日本の就活生は「ブラック企業」だの「ホワイト企業」だのと騒いでいる場合じゃない

やりがいを感じられる会社って、どこ……?(写真:アフロ)

「大手病」でも構わない

2017年卒の就活スケジュールが前年と比べ、結局は2ヶ月前倒しでスタートすることとなりました。多少の混乱はあるでしょうが、企業側からすると、広報や選考期間が少しでも長いほうがメリットは多く、歓迎すべき変化と思います。学生は学業と就職活動との両立に四苦八苦するでしょう。しかしその経験は、社会人になってから必ず求められる「時間をやりくりする能力」を鍛えるうえでもプラスに働くと受け止めて、前向きにとらえたほうがよいと思います。

さて、相変わらず日本の就活生は「大手病」にかかっている、と言われます。「大手病」とは、大手企業にばかり目を向けて、それ以外の中小企業には目もくれない病気(?)を指すそうです。経営コンサルタントをしている私にとっては、入社する企業を選定する際に、「大手」を一つの基準にするのは致し方ないのではと思っています。就活生には企業や経営に関する情報が圧倒的に足りないのですから。(たとえ経営学を専攻していても)「大手企業ばかりに目を向けず、キラリと光る中小企業にもフォーカスしろ」と言われても、普通の就活生には、どうしたらいいかわからないものです。

ブラック企業を怖がる必要はない

それよりも私が気になるのが、「ブラック企業」「ホワイト企業」という区分。最近やたらとマスコミで取り沙汰されているこれらの言葉に、就活生はぜひ翻弄されないでいただきたいと思います。まず、以下2つのポイントは頭に入れてもらいたい。

■ ブラック企業を怖がる必要はない

■ ホワイト企業が「よい会社」の基準ではない

「ブラック企業を怖がる必要はない」という表現を読んで驚く人はいるでしょうか。たとえば、自分がブラック企業に就職し、精神的に追い詰められる確率と、凶悪犯罪に巻き込まれる確率とどちらが高いと思いますか? ブラック企業問題も、凶悪犯罪も、どちらもニュースになりますが、あまりに過剰反応していると何もできなくなります。まさに情報が少ない人が陥る「リスク過敏バイアス」と呼ばれる心理現象です。ブラック企業の定義を正しく認識すれば、400万社あると言われる日本企業の、何万社に1社がブラック企業か、何となくでも想像がつくと思います。

「ホワイト企業がよい会社の基準ではない」というのは、何となく理解できる方も多いでしょう。ホワイト企業の定義は曖昧ですが、ひとつの基準に「離職率」があります。離職率が低い会社が「よい会社」であるかどうかは、企業経営をよく知っている人ならすぐにわかるはずです。

労務問題ばかりを扱っている人の目には「良い会社」に映るかもしれませんが、それはご自身にとってであり、そこで働いている人にとってはそれほど重大な指標ではありません。あまりにも偏った視点と言えるでしょう。たとえば「愚痴をこぼさない父親」は果たして良い父親なのか、問いたいと思います。当たり前ですが「愚痴をこぼさない」というただ一点のみで、父親を総合評価できるはずがありません。キチンと生活費を稼いでくれるか、日頃から家族とコミュニケーションをはかろうとしてくれるか、宿題を見てくれるか、週末は遊んでくれるか、間違っていることをしたら正しく叱ってくれるか……父親を評価するには、いろいろな視点・要素があるはずです。

「良い会社」であるかどうかを評価するうえで、「離職率」など、木の「幹・枝・葉」で考えたら「葉」の部分に過ぎません。やたらと「ホワイト企業=良い会社」という公式をあてはめたがる識者もいますが、マスメディアに振り回されないほうが身のためです。

大きな変化にも恐れず対応できる会社が「良い会社」

企業経営するうえで「事業サイクル」という言葉は覚えておいたほうがよいでしょう。必ず10~20年というスパンの中で事業のライフサイクルは変化し、組織もまたその変化に対応することを強いられます。今の時代、10年というスパンではなく、3~5年というスパンで事業サイクルがまわる業界もあります。だからこそ、企業側は必ず「変化に柔軟に対応できる人財」を探し求めるのです。

組織が大きく変化するとき、たいていの場合、その変化についてこられない人が多少なりとも出てきます。その人の性格や能力の問題ではなく、いろいろな事情で変化を拒む人はいるものです。したがって、企業が大きな荒波に差し掛かった時、大企業であろうと、中小企業であろうと、多少の離職者が出るのは自然なこと。

雇用する側も、雇用される側も”離別”することを何とか避けようと努力はします。しかし、どうにもならないケースは必ずあるわけです。ということは、離職者がほとんど出ない企業は、単純に変化を強いられていない安定期に「たまたま」差し掛かっているだけか、外部環境の変化に対応せず、組織としての機能が十分に果たせない状態になっても、何らか大きな力で守られる企業(もしくは団体)かの、どちらかです。

安定志向の人は、魅力ある人財とは言えない

また、「離職率が低い会社――ホワイト企業」を率先して選ぶ、という就活生は、”変化を嫌う”傾向にあるとも言えます。

変化を嫌う人は、コマ不足を補うために募集する会社には行けるかもしれませんが、長く働いていると、必ず1度や2度の大きな変化を体現するはずです。いざ環境が変化し、その変化についていけないのであれば、会社の中で干されるだけです。その企業の財務体質が堅牢であればリストラされないでしょうが、勤労を通じて幸福感を得ることは難しくなります。

世界における日本の「一人当たりの名目GDP」は、2014年時で「27位」。下落の一途です。今後はさらにダウンすると言われており、グローバルで通用する人財、イノベーティブな発想を持つ人財、起業家の育成は急務です。にもかかわらず、巷では「ブラック企業」や「ホワイト企業」といった表現のみならず、最近は「ブラック上司」「ブラックバイト」「ブラック士業」などと、言葉遊びのように、一部の特異な事象をマスコミは大きく取り上げて、企業側の労務関係者を悩ませています。

これらの潮流は「仕事でツラい思いをしたくない」「厳しい職場では働きたくない」学生たちを増殖させるだけです。「一億総草食系社会」では、日本の力を底上げすることはできません。

先述したように、就活生が大手志向であっても構わないと私は思います。しかし高度情報化時代になった今、正しい理論武装をし、マスメディアが流す「枝葉」のニュースに振り回されることなく、どんなところが「よい会社」なのか、正しく見極めてほしいと思います。そして2016年は、革新的なアイデアを持った若者たちが台頭する年であってほしいと願っています。