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SSファイナル準優勝はタカマツだけじゃない。「ソノカム」とは、何者だ?

楊順行スポーツライター
2016年の全日本総合選手権で連覇を果たした園田啓悟(左)と嘉村健士(写真:アフロスポーツ)

低空高速ラリー。ソノカムこと、園田啓悟/嘉村健士の試合はなんともスリリングだ。ライナー性のシャトルが行き来するラリーはまるでピンボールのようで、その反応は反射神経の限界ぎりぎり、といってもオーバーじゃない。どちらも169センチと小柄ながら、嘉村が前衛ですばしこく飛びつき、園田は後ろから剛球一本槍で打ち込む。

2013年からナショナルA代表に入り、15年には初めて全日本総合を制覇。リオ五輪には出場できなかったが、今季は香港OPでスーパーシリーズ(SS)初優勝を飾ると、世界ランキングを自己最高の5位まで上げ、第1シードでSSファイナルに初出場した。予選リーグを突破しての準決勝では、デンマークペアに快勝。決勝ではリオ五輪銀のマレーシア・ペアに敗れたものの、準優勝は日本男子ダブルスにとって、この大会最高成績だ。

佐賀県唐津市出身の嘉村が、熊本県八代市出身の園田と出会ったのは、中学時代のことだ。嘉村は振り返る。

「中学時代から(八代)東高に練習に行っていたんですが、そこで高校生とダブルスの試合をすることになり、組んだのが啓悟。最初からしっくりきたんですよね。ふつう、初めて組むパートナーだと、2人のセンターにシャトルがきたときに重なったりするものですが、それがなかったし、前に突っ込んだ自分がさわれずにシャトルが抜けても、啓悟がそこにいてくれた。啓悟はそのとき、おもにシングルスをプレーしていたので、カバー力がすごかったですね」

そこでは高校生ともいい勝負をし、八代東高に進むと07年のインターハイで3位。だが卒業後は、園田が「くまもと八代YKK APクラブ」へ、嘉村は早稲田大へ進学する。園田が「健士との出会いが大きかった」というペアの進路が、いったん分かれたわけだ。ただその08年は大分国体の熊本のメンバーとして、翌09年も新潟国体でペアを組んだから、

「それほどブランクは感じなかった」

と嘉村はいう。なにしろ、息が合っていた。

「身長もいっしょくらいで、プレースタイルも似ていたと思います。で、新潟国体のときです。風呂に入っていると啓悟が"いっしょにダブルスをやろう。そのときにはオレ、シングルスはやめて専念するから"。僕は"へ? 啓悟、いつからそんな熱くなったん?"という感じでした(笑)」

園田はその年、ナショナルB代表として海外の大会に出るようになっていたが、体格からシングルスでは限界を感じていた。いずれはダブルスに専念したい、となるとパートナーは嘉村しか考えられなかったのだ。翌10年には、YKKの活動縮小により、園田がトナミ運輸に移籍。ソノカムとして出場した5月の日本ランキングサーキット(RC)で、準優勝を果たしている。決勝で敗れたのは、のちにロンドン五輪に出場する佐藤翔治/川前直樹だった。

ピンボールのような低空高速ラリー

このとき、嘉村はひどく驚いたという。

「啓悟が、すごくパワーアップしていたんです。腹筋は割れているし、胸筋なんかも大きくなって。あまりびっくりしたんで、上半身裸になってもらい、写真を撮った記憶があります(笑)。だいぶトレーニングをしたんだと思いますよ。啓悟はとにかく練習好きなんです。高校時代から毎日、練習が終わってもノックを受けたりフリーで打ったり」

YKK時代の園田は、クラブチームのために練習は1日の仕事をこなしてからに限られる。強豪のトナミに移ると練習量は格段に増えたが、別に苦ではなかった。「YKK時代の仕事のほうがよっぽどきつい(笑)。製造のラインで、1日立ちっぱなしでしたから」。10年の全日本総合はベスト8止まりだったが、翌11年はRCを初優勝すると、12年には嘉村もトナミに入社。ソノカムが本格的にスタートするわけだ。

同チームに属し、「風呂場の誓い」が本格的に実現してから5年目。全日本総合も連覇し、リオ五輪に出場した早川賢一/遠藤大由がペアを解消したいま、日本のエースペアといってもいい。ペアとしての強みを、2人はこんなふうに分析している。

「長所はやっぱりスピードですね。横から縦へのローテとか、2人の入れ替わりとか……それと、健士は前に切り込んでいって相手を崩してくれるし、レシーブがすごくいい。カウンターでエースになることもあります」(園田)

「ほかの人たちとは違った捕り方をするから、相手が戸惑うんじゃないですか。ふつうならバックで打つここらへん(頭の左上あたりを示す)でも、ラケットを回してフォアで打ちますからね。それと啓悟がすごいのは、後ろへ振られそうなときでもワンジャンプで強打できる。瞬発力があるし、腕だけでも打てるパワーがある。押されていても強いタマを打てますから、そうすると相手の返球が甘くなって、前にいる自分はさばきやすいですよ」(嘉村)

言葉では説明がもどかしいが、とにかく2人のダブルスはおもしろい。ある大会では、ラリー中にガットが切れた嘉村が、コートサイドにあった予備のラケットとすばしこく交換し、続行中のラリーにそのまま戻って観客の喝采を浴びたこともある。しかも、低空高速ラリーなのだ。そういえば、嘉村に聞いてみたことがある。低空高速ラリーって、だれがいいだしたんだろうね……。

「楊さん(私のことです)じゃないですか」

手前味噌ながら、自分で書いたことを忘れていたようだ。それはともあれ、女子ダブルスのリズムを見慣れている皆さん、男子の試合を一度見たら、そのスピード感にびっくりしますよ、ホント。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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