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ノーベル平和賞の暴露本で、平和とはいえない「批判合戦」が始まった

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
暴露本は、当然ながら委員会を怒らせた Photo:Asaki Abumi

17日に発売されたノーベル平和賞にまつわる暴露本は、連日ノルウェーのメディアの恰好の話題のネタとなっている。

「ノーベル平和賞の暴露本の内容がすごい 平和賞はやはり政治的だった」

これまで機密情報とされていた、受賞者の選考過程や委員会メンバーの個人的見解、受賞者との舞台裏でのやり取り、ノルウェー政府や外務省、そして関係各国からの圧力。「暗黙の了解」とはされていながらも、25年も委員会の秘書と事務局長を務めてきた人物が、本という形で発表したことは、これまでのノルウェー・ノーベル委員会の歴史の中で、最も大きなスキャンダルとなった。

委員会「守秘義務の違反だ」

出版後は、委員会が21日にプレスリリースを出し、「2014年に委員会とルンデスタッド氏は、機密情報にまつわる覚書にサインをしている。同氏は本書の一部において、守秘義務に違反している」と強く批判。

現委員長「彼の本など読まない」

現委員長のカーシ・クルマン・フィーヴェ氏は、現地メディアに対し、「本は読んでいないが、一連の報道で伝えられている内容は把握している。プレスリリースで発表した以上のコメントはない」という態度を今も貫きとおしている。

著者「批判に耐えろ」

これに対して、ルンデスタッド氏は22日、「公人は公に評価されることにも、耐えられなければいけない」と、本書は議論活発化のためであり、守秘義務の違反にはならないとした(ノルウェー国営放送局)。

同氏の主張は、ノルウェーでは特別なものではなく、「公的な立場で、権力がある者は、厳しく批判もされることもある」という社会の暗黙の了解に近い。そのため、本書の存在により、ノルウェーの政界や外務省が批判対象となることは、仕方ないと考える人が多いといえる。

著者、委員会から追い出される

23日、ルンデスタッド氏は、委員会のオフィスから追い出された。ヴェルデンス・ガング紙によると、驚いたことに、退職してからも、執筆活動のために、委員会の一室をずっと無償で借りていたそうだ。暴露本の騒ぎにより、委員会から事実上の退去命令を下され、ルンデスタッド氏は「残念だ」と落ち込んでいるコメントを地元のメディアに伝えた。

25年間も働いた勤務先とは、悲しい別れとなってしまったようだ。

2冊目を執筆予定

さらに驚くことに、同氏は2冊目の本を執筆予定だそうで、「必要な資料が委員会の図書館にあるので、執筆が困難になる」と心配している(ヴェルデンス・ガング紙)。この発言からは、同氏はかつての同僚たちに迷惑をかけていることに悪気がないことや、議論の活発化と民主主義のためには、当然の行為だと考えていることが伝わってくる。

前委員長が反論を開始

同日の夜、またノルウェーのメディアを騒がせる(喜ばせる?)動きがあった。今まで沈黙をしていた、前委員長が、地元の大手アフテンポステン紙に、寄稿をして反論したのだ。

本書で最も雑に批判されていると注目を浴びていたのは、トルビョルン・ヤーグラン前委員長。オバマ大統領など、受賞者の選考基準について、世界中から疑問の声が多かった時期のリーダーだ。

暴露本の出版前後は、前委員長は「本を読むくらいなら、ほかにすることがある」と笑っていたが(ノルウェー通信局)、やはり心の中の怒りは静めることはできなかったようだ。

前委員長「彼と違い、我々は守秘義務を守るので、平等に議論できない」

「委員会の関係者は守秘義務を守る義務があるため、ルンデスタッド氏に反論することができない立場にいる。このバランスがとれていない状況を利用して、彼が自分の言い分だけを思うがままに主張していることは、ショックとしか言いようがない」

前委員長 

出典:アフテンポステン紙

突然の反撃の理由は、ルンデスタッド氏が国外での本のPR活動を計画していると知ったからだ。

「委員会からは守秘義務の違反にあたらないことを確認済みで、二点だけ明確に反論しておきたい。私はマスコミに事前に受賞者の情報を漏えいしておらず、授与式でのスピーチも彼ではなく私が自分で書いたものだ」

前委員長

出典:アフテンポステン紙

メディアの電子化が普及しているノルウェーでは、政治家から一般人まで、幅広い立場の人が自論を寄稿して、議論をしあう風習ができあがっている。関係者同志の批判合戦は、恐らくこれからも続くだろう。いずれにしても、ルンドスタッド氏の本は、今後は何年間もノルウェー国内では話題となるとみられる。それほど、ノーベル平和賞というものは、もともと注目度が高いのだ。

以前よりも情報が公開され、議論がなされるのは、民主主義を大事にするノルウェーらしい。だが、ノーベル平和賞のシンボルである平和賞委員会が、まさか内部関係者同志の喧嘩を世界中にさらけだすことになるとは、皮肉なものである。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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