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運転中の突然死は防げるか?梅田事故の衝撃

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
心臓や血管の病気は突然死を招くことがある(提供:アフロ)

痛ましい事故

大変痛ましい事故が発生した。報道によれば、2016年2月25日午後0時35分ごろ、大阪梅田で自動車が暴走し、歩行者を次々とはねた。この事故で、自動車を運転されていた方を含め、複数の死傷者が出ている。

お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りすると同時に、負傷された方々の一日も早い回復を心より願う。

事故現場は大阪の梅田。阪急梅田駅やJR大阪駅近く。私も現場を何度も通ったことがあるだけに、まさかあの場所で、という思いだ。

大動脈解離発症か

報道によれば、亡くなった運転手の方(51歳)は大動脈解離を発症した可能性があるという。

捜査関係者によると、大橋さんを病院に搬送する際、「(大動脈が破裂したり意識を失ったりする原因になり、突然死にいたることもある)大動脈解離の症状がみられる」との情報が救急隊から寄せられた。府警は大橋さんの体調が急激に悪化した可能性もあるとみて近く司法解剖し、死因などを調べる。

出典:朝日新聞デジタル

大動脈解離の症状とは、背中の激痛なのではないかと思う。もし大動脈解離ならば、解剖すればすぐに分かるだろう。

現時点で大動脈解離と断定することができないが、何らかの急病が発生したものと考えられる。

阿藤快さんの死の記事にも書いたが、突然死を引き起こすのは、心臓や血管の病気であることが多い。私の病理解剖の経験でも、突然死の原因が大動脈解離と、それによる大動脈破裂が死因だったことが何度もある。

大動脈解離は、

大動脈解離(解離性動脈瘤、解離性血腫)とは、大動脈壁の内層(内壁)が裂ける死亡率の高い病気

出典:メルクマニュアル

であり、高血圧、動脈硬化により血管の壁が弱くなることが原因であることが多い。

運転中の発症を防げるか

梅田の事故では、自動車運転中に大動脈解離と思われる急病が発症した。2013年には以下のような報道があった。

大型観光バスの男性運転手(44)が意識を失い、異変に気付いた乗客が3人がかりで車を止めた。中央分離帯に接触しながら100メートルほど走ったが、乗客31人にけがはなかった。

(中略)

運転手は病院に運ばれたが急性大動脈解離で死亡した。

出典:中日新聞

大動脈解離は突然発症するから、ある一定の確率で運転中に発症する可能性がある。車やバス、トラックなどを運転しているときに発症すると、事故で多くの人たちを巻き込む可能性がある。

大動脈解離の発症を事前に察知し、運転中の突然死を防ぐことができるだろうか。

健康診断で血管の様子(動脈硬化があるか)や血圧をチェックし、生活習慣などの改善を指導し、血圧を下げる薬を飲んでもらうということで、大動脈解離の発生率を減らすことはできるかもしれない。異常のある人の運転免許証を取り上げるということも有効かもしれない。

しかし、40代や50代前半だと、そこまで健康に気を配ることはないだろうし、現実問題、発症するかしないか分からない段階で運転免許を取り上げることは難しい。車が生活必需品で、絶対必要だという人も多い。事前に異常がなくても発症する人はいる。

運転中に大動脈解離をはじめとする心臓、血管の病気を突然発症する人をゼロにすることはできないのだ。

人間の運転の限界

残念ながら何トンもある、高速移動する鉄の塊を、ミスするし病気もする生物が運転する以上、事故が発生する可能性をゼロにすることはできない。

しかし、希望はゼロではない。

自動運転の車や、運転手の健康をモニタリングし、急病の発生を察知する装置の開発など、テクノロジーで事故の発生を防ぐという道もある。すでに衝突回避の技術は実用化されている(こちらなど)が、グーグルの自動運転車など、運転そのものを自動化する研究も進んでいる(参考;JSTサイエンスチャンネル)。近い将来というスパンで実現されるだろう。日常生活にこうした技術が投入されるにはまだ時間が必要ではあるが。

あまりにあたりまえすぎるが、車を極力運転しない、というのも重要だ。公共交通機関を利用し、ちょっとした距離なら歩いてみる。こうしたことで運転中の病気の発生の可能性を減らすと同時に、より健康になり、心臓、血管の病気の発生率を減らせ、CO2の発生も減らせる。もちろん、日常的に車が必要な職業や地区も多いので、難しいことではあるが、せめて意識していたい。

運転中の急病発生とそれによる事故というのは、何もてんかんのような持病がある人だけが引き起こすのではない。車を運転する限り、誰にでも運転中の急病は発生しうるのだ。梅田の事故は私たちにこのことを改めて気づかせたと言えるだろう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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