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長崎のストーカーの元夫をもつ元妻が殺害された「面会交流」殺人事件、警察は何ができたのか

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(ペイレスイメージズ/アフロ)

長崎市で、離婚後に2歳の子どもを元夫に会わせにきた元妻が刺殺され、元夫がその後に自殺した事件は、やはり離婚時に元夫に定期的に面会交流をさせる「面会交流」を取り決めていたことが判明した。子どもを面会交流させるために、元夫のもとに行き、被害にあったのだという(「子の面会」事件招く? 元夫と離婚時約束、数回訪問」西日本新聞2月2日朝刊)。

被害者は、夫のストーキングと脅迫メールを警察に相談していた。「被害者は、それ以上の対応を望まなかった」とは、警察発表の定型である。しかし今回の事件で、「警察は何ができたと思いますか?」という取材を受けて、考え込んでしまった。

「まず、離婚や別居して子どもを持っている方が、配偶者からのストーキングの被害にあっていると場合は、『面会交流の取り決めをしていますか?』という質問をして…」といったあと、言葉に詰まり、続かなかったのである。本当に、どうすればよかったのだろう。面会交流に、警察に付き添ってもらうことはできたかもしれない。しかし、永遠にお願いするわけにはいかない。警察なしに元夫に会うときに、「警察に相談しやがって」と、元夫に逆上される危険性も被害者の頭をよぎっただろう。

西日本新聞では、「警察としては絶対に一人で会わないでと伝えるが、離婚時に面会交流の取り決めがあると、それ以上は強く言えない」という捜査関係者の談話を掲載している。

暗澹としたのは、この殺人事件のタイミングである。覚えておいでだろうか。父親が別居している母親に長女を会わせる面会交流の取り決めを破った場合、父親が1回あたり100万円を母親に支払うよう命じる判決が、東京家裁ででたばかりだったからである(娘との面会拒否、1回100万円の支払い命令 東京家裁 朝日新聞1月21日)。また面会交流を実施していなかった元妻と再婚相手に賠償責任を認め、熊本地裁は70万円、30万円の支払いを命じている(子供への面会拒否 元妻の再婚相手にも賠償命令 熊本地裁 毎日新聞1月23日)。面会交流を実施しなければ、間接強制で「罰金」を払わなければならないのだというニュースが立て続けに報道されたばかりであった

しかも、面会交流の責任を同居親に負わせ、面会交流をいわば義務づけようかという親子断絶防止法を議員立法で成立させるため、とうとう国会に提出されるかもしれない、その国会が始まったばかり、というタイミングでもあった。ここ半年ほど、「離婚しても両親と面会交流をしなければ、子どもが健全に育たない」「面会交流は子どもの権利」(実際には、この法律の構成では、「面会交流は別居する親の権利」にすぎない)といった報道が相次いでいるのは、親子断絶防止法をめぐるそういった事情である。

こういった面会交流を後押しする報道、なによりも「間接強制」の存在が元妻を追い詰めた可能性はないだろうか。暴力やストーキングがあれば、裁判所に申し立てればいいのに、と思うのは甘い考えである。いままで何度も書いてきたが、家庭裁判所では、面会交流の原則的実施論に舵を切ってから、家庭内暴力があっても、ストーキングがあっても、「夫婦の問題と子どもの問題は違う」という判断のもと、面会交流を命じてきている。DVで妻に対する接近禁止命令が出ているのに、面会交流を命じる裁判所に対する驚きは、ここ数年多くの弁護士から聞いている*。そして、面会交流がうまくできなければ、同居親が間接強制でいわば「罰金」を課される可能性は、高まってきているである。

暴力的な父親に会うのを嫌がる子どものために、こうした「罰金」を黙々と支払っているシングルマザーもいる。ただでさえ裕福ではないことの多いシングルマザーにとって、1回5万円や10万円という間接強制は、決して払いやすい金額ではない。また「罰金」が払えないために、嫌がる子どもをいわば「人身御供(ひとみごくう)」として面会交流に差し出して、徹底的に信頼関係をなくしてしまった同居親と子どももいる。子どもが察して、我慢して会っているケースだって多いのだ。さらに海外では、こうした間接強制を目的として、別居親があえてうまくいっていない関係の子どもとの面会交流を主張し、別れた配偶者からお金をむしり取るという「法律を利用した合法的な嫌がらせ」としても、機能している例があると聞いている。

