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「育休」ではなく「育専」へ~「一億総『育専』社会」の実現を~

吉田大樹労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表
子育ては夫婦が担うべきもの。育児に専念する期間を保障すべき。(写真:アフロ)

衆議院議員・宮崎謙介氏の「育休」取得発言を機に国会議員の「育休」取得について「取るべきか」「取るべきではないか」の議論で盛り上がっている。たまたま日本における「育休」の今後の在り方について思うところがあったので、今回の論点を整理しながら、意見を述べたい。

まず言葉の整理をしておきたい。「育休、育休」と言っているが、宮崎議員が発言している「育休」は、育児・介護休業法などにおいて労働者の権利として付与されている「育児休業」とは異なるもの。つまり、現時点では別段何かの法律上に則っているものではないということだ。育児休業を含むより幅広い概念として「育児休暇」に相当するものと考えていい。育児休業と育児休暇を整理すると、下記の「育休」概念図のように整理すると理解しやすいのではないかと思う。

「育休」概念図(筆者作成)
「育休」概念図(筆者作成)

労働者の権利としての育児休業制度

労働者が「育休を取得したい」と言ったとき、それは大抵の場合、法律上の「育児休業」を指すことになる。基本的には、育児休業を取得する1カ月前までに会社側に申し出を行えば、会社の就業規則に規定があろうがなかろうが労働者の権利として子どもが1歳までの間、育児休業が付与される(ただし、保育所などの預け先が見つからないなど職場復帰が困難な場合には1歳6カ月まで、夫婦がともに取得した場合は1歳2カ月までーーの育休延長が認められている)。また、育休取得に伴う不利益取り扱いの禁止などの措置が講じられているほか、雇用保険法により育休取得後6カ月間については直前の平均所得の3分の2が、それ以降については平均所得の2分の1が雇用保険から育児休業給付金として支給される。さらに、育休取得期間中は社会保険料が労使双方免除されることから、労働者は取得後6カ月については実質約8割の所得がカバーされていることになる。会社に比べて立場が弱い労働者に対して育児に携わることを保障する制度となっている。

しかし、今年6月に最新の育児休業取得率が発表された際にも記事を書いたが、男性の育児休業取得率はたったの2.30%にとどまっているのが現実だ。厚生労働省もこれまで育児・介護休業法や雇用保険法を改正するなどして男性の育児休業の取得促進を図ってきたが、2020年に13%にしようという国の目標値にも黄色信号が出始めている。ただ、言うまでもなく、男性の育休取得希望者が3割いるというデータもある中で、この目標値も現実的と言えば現実的だが、とにかく低いと言わざるを得ない(2014年度 新入社員「会社や社会に対する意識調査」結果)。男性に対しての育休義務化も真剣に考えるときが来ている。

※参考男性の育休はたったの2.30%!?スタートから刷り込まれる「子育ては母親」の価値観」

男性の育児休業取得日数をみてみると、「1日~2週間未満」が6割を占めており、育児休業を取得しても短期間にとどまっている。

男性の取得期間別育児休業後復職者割合(平成24年度雇用均等基本調査)
男性の取得期間別育児休業後復職者割合(平成24年度雇用均等基本調査)

さらに、出産後は育児休業制度を利用せずに、年次有給休暇や出産時の特別休暇を利用する場合も多いが、出産後1年間にこうした形の休暇を取得する男性は35.1%に達しているものの、その6割は「1~5日」の休暇しかを取得していない(「平成26年度雇用均等基本調査」)。結局は、1カ月を超えるような育休を取得する男性はまだまだ圧倒的に少ないということだ。

このように男性労働者における育休の実態を知ってもらった上で、話を先に進めたい。

すべての男性に育児に専念できる「権利」がある

労働者以外の者が取得する育休は、あくまでも自主的に取得する休暇もしくはそれに準ずるもの、ということになる。つまり自分でマネジメントをしながら、育休を取得するということになろう。しかし、男性が仕事を休んで育児に専念したり、仕事よりも育児を優先したりすることは人間の尊厳として極めて重要なことだと考える。これはすべての男性に認められるべき権利なのではないだろうか。

その場合、労働者以外の立場の人についてどう保障するかが課題となるであろう。例えば、所得がそれほど高くない個人事業主や中小の経営者については、出産育児一時金や家族出産育児一時金を増額したり、税制上の優遇措置を設けたりするなどして、最低でも1~2カ月程度は夫婦で育児ができるように整備するのも一案ではないだろうか。

