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2016 ドラフト候補との対話/その2 山崎颯一郎&林中勇輝[敦賀気比]

楊順行スポーツライター
雑誌『ホームラン』毎年恒例のドラフト号が発売になりました

●やまざき・そういちろう/投手/1998年6月15日生まれ/188cm84kg/右投右打/加賀ボーイズ時代に日本代表として世界一を経験。敦賀気比高では1年秋から神宮大会で登板し、3年センバツでは完封も達成した

●はやしなか・ゆうき/遊撃手/1998年11月30日生まれ/180cm70kg/右投右打/敦賀気比高では1年秋から定位置を獲得し、15年センバツでV。三度の甲子園で2ホーマーの打力と、守備範囲広く安定した守りに定評

○…山崎さん、だいぶ胸板が厚くなっていますね。ウエアを着ていてもわかるくらい。

山崎 そうでしょう? 海に入らなあかんので(笑)、上半身を鍛えた。実際、海に遊びに行きましたよ。夏の大会は初戦で負けました(2対4坂井)から……。

林中 でも、野手のぼくらも7回くらいからしんどかったあの延長15回で、最後まで投げ抜いたのはすごいですよ。200球以上でしょう。

山崎 最後は、ようわからんと投げていた(笑)。

○…進学希望の林中さんにも、せっかくなので話に入っていただいて、と。優勝したU18アジア選手権では、大活躍でした。6試合で22打数9安打の11打点は大会の打点王で、打率もチーム2位。下位からスタートした打順は、五番まで"出世"しましたね。

林中 さすがに、四番には九鬼(隆平・秀岳館)がいましたからね。九鬼に、鍛治舎(巧・秀岳館監督)さんからのメールを見せてもらったんですよ。そうしたら、"2ストライクからはしっかりノーステップで"とあって。僕ももともと、追い込まれたらノーステップに近かったので、"それでいいんや、じゃあオレも"と。木のバットも、苦にはなりませんでした。昨年の12月、福井選抜の台湾遠征も木のバットだったんですが、そのときにしなり方などをつかんでいましたから。

○…山崎さんも、その福井選抜の遠征には行ったんですよね。そしてセンバツでは、青森山田を相手に完封も達成した。そのセンバツ以後、夏は甲子園に出られなかったとしても、成長したのはどのあたりですか?

山崎 センバツでは、スライダーを"投げられる"程度だったんです。たまに抜けることもあって、それが不思議なことにスライダーとは逆に、シンカーみたいに落ちたりする。

林中 左バッターには、それで三振を取ったりしていたもんな。

山崎 それが結果的にええ感じやったんですが、やっぱり抜けることは抜けるんです。去年の神宮大会では、スライダーで136キロとか出たんですよ。あれには自分でもびっくりしたんですが、不器用なので、そのあとフォームをいじっているうちにバグってしまい、あのスライダーの感覚は戻ってこない……(笑)。ただ、だんだん、指にしっくりとかかるようにはなってきました。まっすぐはMax145までいきましたし、キレも上がったと思います。

夏が終わって地元に帰省したとき、中学時代からお世話になった指導者の方にフォームをチェックしてもらい、トレーニングの方法も教わってきました。フォームとしては体重移動をスムーズにすること、力んだときに右ヒジが落ちないようにすることを改良しながら、まっすぐを中心に投げている。以前ならショートバウンドしていた球が、いいときは伸びていく手応えはありますね。もともときらいだった下半身のトレーニングも、しっかりやっています。

球速は絶対にもっと伸びる

○…やはり、プロを見すえてですよね。

山崎 小学校のころ、プロってカッコいいなと思いながらも、正直実力がなかった。中学でも、単に身長が高いのでピッチャーをやりましたが、2年までは全然です。それが3年になったら急に球速が上がって、勝てるようになって……。

林中 石川のダルビッシュ、とかいわれていましたよ。

山崎 そこからですね、それまでは公立の工業高校にでも行くつもりだったのが、甲子園に出たいと思って気比に進み、それを果たした以上はプロが目標になりました。

○…林中さんは、早くから進学希望。

林中 母はプロに行ってほしかったようですけど、高校まで野球をやっていた父が現実的でしたね。僕自身も、力はまだまだだと思います。たとえばU18では松尾(大河・秀岳館)と同室だったんですが、スイングスピードも違えば、同じショートとして肩の強さも全然かなわない。父は東京六大学でのプレーが夢だったようなので、まずはそこを目ざします。いまはせいぜい70キロしかないので、とにかく体重を増やしたいんです。10キロ増えたら、飛距離も変わるでしょうから。

山崎 僕はフォークなど、新しい変化球にチャレンジしようかと。指が長いから、いいと思うんですよね。それと課題のフィールディングも、ずっと練習してきてけっこうよくなっています。東(哲平)監督からも、"自分の守備がしっかりしないと、投球に集中できない"とずっといわれてきましたから。自分はまだまだ、体の使い方を知らないところがある。そのあたりも本を読んだり、人に教わったりして、自分の体について研究しているところなんです。ですから球速は、絶対にもっと伸びますので見といて下さい。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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