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いまこそ男性の育児休業の取得に本腰を入れるときだ

吉田大樹労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表
筆者の長男が0歳のとき(現在中1)。子どもの成長はあっという間だ。

日本人男性の育児休業取得率はいまだたったの2.65%

この数字を見て、「高い」と思う人は誰もいないかと思う。共通認識として「高い」と思う人がいないのに、これまで残念ながら抜本的な対策が講じられてこなかった。それは、育児・介護休業法を所管する厚生労働省だけが悪いわけではなく、政治家、経済団体、労働組合などがこの問題を軽視し、男性の育休取得促進に向けての法改正も予算も啓発もそれぞれが十分ではなかったことが大きな要因だ。さらに、昨年末から今年にかけて某元国会議員が「育休宣言」をした後の失態も手伝って国民の育休議論がトーンダウンしてしまった感もある。しかし、そんなことで立ち止まらずに着実に歩みを進めなければ子育て環境の改善も働き方の改革も成し遂げることはできない。

良くも悪くも「イクメン」という言葉が世に出て、男性の育児に関心が高まってきたのは確かだが、意識啓発だけでは限界がある。男性の育児休業を促進させるためには、どうしても抜本的な法律改正抜きには語れない。

パパクオータ制をいよいよ導入か

そんな折、厚生労働省が育児休業制度の改正に向けて動き出したというニュースが出た。

育休:延長分の一部、父親に割り当て…厚労省、法改正検討 - 毎日新聞

これは育児休業制度に父親の割り当て制度を導入し、父親しか取得できない期間を設けることで、男性の育児休業取得率の向上を図ろうというものだ。

通称「パパクオータ」制度とも呼ばれる制度だが、「クオータ」(quota)は「割り当て」を意味する。

※たまに「クォーター」(quarter)、つまり「4分の1」と勘違いをしている人もいるので注意が必要だ。

1993年にこのパパクオータ制を導入したノルウェーは、それまで5%ほどだった男性の育児休業取得率が80%にまで跳ね上がった。ノルウェーのパパクオータ制は、最長で59週間(13か月半ほど)取得できる育休のうち、10週間(2か月ちょっと)は夫が取得しないとその権利が失われるというもの。対象となる年齢は3歳までだ。

で、今回の毎日新聞の記事は、10月25日に開催された厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会雇用均等分科会での議論がもとになったものだと思われる。当日厚労省側が出した資料では、「経済対策を踏まえた仕事と育児の両立支援について」という形で以下の検討項目を示している。

1 保育園に入れない場合の育児休業期間の延長について

○ どの程度の延長が必要か。

2 育児休業がやむをえず長期化する場合の対策について

◯能力、モチベーション維持のために、どのような対策が考え

られるか。

3 男性の育児休業取得を促進する方策について

◯どのような方策が考えられるか。

4 その他

厚労省側からはこの日の議論の中で具体的な案を特に示してはいなかったが、毎日新聞の記事では、以下のような踏み込んだ内容が書かれていた。

厚生労働省は、父親の育児参加を進めるため、法定の育児休業期間の延長に合わせ、期間の一部を父親に割り当てる検討に入った。「パパ・クオータ制」と呼ばれ、先進地の北欧などで導入されている。厚労省は最長1年半の育休期間を2年に延長する方針で、その一部を父親の割り当てとすることを軸に調整する。年末までに労働政策審議会の分科会で結論を得て、来年の通常国会で関連法改正案の提出を目指す。

(中略)

厚労省は育児・介護休業法で定める育休期間の延長とセットでパパ・クオータ制を導入したいとしており、例えば母親が育児休業を1年半取得し、延長を希望する場合は、父親に3カ月や半年分を割り当てる仕組みを検討している。

出典:毎日新聞2016年10月26日 07時30分(最終更新 10月26日 09時08分)

ただ、厚労省の担当者に確認したところ、「育休期間を1年半から2年にすることについては現段階で特に決めてはいない」とのことだった。今後、複数回分科会が開催され、議論の方向を踏まえて年明けまでに厚労省としての方向性が示されるものと思われる。先ほどの検討項目には、育休延長や父親の育休の取得促進には挙げられており、パパクオータ制が入る可能性は十分あると考えられるが、問題はどう改正法案に盛り込まれるかであろう。

