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取り戻していく当たり前の日常 避難区域となった町の今

吉川彰浩一般社団法人AFW 代表理事
原子力事故による避難区域解除後初の秋祭り(福島県南相馬市小高区)

小さな町の小さな駅前商店街に露店が立ち並んでいます。

「復活!秋まつり」と掲げられたのぼりが秋風にゆれ、いたるところから子供たちの笑い声が聞こえてきます。

なぜだかとても懐かしい、都市部で暮らす方々にとっては”ふるさと”の原風景にように映るのではないでしょうか。

ついほのぼのとしてしまう風景には沢山の思いが込められています。

原子力事故に遭った過去

復活!と掲げられた言葉には、主催者側だけでなく、秋祭りを楽しむ一人一人の方の語りつくせない経験と思いが込められています。

この小さな町は福島県南相馬市南部一帯に広がり、小高区と呼ばれる地域です。

太平洋と阿武隈高地に挟まれ、田園風景が広がり海も山も楽しめる、今時期になれば田んぼの稲刈りが終わり、収穫を喜び秋祭りを行う長閑な田舎町です。

避難指示区域の概念図(平成28年7月12日時点) 経産省HPより
避難指示区域の概念図(平成28年7月12日時点) 経産省HPより

どこにでもある町は今から約5年半前、東京電力福島第一原子力発電所の原子力事故に遭われました。発電所からは直線で20km圏内にあたり、南に隣接する双葉郡浪江町は今も避難指示が続いています。

除染(放射性物質のよる汚染の除去)が進み、少しずつ町の営みが始まり、原子力事故による避難解除が行われたのは2016年7月12日のことです。

原子力事故前の人口に比べれば、まだ1割にも満たぬ人口の回復。同区内には除染で発生した「除染廃棄物」が積まれています。

普段の駅前通りは復興事業者は忙しく働く姿は見えても、かつての小高区のような住民の方の姿はまばらです。

まだまだ町の復興・再興は始まったばかり、課題も多くあります。

当たり前を少しずつ取り戻していく

画像

この日、開かれた秋祭りには多くの方が訪れました。論より証拠とばかりに写真を掲載しますが、人出の多さに気づいて頂けると思います。

この光景は原子力事故がなければ、日々膨大なニュースに追われる私達は気にも留めないことでしょう。本来なら地方の小さなニュースになるものです。きっとそれで良いのだと思います。

ですが、この「原子力事故からの復興の歩みの過程にいる」背景を知ると、写真に写る一つ一つのどこにでもある「当たり前」にどれだけの思いが詰まっているかは想像に難くないことだと思います。

この当たり前に包まれた日常こそ、原子力事故による深い傷が残る地域にとっては、かけがえなく求め続けてきた姿です。

当たり前がニュースになることはあまりありません。それはきっと、当たり前の素晴らしさをつい忘れてしまうからなのでしょう。

一般社団法人AFW 代表理事

1980年生まれ。元東京電力社員、福島第一、第二原子力発電所に勤務。「次世代に託すことが出来るふるさとを創造する」をモットーに、一般社団法人AFWを設立。福島第一原発と隣合う暮らしの中で、福島第一原発の廃炉現場と地域(社会)とを繋ぐ取組を行っている。福島県内外の中学・高校・大学向けに廃炉現場理解講義や廃炉から社会課題を考える講義を展開。福島県双葉郡浪江町町民の視点を含め、原発事故被災地域のガイド・講話なども務める。双葉郡楢葉町で友人が運営する古民家を協働運営しながら、交流人口・関係人口拡大にも取り組む。福島県を楽しむイベント等も企画。春・夏は田んぼづくりに勤しんでいる。

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