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子どもの貧困 当事者の声 あきらめないために必要なもの

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
(写真:アフロ)

高校生の声

まずは、この動画を見てほしい。

何に気づいただろうか。

生活の苦しさとともに、追い込まれていく気持ちに気づかれたことと思う。

「自分が早くじりつできたらと なんどもふさぎこんだ」

「手をさしのべられると、ふりはらってしまう自分がいる。私は、こんな自分を好きになれないでいる」

「塾に行くことを諦めなければいけませんでした」

「金額をみてあきらめたりすることが多い」

「けれど誰にも話せない。誰もわかってくれない」

「こういうふうに考えてしまう自分が、嫌いです」

「いつも一人でいる。学校でも一人ぼっちでいる」

「生きたいのかもわからない。自分のことがわからない」

「家族みんなが悲しい気持ちになる」

「何もそんなふうに思わなくても」と、私も思う。

「生きていれば、きっといいことがあるよ」と。

しかし問題は、私がそう思うか、そう言うかどうかではない。

本人たちがそう思うか、思えるかどうかだ。

どうすれば、それが可能になるだろうか。

努力するエンジンがない

久波孝典(くば・たかのり)という若者がいる。現在23歳の大学4年生。

東洋大学の夜間部に通い、現在就活中だ。まだ決まっていない。

彼は小学校5年から高校3年生までを児童養護施設で過ごした。

その彼が、先日開催された「公益財団法人子どもの貧困対策センター・あすのば 一周年の集い」で、興味深いスピーチをした。

「自分には『努力をする』というエンジンが備わっていない」と言うのだ。

彼のスピーチはこうだった。

自分はそもそも「努力をする」というエンジンが備わっていない人間だと思いながら過ごしています。

ずっとその答えを探していましたが、先日ある文献に出会いました。

みなさんは、人間はなぜ努力するのだと思いますか。

その文献には、努力の向こうに、勝利や成功などの対価を得た経験があるからだと書かれていました。

そういった経験があるからその後も努力を積み重ねることができて、そうした良いサイクルに入れる。

私にはあまりそのエンジンが乗っかっていないと思います。

私にそのエンジンが乗っていないのは紛れもなく私自身の責任です。それは言うまでもありません。

ただ、本当は助けてほしかったです。

本当は、同じ学校のクラスメイトのように、こうした社会問題の存在を意識せずに生活したかった。

「進学したい、何かになりたい、あれをやりたい」、そんな純粋な気持ちをまるっきりそのままだけで叶えられるような生活をしたかっ た。

私にそれができなかったのは、ただただ私の責任で、情けないことこの上ないだけのお話なのですが、この「努力できない人間」を、「頑張ることで成功体験を得られなかった人間」を、どうか再生産させないでください。

初めから報われる可能性がないと思い込んでいるから、努力することを思いつきすらしないだけなんです。

私は恥ずかしながら、ただそれだけの想いのために活動に参画させていただいております。

自分は幸せになりたいとか、生きる希望を持つことができれば、それが努力の糧になると思うので、些細な幸せでもいいから、子どもたちがただ純粋に何かを目指そうとすることのできる社会を作っていけたらと思います。

私は野球が好きで、この前イチローがヒットの世界記録を更新した時なんかは、池袋に号外の新聞をもらいに行ったほどなんですけれども、そんな偉業を成し遂げたイチローは以前、こんな言葉を口にしました。

「小さいことを積み重ねるのが、とんでもない所へたどり着くただ一つの道です」。

私はこの言葉がすごく好きなのですが、でも正直、私もそうしたかった。

純粋に好きなことだけを追いかけていたかった。

イチローの言葉をこんな形で拝借するのは申し訳ないのですが、努力を積み重ねていくそのことだけで、子どもたちが報われていく社会を目指したいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

「『努力をする』というエンジンが備わっていない」――興味深い表現だ。

児童養護施設出身者向けの給付型奨学金をかき集め、アルバイトと学業を両立し、自分で学費と生活費をまかなっている久波君に努力するエンジンが備わっていないとは思えない。