これ以上の育休延長は意味があるのか

現在の育休期間は、基本は子どもが1歳までだが、保育所などの預け先が確保できなければ1歳6か月まで延長することができる。また、夫婦がともに育休を取得して場合は、通常1歳までの育休期間が1歳2か月まで延長することができる「パパ・ママ育休プラス」という制度がある。2009年にこの育休プラスが導入された際に、この制度が父親の育休取得に効果があるとはとても思えなかったが、現実としてはパパ・ママ育休プラスの利用者は2.0%しかいない(平成27年度雇用均等基本調査)。「2か月延長されるなら夫婦で育休を取ろう!」とはどう考えてもなりにくい。インセンティブ効果としては弱かったことが現実の利用者割合から見てとれるだろう。

海外では、スウェーデンが8歳(2014年1月以降に生まれた子は12歳)までの間に、両親合わせて480日(父240日+母240日)の育休が取得できる(2014年1月以降に生まれた子については、4歳から12歳までの間に利用できる日数は最大96日間)。育休が使える年齢は8歳または12歳だが、利用できる取得期間をみると480日(約1年4カ月)だ。

出典:厚生労働省
出典:厚生労働省

日本の育休議論は、以前問題となった「3歳まで赤ちゃん抱っこし放題」のように、育休期間を延長することばかりをクローズアップしているが、果たして育休延長は政策的に正しいのであろうか。

今回の毎日新聞の報道にあるように、2歳まで育休期間を延長して、3か月または半年間、父親に育休を割り当てると、おそらく母親だけが1歳~1歳半育休を取得し、男性は割り当て部分を取得しないということになるのではないか。単に父親が割り当て部分を放棄するだけで済まされてしまう可能性が高い。

なぜそう考えるか。それは父親の意識、企業の意識、社会の意識が低いからにほかならない。先週、世界経済フォーラムが2016年版「ジェンダー・ギャップ指数」を公表し、日本が前年より10位後退し、111位(145カ国中)となったことが明らかとなった。その事実を受け止めながら、父親の育休についても取り組まなければ、かなり高い確率で有名無実な施策になるに違いない。

意識が低いままで育休を安易に延ばせば、結局、「育休=女性の制度」という思い込みからは逃れられないだろう。育休を延長させ、そこに上乗せする形でパパクオータ制を導入しても、働く女性の家事・育児への負担が減るというところまでは到達できない。育休期間自体はこれ以上延ばすべきではないと考える。育休期間はこれまでも保育所に入所できなかった場合の例外として認められていた1年6か月のままにすべきであり、育休を取得できる対象年齢を引き上げるべきだ(スウェーデンでも1年4か月なのだから期間としては十分)。

育児休業は基本的にはその会社に留まることを前提にしたもの。女性自身のモチベーションや職場での役割を考えると、これ以上長くすることは会社にとっても損失だ。「待機児童解消のため」というねらいもあるかもしれないが、その問題とは切り離して考えるべきだろう。

ちょっと脱線をするが、待機児童対策については、都市部の自治体間の哀しき競争になってしまっている。待機児童を減らしたところに(言い方は良くないが)人々が群がる状態だ。自治体は居住者が安心して働けるように子どもを預ける場所を整備する義務がある。ただ、他の自治体より先んじて整備すればするほど、子育て移住者は増え、潜在待機児童を掘り起こすことになっている。自治体が住民である子どもの預け先を確保することは当然だと思う半面、都心部に乱立するタワーマンションをみて、待機児童ゼロに至るのはなかなか難しいのではないかと思わざるを得ない面もある。

まだまだ多くの企業が東京などの大都市部に企業活動の中心を置く中ではこの傾向は続くだろう。しかし、打開策はある。それが働き方にもっと柔軟性を持たせるということだ。在宅勤務やコワーキングスペースなどで仕事ができるようにする、つまりテレワーク化を進める中で、東京などの大都市部に来る回数を減らしていけば、「そこまで都心部にこだわっていない人たち」が郊外に待機児童のない関東の郊外に移り住み、さらに新幹線なども利用できれば、関東以外からの通勤も可能になる。そうした子育てと働き方のグランドデザインを国がもっと明確にすべきであろう。

