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汚染水を増やさない対策「凍土壁」運用開始 サブドレンポンプの運用が最大の肝

吉川彰浩一般社団法人AFW 代表理事
筆者撮影 凍土壁 約1m間隔で地下30mまで打ち込まれた配管が並びます。

原発事故から6年目、福島第一原発に関わるニュースも減り、突然の原子力規制委員会の凍土壁運転了承のニュースは、多くの人にとっては「だからどうなの?」程度の解釈で流れ過ぎていったのではないでしょうか。

それもそのはず、凍土壁の運用が始まることだけの情報量で、第一原発の廃炉の取組が分からない私達にとって、なぜ必要か、どういった目的のものか、どうして運転に際して課題が残ってしまうのか、分かりやすく伝えてもらわないと理解できません。

割とさらりと扱われてしまいましたが、現場サイドでは待ちに待った運用開始になります。これまで汚染水が増える要因となっていた建屋内の地下水の流入は、地下水バイパス、サブドレンポンプという井戸による、地下水流入を少しでも減らす対策しか打てていなかったからです。

建屋内に流入していた地下水量の変遷は以下通り。

地下水バイパスにより400m3→300m3

サブドレンポンプにより300m3→150m3 ←現在ここ

凍土壁が完全に完成すれば理論上 150m3→ほぼ0

汲み上げて量を減らす対策から、物理的にブロック(壁を作る)対策として、大幅な地下水の流入を防げるものとして期待されているのが凍土壁になります。

汚染水が増える量が減ると、浄化して蓄えるために作り続けている汚染水タンク作業に余裕が生まれるというメリットがあります。

過去、毎月のようにトラブルが報道されましたが一因に現場に余裕がなかった、本当の意味で突貫自転車操業で蓄えることしか出来なかった時代があります。

汚染水が増えないようになることは、放射性物質を増やさない意味で待ち望んだ事であると同時に、汚染水対策に割く現場労働力を廃炉の本丸である原子炉建屋側に向けられる大きなメリットがあります。

・凍土壁とは

福島第一原発視察者向け資料より抜粋 ピンクで囲った連結部は筆者追記
福島第一原発視察者向け資料より抜粋 ピンクで囲った連結部は筆者追記

別名、陸側遮水壁、凍土遮水壁とも呼ばれ、画像中の青いラインが凍土壁で囲う範囲になります。赤いラインの海側遮水壁と連結することで地下水が大きく迂回して海へ流れる構造になります。

福島第一原発1号機~4号機までを囲む形(全周約1,5km)で、地下30mまで1m間隔で-30°の冷媒の入ったパイプを打ち込み、土中を凍らせ氷の壁を作る取組です。

福島第一原発視察者向け資料より抜粋 地下水が流れやすい透水層まで達する打ち込み
福島第一原発視察者向け資料より抜粋 地下水が流れやすい透水層まで達する打ち込み

福島第一原発視察者向け資料より抜粋 地下水が流れやすい透水層まで達する打ち込み

氷の壁で地下水をシャットダウンする。あまり聞きなれない取組ですが、意外に身近な地下鉄トンネル工事などで実績のある取組です。ですが国費を350億円も投入し、全長約1,5kmもの大規模な物はこれまでに例がありません。世界に名だたる一大建設物とも言えます。

こちら建設の目的は、前述の通り汚染水の発生源となっている原子炉建屋に地下水を流入させず汚染水を増やさないこと、そして汚染水貯蔵対策に費やしてきた労力を激減させることが目的です。

そして、海側遮水壁と繋がることで地下水が1から4号機東側に残る残留汚染に触れず、海へ流れていってくれる効果も期待できるのです。つまり海への汚染防止がより強固になるということになります。

過去の記事で触れていますが、現在、建屋内の高濃度汚染水が直接海へと通じる経路は封じられているからです。

シリーズ「3月11日を迎える前に」 汚染水問題について(構造の問題編)

「3月11日を迎える前に」 汚染水問題について(構造の対策編)

良いことばかりに聞こえますが、凍土壁の運用後のサブドレンポンプ(井戸)の運用次第では汚染範囲拡大の可能性もあります。2016年2月には設備は完成していましたが、原子力規制委員会が中々許可をださなかったのには理由があります。

・建屋から高濃度汚染水を出さないためには、地下水の流入は返って好都合

地下水の水圧が高くなるよう、サブドレンポンプでコントロール
地下水の水圧が高くなるよう、サブドレンポンプでコントロール

汚染水が増え続ける問題を除けば、地下水が建屋内に流入している状態は、建屋内の高濃度汚染水が漏れない=封じ込められていると言えます。人が近づけないほどの放射線量の高濃度汚染水が、自然の力によって封じ込められている分けです。建屋直近に作られているサブドレンポンプ(井戸です)は、絶妙なバランスで地下水が入り続けるけども余計な量は汲み上げる行為を行っています。

水の高さでコントロールしています。地下水水位が高い状態を維持することがとても重要です。

・サブドレンポンプの運用次第では高濃度汚染水は建屋外へ

サブドレンポンプで汲み上げ過ぎると、高濃度汚染水は建屋の外へ
サブドレンポンプで汲み上げ過ぎると、高濃度汚染水は建屋の外へ

地下水によって高濃度汚染水の封じ込めが出来ていた分けです。そこへ地下水を激減させる凍土壁が完成し、サブドレンポンプが建屋内高濃度汚染水の水位より、地下水を汲み上げ過ぎたら。。。水圧が逆転し、高濃度汚染水が建屋外へ流れてでてしまうことになります。

凍土壁が完璧であれば、全周1,5kmの範囲内に留まりますが部分的に凍らない場合、地下水脈を通り海側遮水壁にまで到達してしまう、これが最悪なシナリオとなります。

溜まり続ける汚染水、2月25日時点で約785,000m3、そのうち約78%に相当する615,000m3はトリチウムを含むだけの状態まで浄化し、溶接型のタンクで保管されています。大量の汚染水をこれ以上増やさないための悲願の取組である凍土壁。

しかし、原発事故という過酷事故からの廃炉の中、増やさない対策にはリスクは含まれています。

長らく海への風評被害の基となっている汚染水問題、これは身近で大きな問題です。その問題に対して非常に重要な取組は、決して小さなニュースで収めて良いものでなく、また分かりにくい状態で垂れ流すものでもありません。

これから1,5km、1500本に及ぶパイプの中に―30°の冷媒が流され、順調にいけば夏前に凍土壁は出来上がっていきます。その時、サブドレンポンプの運用が上手くいっているのか、肝になるのは凍土壁とは別の設備になります。

凍土壁のニュースの扱い方は、汚染水は本当にこれ以上増やさないで済むのか?だけではありません。リスクと恩恵をしっかりと抑えておくことが重要です。

一般社団法人AFW 代表理事

1980年生まれ。元東京電力社員、福島第一、第二原子力発電所に勤務。「次世代に託すことが出来るふるさとを創造する」をモットーに、一般社団法人AFWを設立。福島第一原発と隣合う暮らしの中で、福島第一原発の廃炉現場と地域(社会)とを繋ぐ取組を行っている。福島県内外の中学・高校・大学向けに廃炉現場理解講義や廃炉から社会課題を考える講義を展開。福島県双葉郡浪江町町民の視点を含め、原発事故被災地域のガイド・講話なども務める。双葉郡楢葉町で友人が運営する古民家を協働運営しながら、交流人口・関係人口拡大にも取り組む。福島県を楽しむイベント等も企画。春・夏は田んぼづくりに勤しんでいる。

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