それでも、彼から彼自身がどう見えているのか、貧困の子どもたちがどう見えているのかは知りたくなった。

努力するエンジン、やる気スイッチ、あきらめない力…貧困家庭に限らず、多くの親たち大人たちが探し求めているものだ。

子どもの貧困対策を1ミリでも進めるヒントが、彼から得られるかもしれない。

そう思って、改めて時間をとってもらい、教えを乞うた。

久波君
久波君

何かに興味をもつということがない子どもがいる…

「子どもたちに機会の平等が必要だということ、その合意はもう社会的にとれている。でもそれでは足りないと思うんです」と久波君は切り出した。

久波君が見てきた児童養護施設の子どもたちの中には、そもそも何かに興味を持つということがない子どもがいる。

仮に機会が平等にあっても、その与えられた機会を生かそうと思うこと自体ができない。

児童養護施設には、さまざまな子どもたちが入所してくる。

親が育児をできなくなって、親の同意の下で入所してくる子たちもいれば(同意入所)、親の虐待から命からがら逃れてきた子たちもいる(措置入所)。

あまりにも凄惨な人生を送ってくると、何かを目指そうとする気力が生まれなくなる。

学習支援は重要だが、進学を目指す意欲以前の問題を抱えている子がいて、その子たちに学習支援は届かないし、響かない。

苛烈ではない教育熱心さ

どうすればいいのか。

久波君の答えはこうだ。

「僕の母をマイルドにしたような人が必要なのではないか」。

久波君の母親は、いわゆる教育ママだった。

家族は完結しており、親戚づきあいもない。周囲から孤立した核家族だった。両親の仲は悪く、専業主婦の母親の情熱は、一人息子の久波君の教育に向けられていた。

さらに小学校2年のときに父親が自殺。残された母親のエネルギーは久波君に一身に注がれ、彼の言動が気に入らないと暴力をふるうようになった。

小学生の彼は、その母親から逃れるため家出を繰り返し、保護されて児童養護施設に入所した。

その母親を「マイルドにする」とは?

自分の母親のような苛烈さではない教育熱心さだと、久波君は言う。

たとえば、幼いころからキャンプや習い事はもちろん、キッザニアに連れて行ったり、こども議会に参加させたり。

子どもは何に反応するかわからない。

わからないからこそ、さまざまな体験をさせる。

しかし、単発ではダメだ。

そこにずっと寄り添って、その子が何に引っかかるか、何にこだわりを持つか、それを見極め、後押しし、伸びていく方向性を一緒に探してくれるような大人が必要だ、と。

その子が何に引っかかるか、何にこだわりを持つか、それを見極める大人が必要(写真提供:NPO豊島子どもWAKUWAKUネットワーク)
その子が何に引っかかるか、何にこだわりを持つか、それを見極める大人が必要(写真提供:NPO豊島子どもWAKUWAKUネットワーク)

施設職員にはできない?

児童養護施設の職員に、それはできないのか。

「難しい」と久波君は言う。

職員の仕事は本来それだろうと言うことはできる。親代わり。

しかし実際は、あまりにも凄惨な体験をしてきた子どもたちと向き合っている結果として、「食べられればよい」「暮らしていければよい」とハードルが下がってしまう。

教育・養育の質にまで目が向かない。

そして、そうした問題意識をもっている職員も、社会福祉的な養成しか受けていないので、社会経験や人脈が不十分で、多角的な体験を提供できない人もいる。

だからといって、養子縁組して家族になってもらうことで問題解決すればいい、とも思えない。

それでは結局「家族以外は誰もやってくれない」という現状と、根本的には変わらないんじゃないか。

家族と他人の間に、そのようにして子どもに寄り添ってくれる人の存在する余地はないのか。

ーー久波君の話しはこのようなものだった。

「アニキ」とか「オヤッさん」とか

ある、と私は思う。

その人たちはかつて「アニキ」とか「オヤッさん」とか「センパイ」とか呼ばれていた。

「面倒みてくれる」人たち。

面倒見ながら、一緒にふざけたり、バカやったりしながら関係と信頼ができ、だからその人の「おまえ、それ結構向いてるんじゃない?」が強い影響力をもった。

特に珍しくもない、ごくありふれた、どこにでもある関係だった。

ただ、それはいろいろとややこしいしがらみと背中合わせでもあった。

「イヤなのに、どうして無理に付き合わなきゃいけないんスか」と言われると、それでもと強要するのが難しい性質のものだった。

一歩間違うと「あの子たちとはあまり深く付き合わない方がいい」と言われるような関係に転化するかもしれないものだった。

また、ごくありふれたものだったからこそ、私たちはあまり作り方を意識してこなかった。

そういう関係が、あちこちで勝手につくられているときはよかった。

勝手につくられなくなると、さて、どうやったらつくれるものなのか、誰もみんなを納得させる答えは持っていないのだった。

家族と他人の間のどこに位置づけられるべきものなのか、

地域の人々によって担われるものなのか、専門家の有給のお仕事として担われるべきものなのかも、

人によって意見が分かれる。

一人で背負い込むには重すぎるだろう。

だからといって、どのようなチームが望ましいのか、わかりやすい正解があるわけでもない。

誰かに「よろしく」と頼んで済むことではない。

ナナメの関係

ただ、その関係が重要なことは認識され「メンター」とか「ナナメの関係」とか言われるようになっている。

欧米では、このような関係を取り結ぶ若者たちが「ユースワーカー」として、社会福祉の中に位置付けられてもいる。

それも参考にしつつ、日本でどのような仕組みと体制が望ましく、そして現実的なのか、多くの人たちが試行錯誤を繰り返している。

機会の平等の確保は必要で、重要なことだ。

その上で、さらにそこに手が届かない子どもたちに手を伸ばす試みも積み重ねられていくべきで、積み重ねられている。

しんどい思いをしている子どもや若者のメンターとなり、ナナメの関係を切り結んでいくのは、私かもしれないし、あなたかもしれない

「昔には戻れない現在という地点において、未来へ向けて新たな“場”を創り出していこう」と以前に書いた。

「1ミリでも進める」とはそういうことだろう、と。

その努力を一人ひとりが積み重ねていくことが「あきらめない力」を育むだろう。

大人たちがあきらめない社会でこそ、あきらめない子どもたちが育っていくはずだ。

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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