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いっそ、サイン盗みも戦術のひとつと認めたらどうなるか?

楊順行スポーツライター
前橋育英の初優勝で幕を閉じた夏の甲子園だが……

「敬遠が汚いんなら、バスターバントやピックオフプレーも汚いんか?」

1992年夏、松井秀喜を5打席敬遠したことで物議をかもした明徳義塾・馬淵史郎監督

が後日もらした言葉だが、ホンネだろう。それなら……この夏、準決勝で敗退した花巻

東・千葉翔太外野手のカット打法はどうか。

身長156センチの千葉が、一躍クローズアップされたのは鳴門との準々決勝だ。1回

一死。フルカウントから7球続けてファウル。くさいタマだけをカットするのではなく、

明らかなストライクでもあえてフェアゾーンに打たないように見えた。13球目、つい

に根負けした鳴門のエース・板東湧梧から四球を選ぶとガッツポーズ。済美戦では、

剛腕・安樂智大から三塁打を含む3安打した千葉だが、「板東君は、徳島県大会から一

人で投げ抜いているエース。球数を投げさせてさらにストレスをかけ、ほかの打者に

は球筋を一通り見させる」ために、この日はヒットを打つよりも粘って粘って四球を

選ぶのが自らの役割だと任じていた。

カットの技術は、100人を超す花巻東の大所帯で、小柄な自分が生き残るために必死

に身につけたもの。バットを短めに持ち、球を引きつけて内角球でも左方向へ。千葉

はいう。「156センチの僕がアピールするためには、これしかなかった」。

千葉は、2打席目のヒットのあとも、6回の3打席目は8球を投げさせて四球、1点を追

う8回にも8球を投げさせて四球を選び、二死からの3連打で逆転につなげている。9回

にも、10球を投げさせて四球だから、この日1安打4四球の千葉は、鳴門の板東に一人

で41球を投げさせたことになる。完投した板東の投球数が163だから、なんと4分の1が

費やされたわけだ。

かくして花巻東は、5対4で鳴門を下し、ベスト4に進出。千葉は「100点満点。準決

勝も、カットで粘りたい」と鼻高々だったものだ。だが、その延岡学園との準決勝。

千葉のバッティングは、なんとも淡泊だった。初球に試みたセーフティーバントでア

ウトになるなど、4打数無安打。チームも0対2で惜敗することになる。しかし……カット

宣言から一転、この豹変ぶりは解せない。確かに延岡学園は、複数投手の継投で勝ち

上がっており、球数を費やさせても継投されればボディブローの効果は薄い。さらに

もともと千葉は、準々決勝終了時点で10打数7安打と、大会最高打率さえ視野に入れる

好打者だから、積極的に打つことがチームにプラスという考えもある。

だが実は、準々決勝終了後に千葉は、大会本部からある指摘を受けていた。千葉の

打法は、「自分の好む投球を待つために、打者が意識的にファウルするような、いわ

ゆる“カット打法”は、そのときの打者の動作(バットをスイングしたか否か)により、

審判員がバントと判断する場合がある」という高校野球特別規則17にふれるおそれが

ある、というものだ。まあ早くいえば、「今度同じようなことをやったら、スリーバ

ント失敗で三振にするからな」という恫喝に近い。だから準決勝の千葉は、自分の特

技を封印して打って出るしかなかったのだ。

かくして、スポーツ紙やネット上で「千葉がかわいそう」的な“カット打法問題”が

波紋を広げたわけだが、これにはうがった見方もある。準々決勝の千葉は、二塁走者

だったときに捕手のサインを読み、それを打者に伝達していると疑われるような動き

をし、球審の注意を受けていた。こちらも、事実だとしたら高校野球特別規則に抵触

する。かりに事実ではないにしても、紛らわしい動きをすること自体が大会本部の心

証を悪くし、いわば“合わせ技”で事実上のカット打法禁止につながったのではないか。

そもそも千葉は1、2回戦でも同じようなカット打法を見せていたのだから。

グラウンド上での情報は、すべて開示されているものじゃないのか?

まあ、血のにじむような練習で手にしたカットの技術が否定されたのは気の毒とし

かいいようがないが、僕が疑問なのは、二塁走者のサイン盗みが、馬淵節でいえばそ

れほど「汚いんか?」ということだ。だってそうでしょう、なんらかのシグナルで味方

同士の意思の疎通を図りたければ、それは同じフィールド上にいる敵に見られてもや

むなし、という前提に立たざるをえない。

となるとサインというものは、五感で感じるという点では、風の向きや相手の守備

位置、打者の立ち位置、なにかやってきそうなムード……といった情報となんら変わら

ないんじゃないか。たとえば、投球寸前の相手野手の動きから球種やコースを判断し、

それに対応した打撃をすれば、高度な観察眼と賞賛される。敵の情報を利用する点で

は、サイン盗みと同質である。また走者のサイン盗みがいけないのなら、走者三塁の

ピンチで相手ベンチの動きからスクイズを読み、大きく外すこともいけないのか。さ

らに、テレビ観戦しているとすぐに気づくのだが、投球を待つ打者がチラリと視線を

下に送ることがよくある。捕手の構えを見ようとするいわゆる“チラ見”で、実際にど

れだけ見えるかはともかく、あれは許されるのか。

かねてから高校野球では、走者のサイン盗みが横行しているといわれてきた。某優

勝校が怪しい、いやいや○○県では、当然のように常態化している、などなどだ。そん

な疑心暗鬼になるのならいっそ、フィールド上で得られる情報はすべて開示されてい

るものとすればいい。相手がサインを盗んでいることに気づいたら、それを逆利用し

たらいいのだ。つまり走者がいたら、捕手は投げさせたいコートとあえて逆にかまえ

たり、ストレートと変化球のサインをイニングごとに変えてみたり。走者の一挙手一

頭足に神経をすり減らすよりは、そのほうがよっぽどスッキリする。

ただ、サイン盗みを警戒するあまり、バッテリーのサイン交換が複雑化し、試合が

長くなるのは困る。スピーディーな試合展開という高野連の金科玉条を犯しかねない

からだ。あ、気がついた。もしかすると千葉のカット打法も、金科玉条に相反する遅

延行為というのが一番の問題だったのかもしれないぞ。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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