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子どもの貧困の2016年をふりかえる

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
かつて対談した小説家・重松清氏は「子どもはシラフでがんばってる。すごいよね」と

2016年が今日で終わる。

私的な回顧になるが「子どもの貧困」をテーマに行ってきた本連載で、この1年をふりかえってみたい。

【1月】

29日、沖縄県が「沖縄子ども調査」を発表。

講演で沖縄にいたとき、ちょうど発表された。

相対的貧困率が全国平均16.3%のほぼ倍の29.9%だったことも衝撃的だったが、

過去一年間に必要な食料を買えないことがあった子育て世帯が、ひとり親世帯で43%、両親がいる世帯でも25%いるなど、深刻な実態が浮き彫りになった。

沖縄県は、この事態を重く受け止め、「沖縄子どもの未来県民会議」を設立して官民挙げて子どもの貧困対策に重点的に取り組んでいく。

県別の子どもの相対的貧困率を算出したのも、沖縄県だけだった。

8月には、ふたたび沖縄を訪問し、翁長知事にインタビューするとともに、官民の取組を取材した。

「やっと(子どもの貧困に)手をつけられるようになった」と、戦後の沖縄復興をふりかえりながら、翁長知事が感慨深そうにしゃべっていたのが印象的だった。

翁長・沖縄県知事「でも、いま一番やりたいのは子どもの貧困対策」(9月9日)

「小1で大学断念」を変えるため総力挙げる沖縄の人々(9月10日)

報道だと厳しい表情が多いが、お会いしてみると笑顔の絶えない方だった
報道だと厳しい表情が多いが、お会いしてみると笑顔の絶えない方だった

【2月】

23日、超党派の「子どもの貧困対策推進議員連盟」が設立総会を開く。

田村憲久・元厚労大臣が会長となって、超党派議連が発足。

田村氏は、すべての視察にフル参加するなど、とても力を込めていると言う。

子どもの貧困は政治的対立にそぐわないテーマ。

超党派で足並みをそろえながら、これから力を発揮してほしい。

【3月】

4日、日本財団が「子どもの貧困の社会的損失推計」の都道府県別推計を発表。

2015年12月に発表された全国推計に続いて発表。

15歳という一学年のみの推計で、子どもの貧困が放置された場合の社会的損失は2.9兆円、

「所得額の差分を貧困な子ども一人当たりでみると、最も金額が大きいのは東京都の 2,370 万円、次いで大阪の 2,036 万円、神奈川の 1,940 万円、京都の 1,700 万円」と具体的な数値を出した。

子どもの貧困は人道的な問題だが、同時に損得の問題でもある。

いつも思うが、オリンピックにしろTPPにしろ、経済的波及効果が高いと喧伝されると前のめりになるのだが、他方、若者のワーキングプア問題にしろ、自殺問題にしろ、教育にしろ、経済的損失が大きいにもかかわらず十分に手当されない。

たしかにこれらの問題に「華々しさ」はないが、オリンピック経費をめぐる迷走ぶりなどを見るにつけ、地道に一つひとつ社会の穴をふさいでいくほうが水も溜まる(成長する)のではないかという思いを強くする。

【4月】

内閣府「子供の未来応援地域ネットワーク形成支援事業(地域子供の未来応援交付金)」が始まる。

2013年法律制定、14年政府大綱策定、15年都道府県推進計画策定ときて、

16年は、いよいよもっとも身近な市町村で子どもの貧困対策が推進される、はずだった。

しかし、地方議会でもどしどしと質問が出るわりには、自治体が今一つ「何をしたらいいか…」と戸惑っている様子がうかがえる。

交付金の申請概要を見ても、事業着手に向けて具体的に動き出しているのは、

福島県、滋賀県、京都府、大阪府、高知県などの府県に加え、

東京都足立区、埼玉県富士見市、三重県名張市、大阪府寝屋川市、宮崎県日南市・高鍋町など、

「やっぱりな~」と思うところが並び、「へ~知らなかった!」というのは奈良県平群町くらい(興味ある!)。

利用が低調な交付金は、情け容赦なく削減の対象となるのが今のご時世だ。

先行事例の蓄積には時間がかかるだろうが、自治体には自ら先行事例となる気概をもってあたってもらいたい。

子供の未来応援 先行する民間 課題は自治体(10月30日)

最新の交付状況も依然として低調。この交付金を使わずに対策を行っているところもあるが…
最新の交付状況も依然として低調。この交付金を使わずに対策を行っているところもあるが…

【5月】

9日、「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」が発足。

子どもの貧困問題の中でも教育支援に携わっているNPOらが集まって、全国初の協議会が発足。

代表幹事は、NPO法人さいたまユースサポートネット代表理事の青砥恭氏。

政策提言や全国各地でのイベント(Kids’ Day JAPAN)を主宰している。

NPOによる子どもの学習支援は、不登校児などのフリースクールとして取り組まれてきたが、近年、子どもの貧困対策としての学習支援が急増していて、国も生活困窮者自立支援制度の中で後押ししている。

