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IT研究者としてPTA「IT化」の功罪を考えてみた

五十嵐悠紀お茶の水女子大学 理学部 准教授
我が子の晴れ舞台の演劇会。下の子と一緒に観ていても、泣き出してしまうと、その場で観続けるのが難しくなりますが・・・? (写真はイメージ)
我が子の晴れ舞台の演劇会。下の子と一緒に観ていても、泣き出してしまうと、その場で観続けるのが難しくなりますが・・・? (写真はイメージ)

前回(「『やってよかった』こうすれば辛くないPTA役員」)は、PTA役員をやることのメリットについて焦点を当ててみました。では、PTAのお仕事の実態はどうなっているのでしょうか?

今回は、PTAの仕事のIT化に焦点を当てて、探ってみたいと思います。

IT化できるのにされていない仕事の数々

役員の仕事の中には、ITを駆使すればもっと手早く解決できそうなこともたくさんあります。

例えば、幼稚園では誰に配布済みなのかが分かるようにするため、「児童へ配布するお手紙の右上に、児童の名前のハンコを押す」という仕事がありました。そのために、お母さん方が登園後に1時間ほど集まります。でも、Wordの「差し込み印刷機能」を使えば、5分ほどで右上に名前の印刷されたお手紙が出来上がっています。

また、小学校の先生と役員間のやり取りは、メールではなく、職員室にあるPTAポストを使っています。そのため、毎日PTAポストにお便りがないかどうかチェックをしに、足を運ばなくてはなりません。職員室内にあるため、どの役員でも見られるわけではなく、特定の役員の仕事なのです。

メールで連絡をもらえるようにしたり、メーリングリストを導入して、1つのメールアドレスに送るだけで役員全員に配信されるようにする──、そんなことすら小学校ではほとんど行われていません。

このPTAポストの例では、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)という分野の一研究者の私としては、空のポストを見ながら、ついIT化を考えてしまいます。ポストのふたに小型センサーを付けることで、ポストを開けた回数をカウントしたり、ふたが開いたことをLINEやメールで通知したりする、なんてことをすれば中身があるときだけ足を運べるのに・・・。

PTA仕事の中でも問題視されることが多いことの1つに、「ベルマーク運動」が挙げられます。ベルマークを集めて、幼稚園や小学校へ持っていく。そして係の人はマグカップとハサミを片手に、きれいに切り分けたり仕分けたりする。

でも、たとえベルマークがついていても、その業者が昨年度末でベルマーク事業から撤退していたら、そのベルマークは使えないこともあるのをご存じですか? そのため、係の人はベルマークの右下についている番号を、今現在使えるベルマークなのかどうか、1枚1枚確認しながら仕分けしていくのです。

こういったベルマーク運動もIT化できないものでしょうか。QRコードを付けておいて読み取ったり、ポイントを貯めたり。この時代に即したやり方に世の中が変えていく、といった可能性はあるように思います。

実は、専業主婦も多い小学校や幼稚園と異なり、共働きや介護などの「保育が欠ける状態」が前提の保育園では、役員の仕事もIT化がとても進んでいます。

私の地域では、PTAの総会も、実際に顔を合わせることなくペーパー総会に。配布されるお手紙も、メーリングリスト配信によるメルマガになっています。また、電子ファイルの受け渡しは、オンラインファイル共有サービスを使用。役員体制も毎年見直されて、人数が最適化されてきています。

IT化するのが逆にデメリットにもなる

しかし、ITを駆使することによるデメリットがあることにも注意が必要です。つまり、顔を突き合わせての仕事を極限まで減らすと、今度は仲間意識が育たない恐れが出てきます。

会社でも、全員が自宅勤務で、すべてをIT化させて、効率化だけを求めたら、果たしてうまくいくでしょうか?

