「難民の体験を共有」するために地中海に飛び込んだノルウェー移民大臣 熱烈な支持者を増やす、怖い魅力
スキャンダルな話題に事欠かないノルウェーの右派ポピュリズム政党「進歩党」。今、進歩党の次期党首候補に急浮上している人物が、シルヴィ・リストハウグ移民・社会統合大臣だ。
移民や難民が社会に溶け込むための手助けが仕事の一部なのだが、彼女の移民・難民否定思想を、もはや知らない国民はいないだろう。難民申請者の増加を歓迎せず、「自分の子どもたちの将来を不安にさせる」と地元の記者に語った大臣。左派勢力は「難民を恐れる人物が、社会統合大臣とは皮肉なものだ」と批判する。
リストハウグ氏の驚きの言動は、例を挙げればきりがないが、数日前に注目を集めた一件が、海に浮かんでいる彼女の写真だった。
動画と写真は、ダーグブラーデ紙で閲覧可能
「地中海で救助されるリストハウグ。“きっと恐ろしいのでしょうね”」
ギリシャのレスボス島を訪れていた移民大臣。ボートで海を渡ろうとする人々と、救助会社の活動内容を理解するために、彼女も海に飛び込んだ。笑いながら、宇宙服のような重装備の防水スーツを着用し、救助会社の専門スタッフたちに見守られながら。命を落とすリスクをかけて、薄い救命胴衣を着用し、恐怖の顔で逃れる人々の写真とは対照的だ。当然のことながら、ノルウェーでネットは炎上した。
難民体験の光景を最初に報じたのはノルウェーのダーグブラーデ紙(4月19日付け)。「溺れる中で、救助ボートの姿が目に入った瞬間は、感動するのでしょうね」と同紙に語った移民大臣。6~7月以降、3000人以上の人々が、この海で救助されている。
人が命を落とす海に飛び込んでみないと、難民の気持ちが理解できないのか?
左派勢力を筆頭に、SNSでは批判が殺到。国内だけではなく、ワシントン・ポスト、BBCなど、複数の外国メディアでも報じられた。
「当然のことながら、ノルウェーでネットは炎上した」と先ほど書いたが、「当然のことか」は、実は疑問符がつく。
恐らく、仰天発言の多いリストハウグ氏だったからこそ、ここまで騒ぎが大きくなった。同氏がフェイスブックでも書いたように、ノルウェーのソールバルグ首相をはじめとして、他の政党の政治家たちも同じ「溺れてみる体験」を過去にしたと、救助会社の代表が語っている。リスタウグ氏だからこそ、ネタ探しをする記者たちが船に同行しており、報道されたのだ。これが他の党首たちであれば、大きな見出しになっていかさえ疑問である。
完全装備の防水スーツを着用せずに、Tシャツなどを着ていればよかったのか? 報道の仕方で、読者が受ける印象は変わっていただろう。報道機関は、大臣に怒る人々の反応と、ネット炎上を大きく取り上げたが、大臣のフェイスブックには何百人もの支持するコメントが殺到したことには触れていない。
この報道で大臣は後悔しているか? いや、まったく気にしていないだろう
記者が同行していた時点で、こうなる流れは予想できていたはずだ。むしろ、狙い通り。報道機関をプロパガンダに利用する技に長けている進歩党とリストハウグ大臣らしい。ベルゲン地元紙は、「リストハウグは、馬鹿ではない」という記事を書いたが、同感である。
彼女の狙いは、ネットやメディアを通して、福祉天国ノルウェーを目指す難民申請者たちに、「この国は魅力的ではないわよ」と伝えることだ。報道されればされるほど、大臣としての仕事を着実にこなしている。
進歩党の元党首であるカール・I・ハーゲン氏は、党の象徴・神様的存在であり、左派勢力からは人種差別者として嫌われている。そのハーゲン氏は、リストハウグ氏を次期党首候補として挙げた。
そもそも、リストハウグ氏は、国民全員に好かれようなどとは思っていない。むしろ、そのぶれない断固たる態度が、難民不安派を安心させ、ゆえに熱烈なリストハウグ信者を増加させ、党の支持率上昇につながっている。
騒ぎがあった週末、オスロ市内では進歩党の全国総会が開催されていた。党員と報道陣に向かって、リストハウグ大臣は満面の笑顔で語った。「スウェーデンのような二の舞は踏まない。欧州の中でも最も厳しい移民政策国家のひとつを目指し、私はあきらない」と。会場は大きな拍手で包まれた。リストハウグ大臣は、その歩みを止めない。
身近で取材すればするほど、見事な戦略家だということを、実感せざるを得ない。今のところ、全ては彼女のシナリオ通りに、ノルウェーは振り回されている。
Photo&Text: Asaki Abumi