首長については、近年、成澤廣修・文京区長が首長として初めて育休を取得したのを皮切りに、広島県の湯崎英彦知事や三重県の鈴木英敬知事などが「育休」を取得しているが、業務から完全に離れて育児をするというよりは、育児優先のシフト・業務体制にして、何か緊急的な問題が発生した場合には速やかに対応できるように工夫をして「育休」を取得している。内外へのアピールという面も要素としては大きいが、それぞれが再選を果たしているところをみると、それがマイナスに働いているとは思えない。

また経済界をみると、サイボウズの青野慶久社長も東証1部上場企業でありながら経営者自らが育休を取得している。社長自らが率先垂範しながら、働きやすい職場を実現することで離職率を下げる要因にもなっており、企業イメージにもプラスになっている。当然、経営のかじ取りをしながら育児に関わることは相当な覚悟がなければできないことだろう。

そして、国会議員や地方議員であれば、議会という場があるのだから、立法化が果たして必要なのかどうかを大いに議論してほしい。いままで議論の俎上にも上がらなかったことが、今回、宮崎議員が育休取得を希望したことによって問題が顕在化した意味は大きい。

ただし、今回の宮崎議員の件については、子どもが産まれる2カ月前にこの発言をするのは少々遅いような気がしてならない。もっと早くからその意思を表明することはできなかったのだろうか。首相や官房長官が出席する結婚式というタイミングで発言したのかもしれないが、宮崎議員のこれまでのブログでの発言を拝見する限り、若干唐突感は否めない。

個人的には、国会に欠席届をちまちまと提出するよりも、堂々と育休を取得できるようにしたほうがいいと考える。母体保護の観点から女性国会議員の産休制度が認められるようになったが、男性国会議員にも育児に専念できる期間が当然設けられるべきであろう。今回、「国会議員は育休を取るべきではない」との声も多く上がっているが、「どうすれば取得できるのか」という前向きな議論を展開してもらいたいところだ。

育児に専念できる期間を得られることのメリット

「育休」は決して休んでいるわけではない。「休む」という言葉があることの誤解や弊害も大きい。いっそのこと「育休」という名称も変えてはどうだろうか。「育児に専念する、または育児に専従する期間」ということで「育専(いくせん)」という考え方のほうが筆者にとってはしっくりくる。

女性は妊娠・出産という大きな生理的・身体的な経験を通して自分事として親の意識を高める機会を得られるが、男性はそうはいかない。最近では、出産に立ち会う男性は増えてきたものの、出産後1日~数日間休む程度ですぐに仕事に復帰してしまえば、結局のところ、男性は親としての自覚を十分に植え付けられることなく、子どもはどんどんと成長していくことになる。この貴重な育児の時間を男性が自分事として体感しないことで、「育児は母親がするもの」という固定観念が刷り込まれてしまう。つまり、その間に、実家の両親やベビーシッターなどがみてくれているから男性がいなくても大丈夫という問題ではなく、男性がそこにいることこそが大事なのだ。

男性が出産後1~2カ月程度育休を取得することで、下記のようなプラス効果があると考える。

  1. 子どもの成長を一定期間間近で見られることで親としての自覚が得られる。
  2. 子育ての大変さを理解できる。
  3. 家事の大変さを理解できる。
  4. 仕事から一時的に離れることで働き方の見直しについて考える契機になる。
  5. 2人目以降の場合は、上の子の面倒を父親がみることで、生まれてきたばかりの子どもに母親が集中できる。

筆者自身もそれほど所得も高くない中で(当時の月収25万円程度)、2人目の子どもが産まれた直後に1カ月半の育休を取得した。2,300g台と比較的軽かったため、毎日毎日成長する姿を自分の目で確認できたことは何よりも得難い時間となった。また、沐浴やおむつ交換などを日々経験することで育児のスキルを上げることができた。さらには、料理、洗濯、掃除などの家事にも携わることで家事のスキルも上げることができ、育児と家事を同時に行うことの大変さも知ることができた。これは一定のルーティンを回していくことが大事で、1週間程度の育休ではその大変さを知るには少々少なすぎる。やはり1~2カ月の育休は必要であろう。育休を取ったら本を何冊か読めると思っていたが、結局1冊も読めずに終わった。そんな暇は幻想に過ぎなかったのだ。

