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ロシア軍がついにシリア空爆を開始:その規模、標的、米露の思惑

小泉悠安全保障アナリスト
ロシア軍のシリア投入を可決したロシア上院(写真:ロイター/アフロ)

シリア軍事介入に踏み切ったロシア

2015年9月30日、ロシアのプーチン大統領は連邦院(上院)に対してシリアへのロシア軍投入を認めるよう提案し、即刻了承された。

その直後、YouTubeやSNS上ではロシア軍機による空襲が開始されたとの情報が流れ始め、ロシア国防省も後から正式に空爆開始の事実を認めた。その後もロシア外務省経由で各国に対して空爆開始が通告されたと報じられており、ロシアがついにシリアで軍事介入に踏み切ったことが明らかとなった。

上院のオーゼロフ国防安全保障委員会委員長や国防省の発表を総合すると、介入の内容はおおよそ次のようにまとめられよう。

・ 介入はあくまでも空爆に限り、地上軍は派遣しない

・ 地上で戦うシリア軍の支援に徹し、単独での軍事作戦は行わない

・ 介入の終了時期は大統領に一任する

空爆の規模は

ラタキアに飛来したSu-34戦闘爆撃機と見られる画像
ラタキアに飛来したSu-34戦闘爆撃機と見られる画像

前回の小覧で取り上げたように、ロシア空軍は先週までに戦闘機、戦闘爆撃機、攻撃機を合計28機、攻撃・輸送用ヘリコプターを20機以上、その他基地防衛用の防空システムや戦車、装甲車などをシリア北西部のラタキア県に展開させていた。

以下の動画は、シリアにおけるロシア空軍の主要基地となっているアサド国際空港をフランスのテレビ局TFIが撮影したもので、多くのロシア空軍機が国籍マークを消した状態で展開しているのが見て取れる。

さらに今週に入ってから、ラタキアには最新鋭のSu-34戦闘爆撃機6機が派遣され、ロシア空軍機の総数は34機となったほか、ロシア南部には少数の大型爆撃機が前進配備されたようだとCNNなどが報じていた。

ほぼ同時期にSNS上にアップされた北オセチア共和国(グルジア国境にあるロシア連邦南部の共和国)の住人の投稿によると、同共和国の飛行場にTu-22M中距離爆撃機が展開しているとのことで、これがCNNの言う大型爆撃機なのだと思われる。

したがって、空爆を開始した時点で、ロシアはシリア国内に航空機34機、ヘリコプター20数機を展開させ、さらにロシア南部に少数の大型爆撃機が展開していたことになる。

どこの何が攻撃されているのか

最初の空爆目標となったのは、ラタキア県に隣接するハマ県やその南方のホムス県の反政府軍拠点である。

ロシア国防省はこれについて、「イスラム国(IS)」の地上目標を精密攻撃したとの声明を発表したが、これには2つの点から疑問がある。

第一に、ハマやホムスはISではなく非IS系の自由シリア軍(FSA)の支配地域であり、たとえば最初の攻撃目標となったハマ県タルビサにはFSA系武装組織の司令部が置かれていたとされる。後述するように、ロシアのシリア介入はIS対策というよりも(その必要性をロシアが強く感じていること自体は事実であるが)アサド政権の延命という側面が大きく、そのためには当面、アサド政権の支配地域を脅かしている非IS系反政府組織の力を殺ぐことが主になっているのだと考えられよう。

第二に、このタルビサへの攻撃では病院が巻き添えとなって(2015.10.1追記:病院が攻撃対象となったとの記述は誤りでした。お詫びして訂正します)子供を含む多数の死傷者が出ていると伝えられる。そもそもロシア空軍が攻撃に投入したSu-24M(以下の動画参照)自体が旧式戦闘爆撃機であるため、西側並みの精密攻撃能力は持っておらず、市街地への攻撃ではこうした巻き添え被害(コラテラルダメージ)はどうしても避けられない。すでに触れた仏テレビ局の動画でもSu-24Mの隣には無誘導爆弾がずらりと並んでおり、精密誘導兵器の姿は見られなかった。

米露の思惑

前回の拙稿で触れたように、ロシアはISに対抗する「大連合」の創設を提唱してアサド政権の延命を図るとともに、ウクライナ問題によるロシアの国際的孤立を緩和することを狙っていたと思われる。