面会交流が殺人などの痛ましい結果を招いたのは、何もこれが初めてではない。妻と離婚し親権を失った父親が、会っていた息子と港の車から発見された事件(大阪堺市で無理心中とみられる死亡事件、堺市堺区築港南町の沈んだ車から父親と息子発見2016年6月25日)。離婚成立直前に木曽川の川べりで面会交流をおこない、別居中の妻にスタンガンを当てて溺死させ、事故に見せかけようとした「木曽川事件」もある。夫は3万円という養育費の取り決めに腹を立てる一方で、呪術団体に9万8000円のコース(最高額)で妻の死の呪いを依頼していた。また別の呪術団体にも、「私の思いは、実家に無断で帰った妻の死と妻の実家と縁を切った形で子供を取り返すことです」とメールを送っている(2014年12月名古屋高等裁判所判決)。親子断絶防止法では、別居のときに面会交流の取り決めをしなくてはならないが、この眩暈がするようなエピソードが満載の夫と取り決めが可能だったとはとても思えなかった。

長崎の事件では、2歳の子どもは母親を殺され、自分がいた家屋で、父親が首を吊った。いわば突然、2人の親が暴力的に奪われたのである。この悲劇はどうしたら防げたのだろうか。警察は何ができたのだろうか。

言葉がみつからない。

*こういった面会交流が「子どもの健全な成長」に、どのような役に立つのか疑問である。ちなみに「実務や米国法制に与えた影響も大きいとされ」、面会交流を促進する理論的根拠のひとつとされてきた研究者であるウォラースタイン自身が、「18 歳になるまで、融通のきかない裁判所命令を押し付けられた子供たちは、それを強制する親を拒絶するようになる」と述べている。

「家庭裁判所は、具体的事案において監護親が DV・虐待や子の拒絶を主張しても、PAS/PA (同居親が別居親の悪口を吹き込み、子どもを洗脳するという片親疎外症候群/片親疎外)言説に影響され、片親引き離しを目的としたものであろうとの先入観を持って斥ける傾向が、強まっている。

しかしながら、…ウォラースタインらの長期調査は、面会交流に始まる離婚後の両親の共同監護が、あまねく離婚後の子の適応を良好にするとは言えないことを示し、むしろ、少なくとも、裁判所命令により硬直的な面会を子に強いる場合や、DV の影響が面会交流によって持続されてしまう場合には、面会交流が子の利益を害するという強い懸念を表明している。

すなわち、ウォラースタインは「私が今言えるのは、すべての子供に共同監護を設定しようとするのは乱暴なやり方だということだけだ。法制度は、子供たちの利益を守ることを義務付けられているにもかかわらず、往々にして、かえって彼らの人生を困難なものにしてしまう…面会に関する裁判所命令や調停の取り決めは概して、両親の間にある暴力を無視している。多くの判事は、夫が妻は殴るが子供には手を出さない場合は、子供関連の命令にはこうした暴力性を考慮する必要はないと考えているのだ。…多くの研究で、暴力を目撃した子供は後遺症に後々まで苦しみ、人間関係を築いたり、攻撃的な衝動を抑えたりする能力が欠如しているという結果が出ている。裁判所が真剣にこの問題に取り組まないと、悲惨な結果を招くことになる」と述べて、DV等家族間に暴力があった事案において、その影響を過小評価し、加害者との面会を命じることが、子どもの人格形成やその後の生涯に大きな苦しみをもたらすことを強く懸念している」(日本弁護士連合会 両性の平等に関する委員会シンポジウム「子の安心・安全から面会交流を考える-DV・虐待を中心に-」報告書より抜粋)

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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