レバノンで壁の銃弾跡に布を貼る女性「連続テロで痛みを経験したノルウェーは、難民にもっと寛容に」
銃弾で穴だらけの壁。レバノンの首都ベイルートで、内戦で廃墟と化した建築物の壁に、黙々と布を貼り続ける女性がいる。ノルウェー出身のヴィジュアル・アーティスト、マーリ・メーン・ハルシュウイ(Mari Meen Halsoy)氏だ。
同氏のアートプロジェクト『Wounds』(傷)は、2010年に始まった。ベイルートで無人となった廃墟の建物には、内戦中に発砲され、穴が開いた壁が今も多数存在する。銃弾跡の型をとり、その穴に収まる布を自らの手で縫う。出血は止まったが、消えない傷跡に、丁寧に包帯を巻いているかのようだ。
「これは、街の人々の傷。身体的というよりも、精神的な傷を意味しています」と同氏はプロジェクトについて語る。内戦と生き続けている人々の心の傷を、タペストリーという形に残し、その傷跡を母国ノルウェーに持ち帰り、展示という形で伝えている。
「内戦の歴史と生き続けようとする人々の強さに衝撃を受けた」というハルシュウイ氏。「彼らの傷を、私たちは実際に感じることはできないけれど、感じようと努力することはできる」と話す。
アートや布で戦争を止めることはできない
「布で戦争を止めることはできません。このプロジェクトは何も答えを提示することもできない。けれど、世界の傷にどう向き合っていけるか、考えるきっかけにはなるのではないかと思っています」。
「壁の傷は、人々の身体的・精神的な傷。傷ついた建物は、人間の身体。布は、人々の思いやり。私は、その傷を可視化させると同時に、隠しています」。
ベイルートをすでに23回訪れ、200以上の布を手掛けた。壁に貼り付けた布は、街の背景の一部として自然に溶け込んでいる。布の存在に気づかずに通り過ぎる人もいれば、いつの間にか布がなくなってしまうこともある。
現地の人々は「外の国の人が、我々のことを気にかけてくれる」と、プロジェクトに理解を示しているという。同氏は、別プロジェクトとして、現地の人々の実体験を聞き集めており、その戦争の体験談は生々しいものばかりだという。
「ノルウェーでは、遠方や国境の外で起こっていることは、他人事だと考えやすい。けれど、恵まれた環境にいる私たちは、もっと外での悲惨な出来事を気にかける責任があると思います」と、ノルウェーの人々にベイルートの現状を伝えることの重要性を語る。「ニュース報道から見聞きする社会問題を、アートでは別のかたちで考えられるのではないでしょうか」。
現地で難民と交流
ハルシュウイ氏は、現地で数多くの難民と交流し、彼らの体験談を録音しつづけている。レバノンは国境を開き、約100万人のシリア難民を入国させた。そのうちの半分は、恐怖に怯えた子どもたちだと、同氏は語る。「レバノンにいる住民の4人に1人は今やシリア難民。国の戦争の歴史は、何度も何度も繰り返されています」。
「残念ながら、今の紛争の状態が、私のプロジェクトにさらなるリアリティーを加えさせる結果になっています」。
ハルシュウイ氏が住むノルウェーでは、政府は難民申請者の受け入れを厳格化している。移民・社会統合大臣は、「物価の高いノルウェーで受け入れる数よりも、現地で援助する数を増やすべき」と強調している。そのことについてどう思うか尋ねてみた。
ノルウェー政府の対応には問題がある
「安全なノルウェーに比べて、紛争地での状況は悲惨です。ノルウェーの対応には非常に問題があると思っています。政府は十分な責任を果たしていません。十分な場所と資産があるにも関わらず、国はほんの少しの難民しか受け入れていない。それに、申請が却下された多くの人々を、危険な地域に送還しています」。
私たちが話していることは、数字ではない。人の命
「ノルウェーがこれまで受け入れた数は、大海に浮かぶ一滴の滴ほどのものです。戦争のない安全な未来を保障される権利のある人間が、数字としかみられないことは、恐ろしいこと。ノルウェーには今の状況を変える力があります。私たちは、人の命について、話しているのです」。
77人の命を奪い、今も多くの人を悲しませる連続テロを体験したノルウェー。紛争地の悲惨さを他人事のようにみるべきではない
「2011年に連続テロに襲われた私たちノルウェー人は、今の紛争の様子を、当時のような身近なものとして感じるべきではないでしょうか」。
Photo&Text: Asaki Abumi