仕事から一定期間離れることで、仕事に対しての振り返りができ、長時間労働などの働き方を見直す契機にもなり得る。仕事に復帰したあとの働き方にも工夫をするように心がけるようにもなるだろう。

筆者が育休を取得した際は、上の子が2歳10カ月だったため、毎日のように公園や児童館、またちょっと電車で遠出をしたりすることもあった。1カ月半で約3キロ痩せるなど、子育てが体力勝負ということも身をもって体験できた。出産後1カ月間は、乳児を外に出さないほうがいいと言われているが、もし母親が夫や周囲の助けがまったく得られなければ、母親は上の子を家の中に閉じ込めながら、乳児の面倒をみなければいけないことになる。お互いにとってストレスとなってしまうだろう。

筆者自身、会社で初めて育休を取得した。本当はもっと長い期間取得したかったが、収入が減ることを考えると、1カ月半が限界だった。当時は育児休業給付金も3割しか補償してもらえなかったため、育児休業1カ月+年休半月分の取得にとどめた。「育児休業は金持ちしか取れない」という意見もあるが、工夫次第で低所得でも取れるし、取得する意義は大きいと実感した。

たった1カ月や2カ月かもしれないが、母親は出産後ホルモンバランスが不安定になりがちになる。その間に、子育てに対して苦しい思いばかりが植え付けられてしまったら、その後の子育てに対してもポジティブな気持ちが醸成しにくくなる。母親自身が産後うつになる場合もあるし、虐待やネグレクトにつながる危険性もある。

そんな子どもの一生を左右しかねない時期。せめてその期間は夫婦2人で子どもの面倒をみられるように制度を構築するべきではないか。それは労働者だけではなく、国会議員であっても同じのことだ。

育児は参加するものではない

よく「男性の育児参加」という言葉が使われるが、この言い方には非常に違和感を覚えてならない。一方で、「女性の育児参加」という言葉は決して使われることはない。つまり、「男性の育児参加」とは「女性が育児をするのは当たり前」という発想から来るものでもあり、「男性が育児をしない=家庭にいない」ことを前提にしたものだ。しかし果てしてそうだろうか。共働き世帯も年々増える中で、男性=仕事ではなく、男性が家庭の中で果たさなければならない役割は増している。男性自身が家庭の中の一員という意識を持てば「育児参加」という言葉自体がその人にとっては死語になる。「参加する・しない」の問題ではないということだ。

その意識が前提になれば、男性が出産後一定期間育児に専念することがより当たり前になっていくのではないだろうか。

すべての人が育児に専念する期間を作る

独身の人も増え続けている中で、育休取得のように子どもを持つ人だけを優遇する施策は不公平感も生まれやすい(そんなことも言ってられない状況でもあるが)。しかし、「子どもを産む・産まない」は人それぞれの権利ではあるが、次世代に対しての責任はすべての人が負うべきものだと考える。

独身の人も20代後半から30代前半のうちに、保育所や幼稚園、児童養護施設などに1~2カ月程度ボランティアに行ける機会を作るべきではないだろうか。つまり、すべての人に育児に専念する期間を設けるべきということだ。男性の育休の話をする中で、話が飛躍してしまっていると思われるだろうが、正直これぐらいの施策を実行しないと、少子化への意識を共有化することはできないのではないかと思っている。

「一億総『育専』社会」とタイトルを付けたのも、男性の育休だけの問題に終わってほしくないからだ。今回の国会議員の育休問題を契機に、少子化への危機感を社会全体が共有できるようにもっと国が働きかけるべきではないだろうか。

労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表

1977年7月東京生まれ。2003年3月日本大学大学院法学研究科修士課程修了(政治学修士)。労働専門誌の記者を経て、12年7月から2年間ファザーリング・ジャパン代表。これまで内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚労省「イクメンプロジェクト推進委員会」委員を歴任。現在、内閣官房「「就学前のこどもの育ちに係る基本的な指針」に関する有識者懇談会」委員、厚生労働省「子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」委員、東京都「子供・子育て会議」委員などを務める。3児のシングルファーザーで、小・中・高のPTA会長を経験し、現在は鴻巣市PTA連合会会長。著書「パパの働き方が社会を変える!」(労働調査会)。

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