その中で、男女ともにしっかりと育児休業を取ることができる環境は、働き方を柔軟にしていく上での1つの指標となる。保育士の負担も大きい0歳児保育が減れば、保育の質を上げることにもつながるだろう。

男性が育休を取得する意義とは

本当は、父親の育休を1~2か月ほどは義務化するくらいの法案がほしいところだ。社会への呼びかけや意識啓発、小手先の法律改正だけでは育休取得率は上昇しないのだから、強制力をもって育児休業取得を向上させるほかない。4年後の2020年に男性の育休取得率を13%にする国の目標をクリアするためには、これくらいのことをしないとダメだろう。しかも、男性の育休希望者は3割いるとされる。現在の13%という低い目標値が根拠を持つものだとは思えないが、13%で満足するような施策も決して講じるべきではない。

これまで書いた育休関連の記事でも何度が指摘してきたことだが、改めて男性が育児休業を取得する意義について記しておきたい。

男性は自分で妊娠し、出産するということはできない。生理的にそれを体現する女性とは出発点から異なるのだから意識が低いというのはしょうがない面もある。だからこそ、育児に専念する期間(育専期間)を設けて、父親が「親」になるための期間が必要になる。男性が子どもの面倒をみながら、家事をしたりすることで、子どもの成長する瞬間に出会い、愛情を形成し、子育てや家事の大変さを理解できるようになる。それこそが男性が育休を取得する本質だと思う。

筆者自身も真ん中の長女が生まれた際に1か月半の育休を取得した。生後1か月間は乳児を外に連れていくことが難しいので、当時2歳10カ月だった長男を公園や児童館に連れていったりすることが筆者に与えられた主な役割であったが、日々成長する子どもたちの姿を見ながら、親としての在り方について考える機会にもなった。育休は自分の人生にとっても代えがたい時間となる。育児に専念する期間が男性にも必要なのだ。

復職後、それまでの長時間労働がすぐにゼロになるとは思えないが、働き方を見直すきっかけにはなる。子育てのためにも、働き方を見直すためにも、男性の育休取得を一般化させることは是が非でも必要だ。

こうした意義がパパクオータ制に前向きとは思えない経営側に果たして伝わるであろうか。パパクオータ制を導入しても、妥協を重ね、取得要件が厳しかったり、中途半端なものになってしまえば、その分育休に踏み出せる父親は減ることになる。パパクオータ制を義務にするのは難しいかもしれないが、例えば、子どもが1歳までの間に父親が最低でも1か月の育児休業を取得しなければ育休期間自体が欠けるようにするなど、基本的には1歳までの間に男性が取得するよう促すべきだろう。できる限り簡素で分かりやすいパパクオータ制にしなければ取得は進まない。

労働政策審議会は公労使での話し合いの場だ(公は公益側委員、弁護士や学者など)。年末にかけてどのような議論が進められるか注視していきたい。

ちなみに、13%と決めた国の目標は、政府、経営側、労働側の3者で決めたものだ。現在その目標にすらおおよそ届かない現状に、目標に合意した経営側、労働側はなんと答えるのであろうか(当然、政府もだが)。今度こそ、無用な妥協抜きで抜本的な育児・介護休業法の改正を行い、男性の育児休業を定着させるように仕向けてほしい。

労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表

1977年7月東京生まれ。2003年3月日本大学大学院法学研究科修士課程修了(政治学修士)。労働専門誌の記者を経て、12年7月から2年間ファザーリング・ジャパン代表。これまで内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚労省「イクメンプロジェクト推進委員会」委員を歴任。現在、内閣官房「「就学前のこどもの育ちに係る基本的な指針」に関する有識者懇談会」委員、厚生労働省「子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」委員、東京都「子供・子育て会議」委員などを務める。3児のシングルファーザーで、小・中・高のPTA会長を経験し、現在は鴻巣市PTA連合会会長。著書「パパの働き方が社会を変える!」(労働調査会)。

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