親の経済格差が子の教育格差に直結してしまう状況が指摘されるようになってから久しい。

安心できる環境と、学生ボランティアなどとのナナメの関係、「わかった!」という小さな成功体験が、人生の選択肢を一つひとつ増やしていく。

【6月】

8日、「子どもの未来を応援する首長連合」が発足。161の市町村が参加。

代表発起人の佐賀県武雄市・小松政市長にインタビューしたとき、明確にこの問題を「地域づくり」として認識されていたことが印象的だった。

ボランティア登録した地域のおじいちゃんおばあちゃんなどが、朝の授業で子どもたちに丸つけをする。

道で顔を会わせても素通りしていた両者が声をかけあうようになる。

そういう関係が増えていけば、漏れる子どもたちは減っていく。

そのうえで、ずっと伴走していく人づくりを行う。

こうした地域づくりの中に溶け込ませてやっていかないと、貧困家庭の子どもだけをピックアップして何かやろうとしても難しいだろう、と。

子どもの貧困 動き出した首長たち 「地方こそが21世紀型教育の主舞台」と佐賀県武雄市長(8月17日)

小松政・武雄市長。いい仕事をしている首長は多いのだが、政治家・行政をほめる記事はなかなか読まれないのが悲しいところ
小松政・武雄市長。いい仕事をしている首長は多いのだが、政治家・行政をほめる記事はなかなか読まれないのが悲しいところ

こうした発想は、兵庫県明石市の泉房穂市長にも共通していた。

地域づくり(地域活性化)と貧困対策を別物のように考える発想からの転換が必要だ。

貧困家庭の子どもたちだけをターゲットに施策を打っているつもりはありません。

明石市の対象はあくまで「すべての子どもたち」です。

すべての子どもの発達と未来を保障しようとする中で、残念ながら漏れやすい、行政サービスの届きにくい、また不遇な状態で育たざるを得ない子どもたちが出てくる。

それを防ごうとすると、結果的に対象者が貧困家庭の子どもとなることがある。そういうことです。

なので、児童手当を該当する市民に行き渡らせようとすれば、またその機会を活用してご家庭のお困りごとを解決していこうとすれば、結果的にそこで浮かび上がってくるのは貧困家庭の子どもたちだったりするわけですが、それは結果であって、その子たちに向けてサービスをしているわけではない。

すべての子どもたちが対象です。

「子どもの貧困対策をするつもりはない」と 対策先進市・明石市長が言う理由(7月20日)

明石市・泉市長。愛嬌とマシンガントークで市民の支持も厚い
明石市・泉市長。愛嬌とマシンガントークで市民の支持も厚い

【7月】

1日、「1ミリでも進める子どもの貧困対策」を開始する。

まったく私事で恐縮だが、個人的な回顧となれば、この件は外せない。

「みんなで鍋をつつくって、本当にあるんだね」と言った高校生、

「自分にはがんばるエンジンが載っていない」と言った児童養護施設出身の大学生、

そうした子どもたちを支えようとする大人たち。

児童養護施設出身の久波孝典君。来春大学を卒業。就職先は、迷った末に児童養護施設を考えている
児童養護施設出身の久波孝典君。来春大学を卒業。就職先は、迷った末に児童養護施設を考えている

世の中にはたくさんの悲惨があり、たくさんの希望がある。

目を背けず、思い通りに動かない状況の中であがき、ときに批判や皮肉にさらされながらも1ミリでも物事を進めているすべての人たちを顕揚したいと思った。

ある先輩から言われ、私がしばしば思い出す言葉がある。

「動かない動かないとじたばたしているときが、本当はちょっとずつ動いているとき。もうダメだとあきらめてしまったときが、本当に動かなくなるとき」

一連の寄稿でヤフーニュース個人のオーサーアワード2016を受賞した。

取材に協力してくれたすべてのみなさんに、改めて感謝を記したい。

ヤフーニュースのオーサーカンファレンス2016にて受賞のスピーチを行う(12月7日)
ヤフーニュースのオーサーカンファレンス2016にて受賞のスピーチを行う(12月7日)

【8月】

18日のNHK7時のニュースで放送された貧困女子高生が“炎上”

「相対的貧困とは何か?」が話題になった。

長く大人の貧困問題に関わってきたが、相対的貧困がここまで話題になることはなかった

「理解されていない」と嘆く人たちも少なくなかったが、表立った議論となること自体が子どもの貧困問題に対する理解の広がりを示している、と私には感じられた。

まだここまでだが、ここまでは来たんだなあ、という印象、そして感慨。

そしてこの機会に「相対的貧困とは格差である」ことをはっきりさせておこうと思った。

NHK貧困報道”炎上” 改めて考える貧困と格差(8月31日)