その正念場と言えたのが、介入2日前の28日開催された国連総会での一般討論演説、そして米露首脳会談であった。

ここでのプーチン大統領の主張は、今年夏以来の「大連合」構想路線を基本的に踏襲したものであったが、むしろ興味深いのは米国の反応である。

オバマ大統領の一般討論演説では、アサド大統領を独裁者として非難しつつも、「管理された移行期間」という言葉を用いてアサド政権の即時退陣は求めないことが示唆された。

加えてIS対策の為にはロシア及びイランとも協力すると述べるとともに、米露首脳会談ではロシアの軍事介入を妨げないとの方針を表明。さらに会談翌日、オバマ大統領は国防総省に対し、シリアで活動するロシア軍との不測の衝突を避ける為に、中断していた米露の軍事当局対話を再開するよう命じた。これは国連総会前にロシアのラヴロフ外相らが提案していたもので、このほかにもイスラエルがすでにロシアとの間で同様の情報共有枠組みを設置することで合意したと伝えられる。

さらにロシアはイラク、シリア、イランと合同で対IS作戦の為の情報共有センターをバグダッドに開設するとともに、シリアへの軍事援助やロシア軍部隊自体もイラク領空を通過して送り込むようになっていた。

シリアの周辺では「大」連合とは言えないまでも一定の連携が成立しており、米国やイスラエルからも消極的にではあるが黙認を取り付けた、というのが国連総会終了時点の状況であったと言えよう。

そもそも、米英などの西側諸国までが対IS「大連合」の下に結集すると本当にロシアが考えていたとは思われず、もともとロシアが狙っていたのがこのあたりの線であったという方が実際に近いのではないか。ロシア側報道によると、シリア介入を求めるプーチン大統領の要請は8月末には草案が準備できていたが、上院への提出のタイミングを待っていたとされる。

おそらく、国連総会でプーチン大統領がロシアの立場を広く国際社会にアピールするとともに、米国との間でも暗黙の了解は取り付けたと判断して今回の空爆に踏み切ったのではないか。

ただし、米国のオバマ大統領は、9月29日、「IS打倒には新たなシリアの指導者が必要であると思う」と述べるなど、中長期的なシリアの将来像については米露の思惑はすれ違ったままだ。

また、プーチン大統領の一般討論演説では、ISも非IS系反体制派もまとめて「テロリスト」と一括りにするという従来のロシアの立場が繰り返された。ただし、そこから除かれていたのがシリア国内のクルド人勢力である。ロシアにしてみれば、クルド人勢力はアサド政権を脅かす心配がなく、「大連合」の一員と目すことができる。その一方、トルコは、シリア国内に「安全地帯」を設置するとの名目で、クルド人勢力の分断を狙ってシリアへの軍事介入を始めていた。ロシアが軍事介入を決断した背景には、クルド人勢力を巡るトルコとの関係もあったのではないかと思われる。

予想される今後の展開

現時点で得られる情報では、空爆の第一陣を切ったのは、ラタキアに配備されていたSu-24M戦闘爆撃機やSu-25攻撃機であるようだ。

もちろん、これだけ多数の航空戦力が配備されている以上、空爆はさらに大規模化する見込みが高いし、増援や、ロシア本土からの長距離爆撃が行われる可能性も考えられる。

これらの空爆は、もちろん部分的にはISに対しても向けられることになろうが、大部分の標的はFSAとなる可能性が高い。ロシアが以前からFSAの陣地に対して無人偵察機等による偵察活動を行っていたことや、実際に空爆初日の目標が(ISではなく)FSA系組織であったことなどはこの推測の裏付けとなろう。

また、前述のようにロシア空軍の精密攻撃能力が総じて西側より低い以上(一部の最新鋭機は西側並みの精密攻撃能力を持つが)、タルビサへの空爆に見られたような悲劇的な巻き添え被害は今後も続くと考えざるを得ない。

国連総会に先立つ9月15日、旧ソ連6カ国で構成するCSTO(集団安全保障条約機構)の首脳会議で演説したプーチン大統領は、欧州に殺到する難民は宗教的過激派から逃れようとしているのであってアサド政権には責任はないのだと述べた。だが、実際には現在のシリアで最も多くの国民を殺害しているのは「樽爆弾」をはじめとするシリア政府軍の無差別攻撃であり、これこそが無数の難民を生んでいる元凶であると考えられる。

そのように考えるならば、ロシアの始めた軍事介入(それも介入初日から甚だ乱暴なものであった)がシリアの人道的状況を改善する見込みは今ひとつ薄いと現時点では予想せざるを得まい。

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安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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