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金をかけずにノーベル賞受賞者は出るか

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
これからも日本からノーベル賞受賞者が出続けるためにはどうすればよい?(写真:田村翔/アフロ)

ノーベル賞の喜びの陰で…

ノーベル賞の自然科学系3賞および平和賞、経済学賞の発表が終わった。

報道はいつものごとく、ノーベル医学生理学賞を受賞することになった大隅良典博士の私生活や人となりを盛んに報道している。

やれやれ、と思わないでもないが、それでも、さすがに日本人受賞者が続いたためか、これで浮かれてはいけない、という報道もそれなりに出ていて、多少は報道の在り方も成熟してきたと思う。毎年のように沸き起こる、「役に立つ」「立たない」論争ももちろん聞かれた。

科学者を取材していると、こんな声を頻繁に聞く。

「日本人科学者がノーベル賞受賞。そんな見出しも、この先は減っていくよ」。このままでは、研究は成り立たなくなる。そんな思いが込められた声だ。

出典:「日本発のノーベル賞は減っていく……」 科学界に不安が広がる理由

現役研究者の間には、楽観論はない。

嫌な予感しかしない…「どのような研究や環境が最もノーベル賞に結びついているか検証し、問題点を洗い出す。過去の論文の引用本数などを踏まえて検証したい」と述べました。https://twitter.com/nhk_news/status/783148398169817088

出典:榎木亮介氏ツイート

(ちなみにこのツイートをしたのは私の弟です)。

国立大学の運営費交付金の減少、それに伴う競争を通じて獲得する外部資金に依存せざるを得ない状況、特定分野への過度な選択と集中、安定的な研究ポストの割合の減少、若手研究者を中心とする任期制、有期雇用の増加など、短期的な成果を求めざるを得ない状況が、日本の研究力を大きく損なっているという指摘は、この数年各方面から出ている。

予算、ポストの奪い合いのなかで…

とはいうものの、国の予算は限られており、貧困、子育て、社会保障等の予算とのいわば「奪い合い」になっている。

バズフィード・ジャパンの石戸諭記者の取材に対し、文部科学省の担当者は

「歯がゆさ、もどかしい思いを抱えていますね。予算も毎年、増額要求を出していますが、なかなか通りません」(前述の担当者)

(中略)

「諸外国と比べても日本は、科学関連の予算がかなり低いのは確かです。日本の論文数は世界の順位でも年々低下傾向にある。研究費が厳しい状況にあるためでしょう。大隅先生の寄稿文も読んでいますし、研究者の方のお話や、批判の声も把握しています。そのご指摘通りだと感じています」

出典:「日本発のノーベル賞は減っていく……」 科学界に不安が広がる理由

基礎研究にはお金がかかる。国の予算にゆとりがなければできるものではない。ノーベル賞受賞者がいわゆる先進国出身か、先進国で研究した経験のある研究者で占められているのは偶然ではない。

そして、お金だけの問題だけではない。大隅博士を学生時代から知っている毛利秀雄博士は、大隅博士について以下のように述べる。

やがて理学部の植物学教室で、大腸菌の膜輸送の研究で有名な安楽泰広先生に拾われて助手、講師となり、酵母に手を出すようになります。彼はその頃から論文を書かないので有名でした。自分で十分結果に納得いかない場合は書かなかったのでしょう。今の任期制の世の中ではなかなかできないことです。

出典:隣のおじさん-大隅良典君(ノーベル生理学・医学賞の受賞を祝して)

ただ、すごい研究をしていてなかなか論文がでないのか、怠惰で論文がでないのかは、タイムマシンで未来に行って振り返らないと分からない。

つまり、今回のノーベル賞の陰には、任期制がなかったために、たいした成果を出さずとも定年まで生き残った数多くの研究者たちの存在がある。そしてその陰には、そうした研究者がいたためにポストに就けず才能を発揮できなかった研究者がいる。

女性研究者の活躍がカギ

もう一つ大きな問題がある。女性研究者が十分に才能を発揮できていないという問題だ。

それにしても、なぜノーベル賞を受賞した日本人科学者は全員男性なのでしょうか。

その最も大きな理由として、理系学生に占める女性の割合が低いこと(修士課程で理学22%、工学12%)があります。

また各国の研究者に占める女性の割合は、アメリカ34%、イギリス38%であるのに対し、日本は15%程度にとどまっています。

さらに、家事・育児は女性の役割という意識が根強い社会で、妻が全面的にサポートするという働き方が求められる状況も、原因ではないでしょうか。これでは、女性研究者が同じほどの業績をあげることは難しいでしょう。

子どもを持たないか、あるいは、献身的に家事・育児をやってくれる配偶者を探すしかありません。実際、それもなかなか難しそうです。

この働き方が前提となるならば、いくら「リケジョ」(理系女子)を増やしても、競争に勝ち、栄誉を得るのは男性ばかりで、女性研究者がノーベル賞を受賞する可能性は非常に低いままでしょう。

出典:<ノーベル賞>日本人の女性研究者が出ない理由

大隅博士は、その時代の研究者の多くと同様に、研究室で出会った奥様に家事育児の一切をまかせ研究に没頭した。奥様は帝京科学大学の教授となられたが、夫ほどは研究に没頭できなかった。

日本はいまだ世界各国に比べ女性研究者の数が少なく、女性研究者に多くの負担をかける国だ。男女共同参画学協会連絡会が行ったアンケート調査(「第三回 科学技術系専門職の男女共同参画実態調査」男女共同参画学協会連絡会(2013)参照)は衝撃的だ。

改善されつつあるとはいえ、男性と女性の研究者のおかれた状態はあまりに異なっている。男性研究者の配偶者は専業主婦が多く、学会は配偶者に子どもを任せていくことができる。育休を取らないし、取る必要がないと考えている。一方、女性研究者は、配偶者がいる率は男性より低く、望んだ数の子供を持てず、持てたとしても育児を引き受け、学会に行くには保育所を探さざるを得ない。

Q58. 結婚や出産は女性研究者としてデメリットになりますか?