【9月】

28日、「広がれ、こども食堂の輪!全国ツアー」スタート。

2年間で300か所が開設するなどプチブームの様相を呈するこども食堂。

私自身も関わって地域住民への理解を広げる全国ツアーを開催することになった。

代表は、NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワークの栗林知絵子代表理事

準備の過程で見えてきたのは、こども食堂は雑多であり、にもかかわらず「貧困家庭の子だけを集める場所」とのイメージが強く先行していて、運営者にも地域住民・行政にも、少なからぬ混乱・誤解・戸惑いがあるということ。

全国ツアーそのものがそれへの対処の一環でもあるのだが、本連載でも以下の2本で問題点を整理した。

全国ツアーの関係で全国各地におもむいているが、幸い広く読んでいただき、「雑多であり、それでよい」ことが共有されてきたと感じる。

名づけ親が言う 「こども食堂」は「こどもの食堂」ではない(7月24日)

「こども食堂」の混乱、誤解、戸惑いを整理し、今後の展望を開く(10月16日)

こども食堂の名づけ親、気まぐれ八百屋だんだんの近藤博子さんが運営するこども食堂ののれん
こども食堂の名づけ親、気まぐれ八百屋だんだんの近藤博子さんが運営するこども食堂ののれん

【10月】

25日、「子供の未来応援基金」の初年度助成先が発表される。

86団体に対して、3億1500万円の助成。

当初、批判もあった基金だが、関係者の尽力で協力企業も増えてきている。

私は、4億円を寄付した河野経夫・第一住宅株式会社代表取締役会長を取材。

「いかに我が子とはいえ、不労所得が増えすぎたらロクなことはありませんよ」と笑っておっしゃっていたのが印象的だった。

子どもは放っておけば育つんだと言う人もいます。

でも、誰がプア(貧困)にしたのか。政府の責任です。

中流層がものすごい勢いで減っています。

これってまさに、小泉構造改革がまずかったと思うんです。

でも、小泉構造改革をやったから、日本のモノづくりががんばれた。

悪いことも、良いこともあった。

でも、悪い面の手当てが十分なされていません。

だから政府の責任でフォローすべきです。

でも1100兆円の借金があります。政府だけではできません。

それには、私たち国民にも責任があったと思うんです。

国民による運動が必要だと思います。でも、私にそんな力はありません。

私にできることは、せめて寄付をすることぐらいです。

4億円を寄付した男の“危機感”(8月3日)

河野会長。「首相動静」でお名前を見かけて取材を申し込んだら、快く引き受けてくださった。笑いの絶えない、たのしい取材だった
河野会長。「首相動静」でお名前を見かけて取材を申し込んだら、快く引き受けてくださった。笑いの絶えない、たのしい取材だった

【11月】

中旬に、給付型奨学金の概要が固まる。

OECD加盟国では、日本とアイスランドだけがないと言われる政府の給付型奨学金(ただし、アイスランドは大学学費が無料(涙))。

ようやく、来年度から実施される。

初年度は特に経済的に厳しい2800人を対象としつつ、

2018年度から年間2万人に拡充する。金額は、国立・私立の別や、自宅・下宿の別を勘案して、月額2~4万円

貸与型でも無利子枠が拡充され、返済にあたっても所得連動型(所得の少ない人は返済額も少額ずつにする)が導入され、「学生ローン」化していた日本の奨学金を取り巻く状況は変わりつつある。

ただ、財源については決着していない。

受給生が全学年に達する2021年度からは恒常的に約200億円の財源が必要となるが、「特定扶養控除」の削減案が出たまま、結論は来年度以降に持ち越された模様だ。

「そこまでして大学に行く必要があるのか」という大学と社会の接続関係・適合関係がさらに厳しく問われるようになるだろう。

(速報)給付型奨学金 これからどうなる?(10月19日)

【12月】

22日、「平成29年度税制改正大綱」閣議決定。

とても残念だったが、教育資金贈与信託の貧困家庭の子どもへの拡大適用を求める4省(内閣府・文科省・厚労省・金融庁)合同の税制改正要望は採択されなかった。

お金のある家庭の祖父母が孫に一括贈与すれば1500万円まで非課税だが、篤志家が同じ金額を贈与すれば450万円の贈与税がかかる。

日本政府の財源調達能力は低い。

核家族・超高齢・多死社会を迎える中で、相続財産は増えていく。

東日本大震災等の影響で自分の資産を社会的に活用したいと考える人は増えている。

さまざまな条件を鑑みて、今という時代に必要な税制改正だと思ったのだが…。

この案件に関連して、寄付や贈与を行った何人かの篤志家たちに取材した。

保育士を目指す子どもの短大の学費を贈与した京都の松田嘉子さんの、

自分が生きてきた75年間、大過なく過ごしてこられた感謝の気持ちがその子に向かった、という言葉が耳に残っている。

貧困の子が“税制上も不利”の不思議(9月16日)

京都の松田嘉子さん。見ず知らずの子の短大学費を2年間贈与。こうした動きが少しでも広がってくれることを願っている
京都の松田嘉子さん。見ず知らずの子の短大学費を2年間贈与。こうした動きが少しでも広がってくれることを願っている
社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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