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延長は50回続いても、タイブレーク反対! それより、甲子園でもサスペンデッドを

楊順行スポーツライター

いやはやなんとも……全国高校軟式野球の延長50回決着は空前絶後だった。実は、中京(岐阜)と崇徳(広島)の準決勝が、2回のサスペンデッド(一時停止試合)を経て延長31回から始まる土曜日に、「延長30回どころか、45回を戦った軟式球界のレジェンド!」と題して、83年の天皇賜杯日本軟式野球大会決勝のことを書いた。サスペンデッドもなく、8時間以上を戦い抜いたライト工業と田中病院の一戦。まさか今回の試合が、この45回という記録を超えることはないだろう……と、過去のレジェンドを発掘したつもりだった。

ところが、土曜日。中京と崇徳の一戦は、延長45回を終わっても依然0対0。3度目のサスペンデッドとなった時点で、軟式野球のレジェンドは書き換えられることが確定したのである。日曜までもつれた準決勝を制した中京が、同日の決勝も制したのは慶賀の至りだが、ここでまたぞろ問題になってきそうなのがタイブレーク制の導入である。

健康管理というなら、なぜ休養日をなくしたのか

日本高校野球連盟の竹中雅彦事務局長は、歴史的な試合に、こう語ったという。

「考えられないことが起きた。いかに軟式野球では点が入りにくいとはいっても、50回とは……サスペンデッドの限界が見えた。タイブレークを採り入れていたら、こんなことにはなっていないだろう」

7月上旬。高野連がすべての加盟校に対して、タイブレーク方式の導入などを本格的に議論するために、アンケートを行うことが明らかになった。タイブレークとは、延長回で得点が入りやすくするため、たとえば一死満塁などから攻撃を開始するものだ。社会人野球などではすでに実施されており、都市対抗なら延長12回から、両軍とも一死満塁の状態で好きな打順から攻撃を開始する。

ふつうに延長を続けていたら、試合がいつまで続くかは不確定だ。延長10回で終わればまだいいが、両者無得点で15回まで続けば、所要時間は必然的に長くなる。試合スケジュールが詰まった大会ほど、延長の長時間ゲームは、大会運営に大きな支障になりかねない。その点得点が入りやすいタイブレークなら、試合の早期決着が期待できる。WBCやオリンピックなど、大会実施期間に厳格な大会では、すでに採り入れられている方式だ。

一方で春夏の甲子園では昨年から、選手の体調・健康管理のため、準々決勝翌日に休養日を設定した。最低でも、投手の3連投をなくそうという意図だ。だが今春のセンバツでは、広島新庄と桐生第一(群馬)の2回戦が延長15回引き分け再試合となり、当初の日程から2日順延したことで、休養日が消滅。かりに広島か桐生のどちらかが決勝まで進むと、5連投になりかねない。健康管理のために休養日を設定したのに、日程の消化度合いによってそれをなくすのはおかしい……という声は当時からあった。

そこへもってきて、タイブレーク導入の検討。見方によっては、選手の健康にこれだけ配慮していますよ、というこれ見よがしの対応にも思える。

「あかんわ、タイブレークはあかん!」

というのは、甲子園優勝経験のある監督OBだ。この夏の甲子園期間中に誘われた縄のれんで、こんなふうに続けた。

「健康やなんやいうても、んなもん、大会運営をスムーズにしたいためや。引き分け再試合を、別の3試合日に組み込めればええけど、3回戦とか、準々決勝でやられたら、その再試合のためだけに1日延ばさなあかんやろ。タイブレークで決着がつけば、その必要がないちゅうことや」

当方。

「はい、それでも高校野球では神宮大会(11年から)、国体(13年から)、各地区大会(今年から)ですでに採用されています」

「既成事実をつくる手やな。だけど、甲子園だけはあかんって。だって、タイブレークであっさり勝負がついてみぃ。松山商対三沢(69年夏)とか、早稲田実対駒大苫小牧(06年夏)とかいう引き分け再試合がなくなるやろ。箕島対星稜(18回・79年夏)とか、横浜対PL学園(17回・98年夏)みたいな名勝負も生まれんわけや」

そうなのだ。野球のおもしろさは、なにが起こるかわからないところにある。たいていは筋書きどおりになるのだが、それでも何百試合かに1回は、とんでもないドラマが起きる。まして、甲子園での高校野球。ほんのささいな齟齬や、ちょっとした間の空気が、魔物の目を覚まさせてしまう。その機微がたまらないのに、なにかが起きやすい一死満塁から機械的に始めましょう、では単なる手続き上の勝敗決定みたいじゃないか。

第一(どんどんエキサイトしてきたが)、健康管理をもっとも重視していたはずなのに、試合の長時間化だけを避け、それでいて日程の都合を優先して休養日をなくすというのでは、どうにもスジが通らない。健康管理云々をいうなら、灼熱の甲子園よりも涼しいドーム球場で開催すればいいわけだが、そこはノータッチだ。

引き分け再試合は10年に一回以下。だからおもしろい

大阪での酒席で、当方も先輩に同調した。

「選手の将来も考えて健康を管理するといっても、高校限りで野球を辞める選手もたくさんいるわけでしょう。どうなってもいい、ぶっ倒れてもやる、という生徒も多いはずです。また、タイブレーク云々というのは、米国メディアが発端の"投げすぎ論争"へのポーズもあるんじゃないですか。だけど米国が気にするのは、将来その選手に、メジャーでプレーする可能性がありそうだからでしょう。たとえば、団体戦と個人戦があるバドミントンなどでは、強い選手ほど単複を兼ねますから、インターハイの5日間で30試合などという過酷さもザラですが、米メディアはその選手の健康を危惧してはくれません」

そして二人で思いついたのが、タイブレークではなく、サスペンデッドの導入だった。現行どおり、延長は15回まで。それでも決着がつかなければ、翌日、再試合ではなくて、16回表から試合を続行する。これなら、かりに1回の攻防で決着すれば、最低でも9回やらなくてはいけない再試合より、選手の負担はかなり減る。

もちろん、均衡したまま試合が続くこともあるだろう。ただもともと引き分け再試合自体、規定が設けられた58年以来、春夏あわせて10回しかないレアケースだ。そして過去の引き分け再試合のうち、再度延長にもつれたのはわずか1試合(決着は10回)。つまり、軟式野球のように30回までゼロ行進という確率はきわめて低い。もしかすると1回で決するかもしれない勝負のために、滞在を1日延ばす関係者や応援団は大変かもしれないが、てんやわんやは雨で1日順延するのと大差ないだろう。

軟式野球で中京が優勝した翌日の紙面、竹中事務局長の談話にはこうあった。

「高校野球には延長の文化があり、数々の名勝負が生まれています」

そのとおり! 引き分け再試合は10年に1回あるかないかなんだもの、野球のおもしろさを阻害するタイブレーク導入なんて野暮はいわないで、現行制度のままでいきましょう。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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