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ショーンK氏を嗤えない学術界~はびこる「学歴詐称」と「実力詐称」

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
「学歴詐称」したショーンK氏。「実力」はあったのではないかという声も。(写真:アフロ)

でたらめな経歴~一方で実力評価も

日本人離れした甘いマスクと渋い声。流ちょうな英語。

人気コメンテーター、経営コンサルタントのショーンK氏の学歴詐称が明らかになった。また週刊文春のスクープだ。週刊文春編集部には、タレこみが殺到しているのだろう。

大卒歴も留学歴も華麗なる経歴もでたらめだった。氏に魅了された人々はさぞがっかりし、怒っていることだろう…

しかし、ここにきて興味深い現象が起きている。ショーンK氏の「実力」を評価する声だ。

もちろん、彼レベルの英語力の持ち主はゴロゴロいるだろうから、嘘の経歴でチャンスをつかんだ、という点は変わらない。よく聞けば、コメントも当たり障りのないことしか言ってないという声もある。しかし、つかんだチャンスを離さなかったという点は、ショーンK氏にそれなりの実力があったということだろう。

学歴は「経歴詐称」の源

こういう事件を見ると、人はいかに肩書で人を見るのか、ということが痛いほど明らかになる。同じ能力があったとしても、肩書や見栄えがよい方がよい。これは洋の東西、古今昨今を問わない。

菊池寛の小説「」は、人が肩書や見栄えに左右されることを痛烈に風刺している。

あたり前ではある。人の実力など簡単には分からないし、その優劣など簡単につけられない。だから人は肩書や経歴や見た目の良さを必死で求める。

学歴というのは分かりやすい肩書だから、詐称もしやすいのだろう。詐称と言わずとも、なんとか名門大学出身の肩書を手に入れたい、という人が、不正ではない方法で学歴を手に入れる。大学のなかで一番入りやすい学部や、入りやすい入学方法などは、学内から「あれは学歴詐称だ」などと言われることがある。

学歴ロンダリングというのもその一つだろう。卒業大学より有名な大学の大学院に入り、有名大学卒業生と名乗ることだ。決して嘘はついていないが、一般的に大学院に入るのは、学部から大学に入るより簡単だ。有名大のブランド力などを利用し、自分の実力を「盛る」のだ。

「○○大学大学院卒」と書くだけで、卒業大学を書いていない人に、こうした学歴ロンダリングが多いと言われる。もちろん、これはなんら罪ではないし、出身と違う大学院でもまれ鍛えられるというメリットもある。人を騙すようなことに学歴を使わなければ、なんら問題ではないことは言っておきたい。

研究業界にも「経歴詐欺」が

さすがに実績重視の研究の世界で経歴詐称はないだろう、と思われる人がいるかもしれない。

甘い。実は博士号取得歴を「盛る」というものもある。これが「ディプロマミル(もしくは「ディグリーミル」)だ。

金を払って、簡単なレポートを提出するだけで博士号が得られるという、非合法の機関だ。日本でもかつて、「イオンド大学」などのディプロマミルの肩書でテレビに出ていた大学教授などがいたし、ディプロマミルからもらった博士号で大学教員になった者もいた。

研究論文をねつ造、改ざん、盗用などする「研究不正」も一種の経歴詐欺だ。

本来は論文雑誌の評価であるインパクトファクターの高い雑誌に掲載されると、研究者の実力とみなされる。研究費や地位獲得でも有利になる。だから、嘘でも怪しくてもインパクトファクターの高い雑誌に載せようという動機が生まれる。

まさに論文雑誌掲載という経歴を盛るために、研究不正が行われるケースが多いのだ。論文の内容より、「ネイチャー誌」に掲載されたのだから、すごい論文に違いない、と思われる。こうした研究社会の評価基準を狙って不正が起こるのだ。

ノーベル賞受賞者やそれに準ずる大物に論文の著者として入ってもらう「ギフトオーサーシップ」というものもある。大物研究者の名声に寄りかかって論文を出す手法で、内容に嘘はついていないものの、研究不正に準ずる行為とされる。

盛った論文は、いずれ引用されなくなり、歴史のかなたに消えていくが、盛った論文で得た地位はそのまま。だから研究不正は絶えない。

また、高血圧治療薬「ディオバン」の研究不正事件では、薬を開発したノバルティス社の社員が大阪市立大学の非常勤講師の地位を得て、あたかも無関係の第三者を装いデータをねつ造した。

ノバルティス社の元社員は大阪市立大学非常勤講師の肩書を有しているが、講義実績がほとんどないにもかかわらず、同大学は漫然と非常勤講師としての契約を更新していた。また、いかなる経緯で元社員を非常勤講師として採用したか等も不明であった。

