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予算案合意でノルウェー首相交代の危機を回避 環境税で小政党が猛反発、エコな家計の手助けへ

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
「気候はお金がかかる!」と国会前で抗議する環境青年団体 Photo:Abumi

5日(月)には16年ぶりの信任投票がおこなわれ、最悪の場合には政権交代となるかと思われたノルウェー政府。来年度の予算案において、各政党で合意に至ったと、3日の緊急記者会見で発表した。

ノルウェーが政権危機!16年ぶりの信任投票に?火種の国家予算案と環境問題、首相の素質とは

毎年、この時期になると、連立内閣を担う首相が率いる保守党と進歩党、加えて閣外協力をしている小政党2党(自由党とキリスト教民主党)の4党の間で、予算案交渉が始まる。毎年大きく問題となるのが、環境政策だ。

来年度には国政選挙を控えるノルウェー。今回の予算案は、各政党の実力を支持者に証明する大事な舞台だった。そのため、「車の運転者のための党」、「石油党」ともいわれる右翼ポピュリスト政党の進歩党は、ガソリン税増税などをできるだけ抑えようとした。反対に小政党2党は、さらに増税した、より「グリーンな予算案」を要求。

毎年決裂している交渉だが、今年は最も両者の中が険悪となり、一度は閣外協力する2党が交渉協議を離脱すると記者会見を開いた。「まさか予算案ができずに、政権交代となるか」とみられたが、4党は交渉を結局続け、3日に合意に至る。

今回の交渉騒ぎの結果、何が変わったのだろうか。

エコな移動をする市民へ、公共交通機関の料金が20%OFF!

オスロ中心地を走る路面電車 Photo:Asaki Abumi
オスロ中心地を走る路面電車 Photo:Asaki Abumi

まず、市民にとってすぐに変化がわかる、嬉しいニュースだったのは、間違いなく公共交通機関におけるチケット料金。

オスロ、ベルゲン、トロンハイムなどの大都市でも、1か月や特定の期間の定期券が20%安くなる(当初は大都市は対処外とされた)。これは非常に画期的なことだ。

ノルウェーで環境政策を議論する際、「環境汚染をする車の利用を減らして欲しい」と政治家が市民に主張する場合、市民が要求することは、「だったら、毎年値上がりしている交通機関のチケット料金を安くしてよ!」ということだった。

だが、ノルウェーといえば、毎年チケット料金は値上がりが当たり前。最も過激な環境政策を唱える、緑の環境党が権力を握るオスロでさえ、また値上げさせるという自治体予算を発表したばかりだった。

それが、今回小政党が国会で最後まで戦った結果、20%割引されることになった。その代償として、進歩党と保守党は、「絶対にこれ以上は譲歩しない!」と言っていた、車の運転者のための税金の提案を「あまり」変えずにすんだ。

エコな暮らしをしようとする人々を支援

また、環境に優しい車に買い替える人に支援金を支給。環境に優しいエネルギー転換をしようとする産業を支援するCO2基金の創設など、様々な対策が追加された。

育児支援、低収入者に救いの手を

人権や福祉制度に寛容的なキリスト教民主党も、底力を発揮。1才のこどもを持つ親や低収入だった年金生活者への支援金増加に成功。当初の予算案では、あまり得をしないとされていた社会的弱者へ、救いの手を差し伸べることとなった。

環境問題にあまり興味がない右翼ポピュリスト政党を、できるだけグリーンに!

当初の予算案発表の日、首相(左)と財務大臣(進歩党党首、右)は満足そうだった
当初の予算案発表の日、首相(左)と財務大臣(進歩党党首、右)は満足そうだった

現地の環境団体や政党の反応は様々だ。しかし、「そもそも気候変動は人間が原因なのか」という発言が多い進歩党と一緒に予算案を作ることが、どれだけ大変なことか、現地の報道陣や政治家たちは、身に染みて知っている。そのため、小さな政党が、諦めずに頑張ったことを評価する傾向がある。

進歩党は進歩党で、車の運転者ばかりが攻撃されないような予算案を作ったことに満足している。

首相はバラバラの4党をまとめられたか?

恐らく、今後現地のメディアや野党、環境団体が批判をするとしたら、首相の手腕についてとみられる。そもそも、4党のリーダーである首相と保守党が、小政党2党がどれだけ環境対策にこだわっていたかを理解していれば、ここまでの事態になることはなかったとされている。とはいえ、すぐさまディーゼル税などの増税を許可していれば、相方の進歩党がひねくれていただろう。

「今年は予算案がない」という最悪のシナリオは回避された。一方、最終的な予算案提出が遅れたため、野党などは検討し、議論する時間を十分に与えられなかった。

まとめ役として苦労しているお母さん役の首相だが、国民はどう評価するか。来月以降の世論調査、来年の選挙に影響を与えそうだ。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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