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鯨にこだわり、潜水艦逃した安倍政権のお粗末 中国の圧力も

木村正人在英国際ジャーナリスト
豪政府、日本の調査捕鯨の写真公開(2008年)(写真:ロイター/アフロ)

千載一遇のチャンス

お粗末としか言いようがありません。日本は千載一遇のチャンスを逃してしまいました。昨年9月に親日派のアボット首相(当時)が与党・自由党党首選に破れるまで海上自衛隊の「そうりゅう」型が大本命だったオーストラリアの次期潜水艦事業で、仏政府系造船会社DCNSが共同開発相手に選ばれました。

大本命だった海上自衛隊の「そうりゅう」型潜水艦(海上自衛隊HP)
大本命だった海上自衛隊の「そうりゅう」型潜水艦(海上自衛隊HP)

安倍晋三首相とアボット首相の蜜月、南シナ海、東シナ海に進出する中国に対応するため日米豪のトライアングルを強化したい米国の後押しに安心し、日本勢の三菱重工業と川崎重工業はあぐらをかいてしまったのでしょうか。南シナ海と東シナ海での相互運用性を考えると、仏DCNSの潜水艦というのはあり得ない選択だと思います。

海上自衛隊の潜水艦と米海軍第7艦隊の相互運用性は極めて高く、米国は、世界一のディーゼル・エレクトリック方式潜水艦の誉れ高き「そうりゅう」型をなりふり構わずオーストラリアに推してきました。オーストラリアは日本と並んでオバマ米政権の「アジア回帰政策」のカギを握る国です。

しかしオーストラリアには労働党のラッド元首相のように対米関係よりもあからさまに対中関係を重視する親中派の政治家や識者が決して少なくありません。だから親日派のアボット首相の誕生は、中国の海洋進出に歯止めをかけたい日本と米国にとっては願ってもないチャンスでした。

中国の抗日戦争を称える豪首相

しかしアボット前首相に代わって現在のターンブル首相が登場してからは風向きがガラッと変わってしまいました。ターンブル首相はアボット前首相と違って親日派ではありません。最近、中国を訪れ、「経済関係を強化するためにオーストラリアと中国はともに努力しなければならない」と述べています。

安全保障面で日米豪のトライアングルを強化し過ぎると、中国との経済関係に影響するとターンブル首相が判断したのは間違いないでしょう。

アボット前首相は日本を「ベストフレンド」と呼びましたが、ターンブル首相は「中国の抗日戦争が彼らの戦争だっただけでなく、私たちの戦争でもあったことを忘れてはならないでしょう。中国なしでは勝利はなかったかもしれません」と発言しています。

ターンブル首相は実業家だった1994年、中国で鉱山開発を手掛けています。息子のアレックス氏は、江沢民元国家主席に近い中国の要人の娘と結婚し、一女を授かっています。日本がオーストラリアの次期潜水艦事業で敗れた理由はしかし、他にもあります。

殿様商売だった日本

国際軍事情報会社IHSジェーンズのポール・バートン軍需産業・国防予算担当部長に背景を解説してもらいました。

「戦略的に見れば日本がオーストラリアの次期潜水艦事業を取れなかったのは驚きですが、純粋に地元産業の面から見ればおそらく見方は変わってきます。日本は武器輸出3原則を緩和して海外で大きな事業を取るのに非常に熱心でした。オーストラリアの次期潜水艦事業はその一里塚になるだろうと広くみなされてきました」

「フランス側の提案に比べ、日本側の提案がオーストラリアの地元産業にとって有利だと確信させる隠密作戦を欠きました。日本側は当初、潜水艦を日本国内で建造するとみなされ、国内での建造にこだわるオーストラリア政治の重要な欲求をつかむのが遅れたようです」

「日本側が提案の詳細を明らかにしたのは昨年10月にシドニーで開かれた太平洋会議が最初です。オーストラリアと日本の両国に設計、訓練、維持のスペシャリストセンターを開設する計画を最終的に発表し、オーストラリアの業界と早期から関わっていく新しいアプローチのシグナルを送りました」

「日本がすべての潜水艦をオーストラリアで建造する準備があることを示したのはこの時だけです。昨年10月以前はオーストラリア南部のアデレードに実物大の訓練用模型を作る必要がなくなるので、神戸で最初の潜水艦を建造するのが最もコストが安くつく方法とみなされているようでした」

「10月に行われた新提案は昨年8月にアデレードで説明されたアプローチとは異なるものでした。それまで日本側はプロセス(competitive evaluation process)が終わるまではオーストラリアの地元産業は公式に相談されることはないだろうと説明していました。興味のある地元産業はその意思をオンラインで登録しなさいという態度でした」

「日本は今後、地元産業ともっと早くから関わっていくことが望ましいでしょう」

準備万端だったフランス

殿様商売だった日本側に比べ、仏DCNS は準備万端でした。IHSジェーンズのバートン部長は続けます。

「DCNSは、直接投資を含め、アジア太平洋地域の産業に関わってきた歴史があります。これはオーストラリア政府がドイツや日本の企業を退けて、DCNSを選んだ大きな理由だと思われます」

「DCNSはインド海軍のためにインドの国営企業Mazagon Dockに技術やノウハウを移転し、スコルペヌ型のディーゼル・エレクトリック方式潜水艦6隻の建造をインドで進めました。計画は遅れましたが、インドの地元産業を育成しようというDCNSの強力な関与を示しました。1隻目のスコルペヌ型潜水艦は今年9月に就役する予定です」

「マレーシアでは DCNSはBHIC Defence Technologiesとジョイントベンチャーを組んで、マレーシア海軍が2009年と10年に調達したDCNS設計のスコルペヌ型潜水艦2隻を支援するため維持、修理、分解点検サービスを提供しています」

「ジョイントベンチャーであるBoustead DCNS Naval Corporation(09年設立、1400万ドル相当)はマレーシア企業の持ち分が6割で、DCNSは4割です。このジョイントベンチャーはDCNSの技術やノウハウ、訓練、技術的なデータの受け皿になり、地元支援を促進しています」

オーストラリアの次期潜水艦事業は、2020年代から30年代に500億豪ドル(約4兆3000億円)の設計・建造費をかけて潜水艦12隻を調達する計画です。

静粛性能や航続距離に優れた海上自衛隊の「そうりゅう」型が有力でしたが、アボット政権(当時)は昨年2月、独仏も招いたため、日本勢のほか、DCNSや独防衛大手ティッセンクルップ・マリン・システムズが参加していました。ターンブル政権は「性能、価格、国内雇用の3点から共同開発相手を決める」と発表していました。

日本勢の三菱重工業や川崎重工業はディーゼル・エレクトリック方式で4000トン級大型潜水艦の建造実績を強調してきました。が、グローバル化でどの国でも経済ナショナリズムが強まっているのに、オーストラリアの国内雇用への配慮を欠きました。

調査捕鯨再開を急ぐ必要はあったのか

しかし、それよりもあ然とするのは、日本の安全保障と今後の武器輸出の行方を大きく左右するオーストラリアの次期潜水艦事業だったにもかかわらず、昨年12月に安倍政権が南極海での調査捕鯨を再開し、強硬な反捕鯨国であるオーストラリアの国内世論を無用に刺激したことです。

鯨と安全保障を天秤にかけるわけがないかもしれませんが、ターンブル首相は安倍首相との共同声明で「日本が南極海で捕鯨を実施することを決定したことに対するオーストラリアの深い失望を伝えた」と強調しました。

「大事の前の小事」とも言います。調査捕鯨の再開は、次期潜水艦事業の共同開発相手が決まってからでも遅くはなかったのではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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