出典:高血圧症治療薬の臨床研究事案を踏まえた 対応及び再発防止策について (報告書)

安易に非常勤講師や研究員の肩書を与えてしまう大学にも問題があると言わざるを得ない。

学歴はすべからく「詐欺的」

しかし、学歴(ここではこの言葉を、本来の意味である学位の履歴という意味と、学校歴という意味とを混ぜて使っている)に見合った評価、実力は誰が決めるのだろう。もちろん世間の評判だが、その評判は卒業生、あるいは学位取得者の一部の名声によりかかっているものと言える。学歴に見合った能力にぴったり一致する人など、ごくわずかしかいないだろう。だから、「博士のくせに使えない」「東大卒のくせに使えない」などという評判が立ったりすることもあるわけだ。

人気マンガ「ドラゴン桜」の名言「バカとブスこそ東大へ行け」はさすがに言い過ぎだが、出身校や学位の評判に寄りかかって、実力以上のチャンスを得ている人は多い。もちろんチャンスを得た後にどうなるかは本人次第であり、だから「使えない」という声が出るのだが…

結局学歴で人を評価するというのは、多かれ少なかれ詐欺みたいなものなのだ。「実力詐称」とでもいうべきか。

しかし、実力以上のチャンスを得ている人がいるということは、実力があるのにチャンスがない、という人がいるということだ。

実力をどう評価するか

ショーンK氏の学歴、経歴詐称が物悲しいのは、本人にそれなりの実力があったからだ。「ホラッチョ川上」と呼ばれながら、なんとか経歴を盛ってチャンスを得て、英語力を磨き、チャンスをものにしてきた。経歴詐称という行為に一切弁解の余地はないが、それ以外にショーン氏がチャンスを得る機会はなかったのか。

繰り返しになるが、実力なるものを評価するのは難しい。肩書、学歴、学位、見た目にすがるのはよくわかる。研究の世界でいえば、学閥だったり大物研究者の弟子筋にあたる、ということが論文の数、研究費獲得や地位獲得に有利に働くと言われる。

業績がすごい有名研究室に所属することで、自分の実力以上に論文が出た研究者が、優れた業績を引っ提げて自分の研究室を持った後は、大した業績がでないということはままある。こういうのもある種の「実力詐称」なのかもしれない。

諸外国に比べて日本では、研究費が一部の機関や一部の研究者に集中しすぎていると言われ、これが日本の研究論文の質量の低下を生み出している一因との説がある。日本は諸外国より肩書が過度に評価されるからだ。日本人研究者は、外国の研究者が何大学卒などということは気にしていないのに、自分の国ではかなり気にするという二重基準を持っているように思う。逆に言えば、洋物をめですぎるというこれもまた肩書重視の姿勢か…

アニリール・セルカン氏のように、ほとんど架空の経歴、業績で東大助教の地位を得てしまう人がいるくらいだから、日本の研究業界の肩書重視は相当なものだ。

しかし、肩書ではなく実力を評価するという困難なことをやっていかなければ、実力があるのにチャンスがない人の力を活用できない。いったいどうすればよいのか。

人の実力を評価する「目利き」を評価すべきだろう。

無名の新人を大抜擢して、その新人が優れた成果をあげれば、目利きの地位や収入があがるといった循環が生まれれば、目利きの能力もアップしていく。

ノーベル賞を受賞した山中伸弥京大教授にも、iPS細胞の研究を始める前に、無名であるにも関わらず研究費を与えたという、岸本忠三元阪大学長という目利きがいた。

当時、全く無名だった山中教授への支援を決めたのは、国の研究費の審査担当をしていた岸本忠三・元大阪大学長だ。山中教授の研究に「光るもの」を感じて支援した。iPS細胞は再生医療や創薬の要の技術になるとして、12年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

出典:第2の山中教授発掘を…医療研機構「目利き役」登用へ

こうした目利きは、研究の世界だけでなく、様々な場面で必要だろう。

大学も、「ホラッチョ」や詐欺、不正に利用されないように、学位に値する能力や実績が不足している者に安易に学位を与えてはいけないし、非常勤講師や研究員の肩書を簡単にあげてはならない。

そして、学歴や経歴をめでる私たち自身が変わらなければならない。

サンデー毎日や週刊朝日の「東大・京大特集号」が売れたり、「東大」やら「ハーバード」やら「マッキンゼー」やらのタイトルがついた本が売れたり、そういう人がテレビに出たりする以上、これからも「ホラッチョ」は出現する。

私たち自身も、肩書でなく中身を見る目利き力を養う必要がある。

誰もショーンK氏を嗤えないのだ。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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