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ノルウェー連続テロ 生存者や遺族が振り返る「あの日」。なぜオスロは殺人犯と憎しみをうんでしまったのか

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
銃乱射事件が起きたウトヤ島 Photo: Asaki Abumi

あの日のことはタブーとなった

「あの日のことは忘れられた。私たちは話さなくなった。“もうたくさん。気分が暗くなる。前に進んでいかなければ”と」。「7・22サポートグループ」の代表、ウンニ・エスぺランド・マルクッセン氏は語る。彼女は、17歳の娘、アンドリーネさんをウトヤ島で失った母親だ。

移民に寛容的なノルウェー社会を否定した男

2011年7月22日にノルウェーで発生した連続テロ事件。この日、アンネシュ・ブレイビク受刑者は、政府庁舎爆破事件で8人、銃乱射事件で69人の命を奪った。77人が死亡し、殺害された多くがノルウェーの最大政党・労働党の青年部の党員だったことは、国民に大きな衝撃を与えた。労働党には、移民背景の政治家も多い。移民に否定的だった犯人は、移民の受け入れに寛容的な政党の「未来の政治家」たちを標的とした。

教育現場でテロ事件を取り扱うことの難しさ

6月1日、オスロ市内で当時の生存者や遺族が集まり、「7・22はノルウェーを変えたのか?」というテーマでトークショーが開催された。特に議論されたテーマは、教育現場でテロ事件を取り扱うことの重要性だった。

事件に関する書籍を出版したスティアン・ブロマルク氏は、テロの話題は、「取り扱いにくいテーマ」として学校でタブーとなっていることを問題視する。「どうやって、子どもたちは当時の事件のことを学ぶのか?」と、ネットでは、情報が正しいかどうか判断する高度な批判的思考が必要とされ、小さな子どもにはハードルが高いと語る。

娘を失ったマルクッセン氏は、「ブレイビクは、労働党を憎んだ人。次の世代に、どのように語り継いでいくのか、私たちは考える必要があります」と話す。

殺人犯のかつての弁護士は、今、政治家として生存者たちとオスロの街を守る

事件後、裁判でブレイビク容疑者の弁護士として、メディアで頻繁に登場していた、ゲイル・リッペスタッド氏。その後、彼は労働党の政治家として、オスロ市議会で首都の行政を担う責任者のひとりとなった。同氏は、難民の受け入れ施設の手配の責任者でもあり、ブレイビク容疑者が否定した「移民がたくさんのオスロの街」づくりに励んでいる。

「“ノルウェーは移民を望んでいるか、いないか”という議論になるべきではない。何が問題だったのか、我々は問い続けていくべき」と同氏は語る。

あの憎しみはなぜうまれたのか? Photo: Asaki Abumi
あの憎しみはなぜうまれたのか? Photo: Asaki Abumi

ブレイビクは、多くの悲しい要素が重なってつくりだした集合体

「ブレイビクは、多くの悲しい要素が重なってつくりだした集合体。その意味で、彼はユニークともいえます。しかし、あの思想は、忘れられるべきではない。若者は、あの種の憎しみについて向き合い、学ぶ必要がある。人種差別や憎しみを、子どもの間で広めてはいけない。もっと研究・議論されるべき」。殺人犯の言い分を法廷で語り、弁護しなければいけなかった当時の弁護士は語る。

現在、オスロの副市長であるカムシャイニ・グナラトナム氏(28)。彼女の父親は難民としてノルウェーにやってきた。自身はウトヤ島での銃殺事件時、島から脱出し、泳いで生き延びた過去を持つ。これまでで最も若い副市長として、昨年に注目を集めたが、その外見などからネット上で多くのヘイトスピーチにさらされることに。

「ブレイビクは、難民申請者の受け入れ施設で働き、税金を払うべき。それが(移民とノルウェー社会を否定した彼にとって)一番の刑罰よ」と地元紙でのインタビューで語った発言は、「政治家としてふさわしくない、不適切だ」と大きな批判を浴びた。

「彼は人種差別者。あの思想は、説明が難しいもの。テロ犯を作るような社会となってはいけない」と、グナラトナム氏は討論の場で語る。

当時の警察の対応を批判するよりも、なぜあの憎しみがうまれたのか議論すべき

「人種差別にどう立ち向かっていくか?答えがでていないことが多すぎる。安全、警備、ヘリコプターについての批判と議論はもうたくさん。なにがブレイビクを生み出したのか、それが討論されるべき。彼をつくり出したのは、このオスロという街。社会システムで、なにが機能していなかったのか。その問いが、テロ事件が私たちに残したものであり、次世代に伝え続けられるべき」と、同じような殺人犯を二度と生み出さないような社会づくりの必要性を訴える。

副市長として学校などを訪問する機会が多いグナラトナム氏も、教育現場でテロ事件がタブー化されていることを心配する。15才の子どもに何が起こったのかを説明したことが報道された時は、様々な反応に向き合わなければいけなかった。「よく話してくれた」という意見と共に、「小さな子どもに話すな」というクレームがきたことを振り返る。「社会は分断されている」と話す。

司会者は、グナラトナム氏に問いかけた。「あなただったら、15歳にブレイビクのことをどう語るのですか」と。

「私はこう説明します。ブレイビクは、オスロという街とインターネットがつくりだしたもの。社会や両親という要素が、様々なレベルで絡み合って。のけ者にされて、自分の意見を誰にも聞いてもらえなかった人だ、と」。

人種差別的な発言をネットのコメント欄から削除・検閲することは、解決策にはならないと、若き副市長は語る。「フェイスブックのコメントを消しても、なんの助けにもならない、なんの解決にもならない。怒る人を増やすだけ」。

憎しみや人種差別的な思想に背中を向けず、蓋をせずに、学校や社会で議論していく必要性を彼女は訴えた。

「なぜ憎しみはうまれるのか、なぜノルウェーはブレイビクを生み出してしまったのか」。答えはまだ出ないけれど、問い続けていく必要があると、会場に集まった話し手たちは語った。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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