例えば、社員食堂を思い浮かべてみてください。みんなでランチを共にすることでコミュニケーションがスムーズになり、仲間意識も育ちます。さらに大手IT企業では、食堂の横に卓球台があったりビリヤード台があったりと、娯楽も共にすることで仕事の生産性を上げています。一見仕事とは関係なさそうな会話や付き合いがディスカッションや仕事に好影響を与え、効率化にも効いてくるのは、皆さんよくご存じなのではないでしょうか。

また、自分が毎年いるわけではないのに、ある年にITを駆使した提案をし、Excelでマクロバリバリのファイルを作ったとしたらどうでしょう? その年度は確かに助かったとしても、次年度への引き継ぎがどこまでできるでしょうか。

いちばん上の子が幼稚園に通っているとき、演劇会での弟妹の託児に関して、そんな出来事がありました。

在園児が演劇会を行うのはホール。近くの教室には、弟妹用に託児コーナーを設けていました。「親御さんとホールで観るのは構いませんが、ぐずってしまった場合には、ホールから出て託児コーナーへ一緒に移動してくださいね」というのが例年のこと。

そこへ、ある親御さんが私に「でも親だって、自分の子の演劇会、観たいよね? 学会とかで託児所ってどうしてるの?」と聞いてきました。当時PTA副会長だった私は、普段参加している学会で行っている試みを参考にして、「インターネット経由で、託児室からもリアルタイム中継で演劇会を観られるようにしてはどうか」と役員会に提案しました。でも、それは最終的には却下。理由は、来年以降も続けられることではないから、でした。

実際に役員をやってみて、ITで解決できることをすべてITで解決するのが本当に良いことなのか、考えさせられるようになりました。

いろいろな観点から見て、今年だけの例外にならないよう、そして保護者全員が不平等と思わないよう様々な配慮がなされて成り立っているということを改めて知ったエピソードでした。「PTAはすべての会員に公平平等に会費が還元できる活動である」のが大原則なのです。

通常の仕事の内容と役員の業務につながりもある

通常の仕事の内容とPTA役員の仕事。一見つながりがないように思えることでも、どちらもの経験がどちらにも生かされていると私は思います。役員を経験したことで、幅広い考え方が身に付き、それは仕事にもとても有意義に生きています。

例えば、役員の中でも大変とされることの多い広報の仕事。皆さん、子どもの学校の広報誌に目を通していらっしゃるでしょうか? せっかく作るのであれば、多くの方に読んでもらいたいですよね。

そういう技術を磨くために、全国各地で広報研修会、広報セミナーなるものが開催されています。こういった会では、「皆に読まれる広報誌を作るためには、読まない理由の逆をやればよい」「記事を生かすも殺すも見出し次第。ありがちな『はじめに』や『ごあいさつ』といったタイトルをやめよう」といったことを教えてもらうことができます。

こういった機会は広報役員としてだけでなく、私自身の大学の業務である、受験生へ向けてのメッセージを書く際や、学会誌へ記事を寄稿したりする際にも大いに影響を与えました。

前回の記事を読んでくださった周りの方から、「うちの奥さんも今PTA役員。大変そうだけれども、楽しそうにも見える」「私も実はPTA会長です」「母親がPTA役員をしていて、大変そうだけど生き生きしている」といったポジティブな声が聞こえてきて、嬉しく思いました。PTA役員は、誰かが喜んでくれるのが嬉しい、という人にはうってつけの仕事だと思います。前回と今回の記事をきっかけに、1人でも多くの人が興味を持ってくださることを願っています。

(Japan Business Pressより転載)

お茶の水女子大学 理学部 准教授

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).日本学術振興会特別研究員PD, RPD(筑波大学), 明治大学総合数理学部 専任講師,専任准教授を経て,現職.未踏ITのPM兼任.専門はヒューマンコンピュータインタラクションおよびコンピュータグラフィックス.子ども向けにITを使ったワークショップを行うなどアウトリーチ活動も行う.著書に「AI世代のデジタル教育 6歳までにきたえておきたい能力55」(河出書房新書),「スマホに振り回される子 スマホを使いこなす子 (ネット社会の子育て)」(ジアース教育新社),「縫うコンピュータグラフィックス」(オーム社)ほか.

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