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甲子園には、味気ないタイブレークは似合わない

楊順行スポーツライター

あらら……という数字だった。日本高野連が7月に実施したアンケート結果によると、タイブレーク制の導入について条件付きも含めて賛成とした学校がほぼ半数(49・7%)にのぼったというのである。選手の健康管理は重要だけれど、野球本来のおもしろさをそがないことがまず優先される、つまりタイブレークには消極的な結果になると思ったのだが。

このアンケートは、選手の健康管理について実施し、4030校のうち3951校が回答した。そのうち延長試合が一定回数で決着しない場合、走者を置いた状態から攻撃を始めるタイブレーク制度について、アンケート結果はこうだ。

・条件付きも含めて導入賛成 1964校(49・7%)

・投球数制限 474校 (12・0%)

・投球回数制限 423校 (10・7%)

・現状維持を含むその他の方法 1090校 (27・6%)

軟式野球で延長50回という破天荒な試合が行われたとき、「甲子園でのタイブレーク導入には異議」という原稿を書いたのだが、ここでもう一度確認しておく。

タイブレークとは、延長回で得点が入りやすくするため、たとえば一死満塁などから攻撃を開始するものだ。すでに実施されている社会人野球の都市対抗なら、延長12回以降、両軍とも一死満塁の状態で好きな打順から攻撃を開始し、決着がつくまで続ける。得点が入りやすくすることで、試合時間の短縮を図れば、選手の負担が軽減するとともに、大会運営も円滑にいきやすいわけだ。

そういう利点は、確かにある。だが、タイブレークを導入すると、松山商対三沢(69年夏)の延長18回引き分け再試合や、箕島対星稜(79年夏)、横浜対PL学園(98年夏)のような、高校野球ならではの珠玉の名勝負はきわめて生まれにくくなる。野球は、なにが起こるかわからないところにおもしろさがある。考えられないドラマが起きるまでのプロセスがたまらないのに、なにかが起きやすい一死満塁から攻撃、というのでは興ざめだ。PK戦はサッカーに文化として根づいていても、せっかく残しておいたごちそうを目の前で取り上げられるようなタイブレークは、甲子園にはそぐわない。

サスペンデッドではどうですか?

あるプロ野球スカウトは、タイブレークは不公平だとつぶやいた。

「先攻のチームが表に2点取ったとするでしょう。そうすると裏の守備では、1点やってもいいシフトを敷く。1点もやれなければ前進守備で抜けていたかもしれない打球が、まんまと併殺網にかかってゲームセットになることもある」

アンケート結果を報じた昨日のNHKのニュースでは、スポーツライターの玉木正之さんが「タイブレーク歓迎」のコメントをしていた。玉木さんといえば、選手の健康管理には厳しい目を向ける人だが、高野連批判の急先鋒でもある。たとえば、そもそも運動をするのにもっとも不適切な時期、時間に夏の甲子園を開催するのがおかしい、もしやるなら、涼しいドーム球場でやればいい、それなら雨天の心配もないじゃないか……と繰り返し説いているのだ。ただ僕が見た範囲では、そういう持論は放送されなかった。勘ぐれば、タイブレーク導入に誘導しようとするコメントのみとりあげたのではないか。

タイブレークはすでに神宮大会(11年から)、国体(13年から)、各地区大会(今年から)で導入されているが、アンケートでは、甲子園に直接つながらない大会という条件付きの導入賛成が多かったという。となると、いきなり甲子園での導入ということはなさそうだ。だけど既成事実を積み重ね、機が熟せば、味気ないタイブレーク制が実現してしまうかもしれない。

ここからは、以前書いたことの繰り返しになるのだけど、タイブレークではなく、サスペンデッドにしたらどうだろう。現行どおり、延長は15回まで。それでも決着がつかなければ、翌日、再試合ではなく、16回表から試合を続行する。再試合なら、最低でも9回やらなくてはいけないが、サスペンデッドでかりに1回の攻防で決着すれば、選手の負担はかなり減るだろう。

そもそも引き分け再試合自体、規定が設けられた58年以来、春夏の甲子園で10回しかないレアケースだ。5、6年に1回あるかどうかのドラマなのである。ワクワクしてそれを待つのも、高校野球の愉悦なのだが……。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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