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ノルウェー国民ショック! 王室の選択

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ノルウェー王室の決断が国民を驚かせている Photo:Asaki Abumi

6月半ば、とある大ニュースがノルウェーを駆け巡り、国民に衝撃を与えた。それは、ホーコン皇太子とメッテ・マリット皇太子妃の実子であるイングリッド・アレクサンドラ王女(2004年生)と弟のスヴェレ・マグヌス王子(2005年生)が、より高い英語教育を優先して、公立学校から私立学校へ転校するという王室の発表だった。

結果、ノルウェーでは、「王室と国民の距離が遠くなる」、「公立学校の英語教育を王室が低評価した」と悲観的に報道批判されている。さて、この一連の出来事は、文化の異なる環境で育った日本人にとっては多少理解しがたいほど連日騒がれている。なにが問題なのか?

平等社会のあり方をくつがえす王室の選択

ノルウェーはなによりも「平等」であることを重視する平等先進国だ。石油発掘後にお金持ち国家にはなったが、私立などの特別感やエリート感をかもし出す機関や、裕福層と貧困層を差別化する現代の社会傾向に警報を鳴らす人もいる。王女と王子もこれまで公立学校で、一般の子どもと区別なく教育を受けてきた。よって、お金がかかる私立への転校という決断は、国民に経済格差を実感させ、「王室は国民との信頼関係を重要視していない」と、どうしても映ってしまう。

王女が通う英語学校に、ノルウェー人はほとんどいない

王女と王子は別々の私立学校へ通う。注目されているのが、王位継承権第1位となる王女が通うこととなる学校だ。オスロ・インターナショナル・スクールは、3~19歳の約600人の生徒が通い、全科目が英語でおこなわれている。教育水準は高く、公立学校よりも授業時間は多少長い。なにより、英語教育にはもってこいだ。

メディアが批判している内容の一部が、この英語学校の環境だ。生徒の多くは、日本人を含む駐在員や大使館に勤務する国際的な背景の親をもつ子どもたち。いわゆる裕福層が通う学校とみなされている。約3割の子どもがノルウェー人国籍だが、残りの7割はヨーロッパを中心とする46カ国の外国籍。将来、国王の位に立つ王女が、国民と勉強机をともにしないことに、眉をひそめる人はどうしてもでてくる。国際的な価値観は育つであろうし、英語レベルはあがるかもしれないが、ノルウェー国民と触れ合うベストな学校環境ではないことは否めない。

ノルウェーの公立学校の英語教育は低い?

転校の理由は、英語教育にあるとされている。ノルウェー人と交流したことのある人なら、誰もが「?」と首をかしげるかもしれない。「ノルウェー人の英語レベルは高くないか?」と。

北欧の英語レベルは非常に高い

世界の英語ランキングを発表するEF EPI英語能力指数2013年度版によると、母国言語が英語ではないにも関わらず、1位スウェーデン、2位ノルウェー、5位デンマーク、7位フィンランドと北欧がトップを占める(日本は26位)。ノルウェー人の英語能力は確かに関心するほど高度なレベルだと私も思う。

ノルウェー統計局によると、2012年の時点で義務教育の公立学校は国内で2772校、私立は185校ある。私立は2002年の110校から増加はしつつも、公立が圧倒的な数を占め、97%の子どもが公立に通い、私立に通うのはたった3%だ。

塾や英会話教室などに通わせる文化がないにも関わらず、ノルウェー人の高い英語力は、学校教育と家庭(主に海外のテレビ番組、英語のテレビゲームなど)にあるとみられる。いずれにせよ、国際的にみるとノルウェー人が英語を学ぶ環境は充実しているといえる。だが、王室を満足させる教育レベルには至っていないようだ。

王室が国に発してしまったメッセージ

皇太子ご夫妻といえども、わが子を愛する親に代わりはない。親が子どものためにベストだと考えたのならば、どの学校に通わせるかは周囲が口出しをする権利はない。本来、「平等社会」であるならば、王室メンバーであれ、国民のように自由に選ぶ権利はあるはず。しかしながら、王室が公立を見限った事実は、政治家、教育関係者、保護者の目を丸くさせた。たとえご夫妻が国を愛する気持ちに変わりがなかろうが、国の教育の質に疑問を投げかけ、かつてほど国民とのつながりを重んじていない王室というメッセージを国民に発してしまったのである。

政治家を巻き込む議論に

皇太子は、国内メディアの取材に対し、「皆さんの戸惑いは理解できるが、子どもにとってベストな選択をした」と答え、皇太子妃はコメントを控えている。

「親の選択は自由」とは考えながらも、政治家の間でも意見が分かれている。王室と友人関係を指摘される政治家はコメントを拒否、エルナ・ソルベルグ現首相は一定の理解は示しながらも、「私は自分の子どもを私立学校に通わせようと考えたことは一度もない」と各メディアに一言。教育大臣は国内最大手のアフテンポステン紙に対し、英語教育レベルに改善の余地はありながらも、「英語の授業の質が悪いわけではない」と釈明するにまで至った。国の一部の政党や報道では、君主制を廃止させ、共和制になるべきだという議論を再燃させようとする流れも見られる。

いずにせよ、今回の王室の決定に対して、国民はどこか納得がいかず、心から歓迎はしていないようだ。2014年はノルウェー憲法制定200周年という節目の年。5月17日には記念日が盛大に国中で祝われ、オスロでは子どものパレードが王宮へ向けて闊歩したばかりだった。ただでさえ愛国心ムードが高い年なので、王室への風当たりは強いが、今後皇太子ご夫妻がどのように国民から理解を得ていくのか、対応が注目されている。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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