入ってもらえるかもしれない、こちらの言い分を聞き入れて、仕事に精を出してくれるかもしれない……。「同等の価値」を要求しなくとも、少しばかりの期待をいだくことは自然であると言えます。
しかし、そのような期待は、言葉や表情、態度に出てしまうもの。「見返り」を期待して「おごられる」のは、あまり気持ちがいいものではないですから、「おごる」側は『ギブ&テイク』を考えずにおごったほうがよいと私は思います。
特に「おごり慣れていない」人は意外と、そのような心理に陥ってしまうことがあります。気に留めておいても損はありません。
「おごられる」側は、当たり前と感じるようになる?
いっぽうで「刺激馴化」という心理現象も覚えておきましょう。刺激馴化とは、ある刺激を受け続けると最初に受けた反応が徐々に鈍くなっていく現象です。
つまり「おごられる」側は、同じ相手におごられ続けることで、感謝の気持ちが鈍くなり、次第におごられることが「当たり前」と受け止めていってしまうのです。
最初は感謝の気持ちをあらわしていた相手も、だんだんと「ありがとう」の言葉も言わなくなり、さらに「刺激馴化」が進めば、おごられないと残念に思うようになることもあります。
いつものように「おごられる」ものと思い込んでいたら、相手から「今日は割り勘ね」と言われた瞬間にムッとしてしまった経験はないでしょうか。これは「刺激馴化」が引き起こす感情です。
おごられ続けた過去が、その感情を発生させたのです。自分の性格が傲慢で、謙虚さに欠けているわけではありません。
「おごる」ことと信頼の構築は関係がないのか?
接触を繰り返すことで、相手との信頼関係(ラポール)が少しずつ深まっていくことがあります。これを「単純接触効果」と呼びます。
美味しい食事をしたり、飲み会をしたり、プレゼントを渡したりするのは、接触する「ネタ」としては、格好の材料です。
とはいえ、信頼関係を構築することと「おごる」こととは関係がないので、たとえ「割り勘」であっても、一緒に食事をともにすることで関係は構築できていきます。
相手におごりたいと思えば、おごっていいでしょう。自分がおごりたいから「おごる」。それでいいのだと私は思います。コミュニケーションしたい相手とその機会が増えてラッキーだと受け止める程度でよいのではないでしょうか。
また、反対に「おごられる」側の人は、前述したとおり、その状態が続いてしまうと、ついついそれが「当然」のことのように感じられてきます。
その心理現象は特別なことではありません。しかし人間関係を良好に保つためにもおごられたときは、ためらうことなく感謝の気持ちをあらわしたほうがよいでしょう。10年、20年のお付き合いしている相手に対しても同じです。
「おごる」「おごられる」ことは、人の価値観によってかなり受け止め方が変わるものです。ここに書いたことに共感をも持てない人もいるでしょう。多種多様な考え方があり、デリケートなテーマでもあるわけですから、「おごる」「おごられる」ことによる基本的な心理作用を押さえておいたほうが安全です。
ほとんどの人は良かれと思って、誰かに何かを「おごる」のですから、その行為によってお互いの関係がギクシャクしないようにしたいものですね。