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全廃か存続か 「安全な組体操」の可能性を探る ピラミッドとタワーはどこに向かうべき?

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
1段目と2段目が地に足をついたかたちでの「3段タワー」。安全性が向上する。

■具体的で専門的な検討の段階へ

全国の学校で組体操による事故が多発している件について、2月24日、超党派の議員連盟が、組体操の安全対策に関する要望を、馳浩文部科学大臣に申し入れた。

同時に、いくつかの自治体では、規制や全面廃止の決定が下されている。今日、組体操問題は一気に、「具体的で専門的な検討の段階」へと入った感がある。もはや「組体操に賛成/反対?」「10段は危険」といった議論は、周回遅れである。

■「全面廃止」からの脱却

このところ、いくつかの教育委員会から提示されている2016年度以降の安全策は、大きくわけて2つある。一つが「全面廃止」で、もう一つが「段数制限」である。

「全面廃止」は、2月に入ってからの新しい動きである。大阪市はピラミッドとタワーの禁止を発表し、千葉県の流山市、柏市、野田市は相次いで全国初の組体操そのものの全面廃止にまで踏み込んだ。

前回の記事(「組体操の『全廃』から教育委員会の対応を問う」)で指摘したように、私は、全面廃止の必要はないと考えている

その第一の理由は、「組体操」の観点からである。「組体操」の範疇は広い。たとえば、四つん這いの子どもの後ろにまわってその背中に手を置けば、それはピラミッド等の技の原型であり、立派な組体操である。「組体操」の具体的な技や定義に踏み込まない「全面廃止」の方針は、際限なく子どもどうしの身体活動を禁止することになりかねない。

第二の理由は、「リスク」の観点からである。私たちはそもそも、ゼロリスクを目指す必要はない。リスクに関する議論の目標は、ゼロリスクの追求ではなく、高すぎるリスクの低減である。

いったいどのような組み方が危険/安全であり、また体育活動として意義がある/ないのか、専門家の間での慎重かつ具体的な議論が求められている。

■「段数制限」という選択

全面廃止ではなく存続という選択をとった自治体のうち、いくつかは「段数制限」を設けている。

段数制限については、もともと大阪市教育委員会が昨年9月の時点で「ピラミッド5段まで、タワー3段まで」とすることを決定し、話題を呼んだ(現在は、ピラミッドとタワーともに禁止)。10段ピラミッドの崩壊事故で厳しい批判にさらされた大阪府八尾市も、今年に入ってから同じく「ピラミッド5段まで、タワー3段まで」を検討していることが明らかになり、さらに愛知県も同様の規制をおこなうと発表した。また、名古屋市のように「ピラミッド4段まで、タワー3段まで」という自治体もある。

■「3段タワー」でも安全なものと危険なものがある

図1-1:安全性を追求した3段タワー
図1-1:安全性を追求した3段タワー
図1-2:立体型の3段ピラミッド
図1-2:立体型の3段ピラミッド

ところで、「ピラミッド5段まで、タワー3段まで」という制限は、はたして妥当なものだろうか。

段数の上限については結論から先に言うと、図1-1・1-2に示したとおり私は、ピラミッドとタワーのいずれにおいても、下から1・2段目は地に足をついたかたちでの「3段」を、上限にすべきと考えている[注]。下の2段分は比較的安定していて、負荷量も大きくない。そこに頂点の3段目が乗るという程度であれば、比較的安全な状況をつくりだすことができる。

ただし、大事なのは段数を積み上げることではない。図1-1・1-2に示した「3段」であっても、そこに体育的な意義を見出せないのであれば、そもそも実施すべきではない。

図2:一般的な3段タワー
図2:一般的な3段タワー

ところでタワーについて考えてみると、一般に「3段タワー」というとき、図2にあるように、肩の上に立っていくかたちが連想される。図1-1と同じ段数であっても、その危険性はまったく異なる。図2のタワーでは、最上段の子どもは、高さ約2mのグラグラする脚立の上に立ち上がるようなものである。

トレーニングを積んだチアリーダーならばともかく、体育の授業で素人が短期間に挑戦するようなことではない。タワーでは、ピラミッド以上に重大事故が多く起きている(詳しくは「ピラミッドよりタワーが危険」)だけに、タワーの組み方には慎重な姿勢が要請される。

■俵型ピラミッドにおける「5段」の最大負荷は立体型の「9段」相当

次に、「ピラミッド5段まで」に落とし穴はないか。

今日流行しているピラミッドとは、「立体型」の組み方によるものである。かつてピラミッドといえば、四つん這いの子どもが隣り合わせに一列に並んで、それが上に積み上がっていくいわゆる「俵型」を指していた。

図3:俵型のピラミッドにおける負荷量(4段、5段)
図3:俵型のピラミッドにおける負荷量(4段、5段)

俵型の場合、平面の三角形を地面に立てるようなものであるため、そもそも不安定であり、4段や5段になれば不安定感はかなり増す。しかも図3のとおり、俵型で最大負荷がかかる下から1段目中央の子どもは、5段で3.1人分(4段では2.1人分)を背負っていることになる。この値は、立体型ピラミッドの9段の最大負荷量と同等である。

ピラミッドの「5段」と言えば、「10段」に比べれば半分の大きさであるように聞こえる。だが、その5段を俵型で組むとすればそれはきわめて大きな負荷を子どもに強いることになる。

■日体大体操部は俵型「4段」まで 小学校では「5段」の記録

25日に発信されたFNNニュースの動画(「組み体操は危険なのか? 独自に検証」)では、日本体育大学体操部部長の荒木達雄教授が、体操部員であっても(俵型の)ピラミッドを4段以上にすることはないと述べている。

小学生による俵型の5段ピラミッド
小学生による俵型の5段ピラミッド

他方でウェブサイトを検索してみると、小中高を問わず俵型での4段や5段のピラミッド画像を、いくつも見つけることができる。けっして昔のものではなく、この数年内に撮影されたものである。「ピラミッド5段まで」という制限だけでは、俵型の危険性に目が向かない。

ピラミッドやタワーの段数制限は、巨大化してきた組体操に歯止めをかけるという点では重要な意味をもつ。だが具体的に詳細に検討していくと、必ずしも段数制限だけでは安全を確保できないことがわかる。

しかも、組体操というのは、ピラミッドやタワー以外にも多くの技がある。それらの技に関する検討は稿を改めるとして、まずもって私たちは、組体操の現実を具体的に見て、確認していかなければならない。「全面廃止」というかたちで熟慮もないままに組体操を無きものにしてはならないし、また「段数制限」で安全を達成した気になるのもまだ早い。いまこそ専門家や実践者を交えた積極的な議論が必要である。

[注]

タワーとは、一般的には円すい形で上に伸びていくものを指すことが多い。だが、土台2人の上に1人が立つ「3人タワー」という技もある。図1の「タワー」もそうした広い意味において「タワー」と称することにした。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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