A58. 一流になりたいなら、結婚は△、出産は×。

出典:「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 九州大学中山敬一教授

男性研究者はこうした選択で悩んだりしないのに、女性研究者だけが選択を突き付けられているのが現状なのだ。

しかも、

Kuheli Duttたちは、極めて競争の激しい地球科学分野のポスドク・フェローシップに対する54か国の452人の応募者に対して、1,101人の推薦人が書いた1,224件の推薦状のデータを分析し、特にその長さと文調を評価した。彼らは、推薦人の地域と性別および推薦状の長さを調整した後に、女性の応募者が、妥当な内容以上の卓越した推薦状を書いてもらえるのは半数に過ぎないことを明らかにした。

出典:女性のポスドクの半数にしか卓越した推薦状が出ないとの推定

といったニュースが毎週に飛び込んでくるように、女性研究者というだけでハンディキャップを背負っていることが明らかになっている。

こうしたこと考慮せず予算だけ投入しても、成果はでないのではないか。

しかし、逆に言えば、男女を問わず優れた研究者に存分に研究に専念できる環境を構築することができれば、予算を大幅に増やさなくても、優れた研究成果がもっと出るようになるかもしれない。

ちょうどいま、男女共同参画学協会連絡会が第4回のアンケート調査を行っている(10月21日まで)。

男女共同参画学協会連絡会では、第4回大規模アンケート調査【科学技術系専門職の男女共同参画実態調査】を実施いたします。

調査の対象は、広く日本の自然科学系科学者・技術者(学生を含む)であり、性別、職の有無、所属学会などを問いません。

下記ホームページよりアクセスいただき、Web上でご回答をお願いいたします。多くの皆様のご協力をお願いいたします。

出典:大規模アンケート調査ご協力のお願い

第4回 科学技術系専門職の男女共同参画実態調査

こうした実態調査が政策を動かす力になる。

過去のアンケート調査が影響を与えた文部科学省の女性研究者活動支援事業では、

  • 女性研究者に対する支援体制及び相談体制の確立
  • 研究者が研究とライフイベントを両立するために必要な研究支援者の配置
  • 時短勤務等の柔軟な勤務体制の確立
  • 研究組織の幹部、研究者等を対象とした女性研究者の採用、昇進等に関する意識啓発のための活動
  • 女性研究者次世代育成のための、女子学生向けキャリアパス支援
  • 女性研究者支援をさらに普及させるため、共同研究を行っている企業等他機関や地域との連携の強化【拠点型】
  • (シンポジウムの開催等によるネットワークの構築、共同研究を行っている企業等の女性研究者への支援等)

といった支援を行ったところ、支援を受けない研究者に対して、論文の数が増加するなどの成果が出たという。

決めるのは国民

基礎研究にもっと予算を、安定したポジションを、女性研究者活用を、でないとノーベル賞はでない、というのはもっともだが、そのためには、研究に失敗したり、うまくいかない研究者たちが多数出て、さらにその研究者のために才能が十分発揮できなかった人たちが出るという、膨大な非効率を覚悟しないといけない。

研究において牛丼のように早い、安い、美味いの3つを両立する方法はあり得ない。短期的な評価ではノーベル賞の種を消してしまっているかもしれない。予算がなければ研究が実行できない。

研究がうまくいくのは1000やって3つと言われる。研究が成功する率は低い。基礎研究にふんだんな予算を投じ、社会保障にもふんだんな予算を投じる…両立できればそりゃいうことないが、それが無理な場合どうするのか。何かを減らさなければならないが、ではどの予算を減らすのか。

病の治療、経済成長、その他のために「役に立つ研究をしてほしい」と願う国民の声を、一言で切り捨てることはできない。

基礎研究にどの程度予算を投じるのか、成功する研究者はごく一握りという非効率を覚悟で予算を増やすか否か、特定の研究者に集中させるか、それとも多くの研究者に低額であっても配分するのか、安定した研究ポストをもっと増やすか否かを決めるのは、ノーベル賞受賞者でも、研究者自身ではない。この国の国民が、他の予算に優先してでも、基礎研究の予算を増やすべきか否かを決めなければならない。

国は分かってないよね、お金出せばいいのにね、と外野のヤジのように気楽に言うわけにはいかないのだ。

クラウドファンディングは希望か

なお、現在国の予算に頼らないで研究費を獲得するための方法、クラウドファンディングに注目が集まっている。

短期的には経済的利益を生まない、「役に立たない」研究が大事だと思う一般市民が、自らのポケットマネーを研究者に託す…19世紀以前、お金持ちのパトロンがお金を出していた職業科学者が出現する前の科学に似ているが、21世紀の科学は少額でもパトロンになれる。

クラウドファンディングは、まだ予算規模は少額であり、国の予算にとって代わることにはなっていないが、将来的には基礎研究を中心とした研究予算獲得のための大きな手段となりうる可能性を秘めている。

ノーベル賞のお祭り騒ぎは一週間で終わった。この一週間をお祭り騒ぎだけに終わらせないためにも、この国の研究の在り方を考え続けていきたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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