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本田はいた。宇佐美はいなかった

清水英斗サッカーライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

起きたミスと、起こらなかったミス。どちらが、より重いミスなのだろうか?

13日に行われた国際親善試合のイラン戦。1-1で迎えた後半13分、日本代表に均衡を破る絶好のチャンスが訪れた。

イランのコーナーキックを酒井高徳がヘディングでクリアし、清武弘嗣がこぼれ球を拾ったところから、カウンターが始まった。清武はドリブルでタメを作ると、右サイド側へ流れていく宇佐美貴史へ、対角にパス。すると、このボールに対する3人目の動きとして、武藤嘉紀が中央をグーンと駆け抜けた。

清武のパスに対し、宇佐美はファーストタッチで一気に裏へ抜け出すフリをして、急ブレーキ。その場に止まり、足下にボールを呼び込む。この細かいフェイントでイランDFを飛び込ませず、間合いを作った宇佐美は、裏へ走り抜けた武藤へワンタッチでスルーパスを送り出した。

…巧い!

清武のタメと対角パス。宇佐美のフェイントとスルーパス。武藤の爆発的なフリーラン。ロンドン五輪世代が見せたコンビネーションには、思わず唸らされた。やはり、この世代のポテンシャルは桁外れである。

しかし、問題はその後だ。

GKに対して右方向へ抜こうとした武藤だが、ドリブルを読まれ、GKの手にボールを引っ掛けられてしまった。そこにやって来たのは、本田圭佑だ。ファーストタッチでGKをかわし、前へ行くところまでは良かった。しかし、左足に持ち替えてコントロールにもたつく間に、イランDFのスライディングタックルを浴び、ビッグチャンスは儚くも消えた。

その前の場面で、ロンドン世代の流麗なテクニックを見せられただけに、本田のプレーの遅さと俊敏性の不足には、少なからず不満が残った。

だが、少し落ち着いた後、思い浮かぶのは、「なぜ、そこに本田がいたのか?」という疑問である。

相手のコーナーキック時に、最初から前に残っている2人。たとえば前線でカウンターに備えていた宇佐美や、ペナルティーエリア外のスペースケアを担当していた清武がボールに絡んだのは、よくわかる。

武藤と柴崎岳も後方から走り抜けてきたが、彼らはコーナーキックの守備で、ニアポストやニアサイドを担当している。つまり、マークするべき相手を持っていない。

通常、マークするべき相手を持っている選手は、空中戦で跳ね返したとしても、うかつに攻撃に走り出すわけにはいかない。仮にボールを拾われてイランに2次攻撃を食らったとき、攻撃に走り出してマークが外れていると、一発で失点につながってしまうからだ。

そのため、マークを持たない武藤と柴崎は、ボールを跳ね返した瞬間にスタートを切ることができた。やはり清武や宇佐美と同様、この2人がフィニッシュの場面に顔を出したのは理解できる。

だが、注目したいのは、“相手をマークしていた”本田が、「なぜ、そこにいたのか?」ということだ。

前述したマーカーとしての役割により、本田がスタートを切るタイミングは、武藤や柴崎よりも遅れた。そして、清武が有効なパスを出したことを確認すると、本田は一気にトップスピードにギアを入れる。

後方からの時間差スタートとなった本田。しかし、まったくスピードを落とさず、グングンと加速していく。徒労に終わる可能性が高いのにもかかわらず。それとは対照的に、宇佐美は、武藤が抜け出して1対1になることがわかると、明らかにスピードを落とした。このタイミングで、本田は宇佐美を抜き去り、よりボールに近い場所へたどり着いた。その本田の足下に、セカンドボールがこぼれたのである。

武藤を止めたGKは、それほど大きくボールをこぼしたわけではない。すぐにキャッチできる位置だ。しかし、トップスピードを保った本田は、間一髪のタイミングで、GKよりも早くボールを突いてかわし、セカンドチャンスを生み出すことに成功した。そのすぐ後に、失敗で終わるとしても、この事実をしっかりと認識する必要がある。

下記は、フジテレビが試合中継の前に放送した、元日本代表監督の岡田武史氏に対するインタビューの一節である。

「僕がよく言うんですけど、“勝負の神様は細部に宿る”。たった1回、 ひとりが“まだ大丈夫”、たった1回、ひとりが“俺一人ぐらい”、そういうことが勝負を分けるんですね。たった1回、1メートル手前で逃したために、ワールドカップに行けないかもしれない。日本には、脈々とそういうものを伝えるハートの強い選手が一人、二人います。今も本田とかね、そういうところをおろそかにしない選手がいますから」

「1メートルをおろそかにしない選手」「本田とかね」。前述したチャンスと、岡田氏の発言を組み合わせてみよう。鳥肌ものだ。

我々は、本田のコントロールミスにがっかりした。ビッグチャンスが消えた、と感じた。しかし、そもそもこの場面は、本田がいなければ、相手GKがこぼれ球をサッとキャッチして終わっている。セカンドチャンス自体が存在しないのだ。

今回はたまたま、武藤が右へ抜こうとしたことで、本田の側にこぼれてきたが、もし、左へ抜こうとしたり、シュートをして、宇佐美側にこぼれていたら、どうなっていただろうか? 確実に言えるのは、追走するスピードを落とした宇佐美は、本田よりもセカンドチャンスを生み出す可能性が低かったということだ。

そこに“いた”本田は、ミスを犯した。そこに“いなかった”宇佐美は、ミスをしていない。

私には、後者のほうが大きな問題に思える。

これは宇佐美に限った話ではない。日本代表の重要なゴールのほとんどは、本田と岡崎慎司が絡んでいる。なぜ、いつまでもゴールという大仕事が、同じ2人に委ねられるのか? これは偶然ではない。

1メートルの詰めを、おろそかにしていない。

彼らは必ずいるのだ。そこに。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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