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ATPツアーファイナル1日目 ロンドン現地リポ【錦織圭、自らを信じ“難敵”マリーに初勝利】

内田暁フリーランスライター
勝利後テレビカメラにサインする錦織

【錦織圭 64 64 A・マリー】

■煌びやかにショー化された、ATPツアーで最も豪華な大会■

場内の照明が落ち、真っ暗に暗転したアリーナ。

突如、床や壁がビリビリと震えるほどの大音量の音楽が流れたかと思うと、天井からつるされたモニターが光を放ち、長方形のコートが青白い光の中に浮かび上がります。

モニター内に、そしてコート上にも映しだされる、イベント開始までのカウントダウンを告げる数字。心電図の映像と共に場内に響き渡る心音に合わせ、手を叩き足を踏みならす1万7000人の観客たち。

厳粛と格式の権化のように言われるウインブルドンから、エンターテインメントの極地のようなO2アリーナへ――。ロンドンの街が、あるいはこの国のスポーツファンが持つ、あまりに異なる二つの顔に驚かされる瞬間でもありました。

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入場口を覆う白煙の中から姿を現した錦織圭は、うつむき加減に会場に足を踏み入れると、マリーに向けられたそれとそん色ない大声援に、2度軽く手を上げて応じます。まるでリングに向かうボクサーのような、ヒリヒリとした緊張感を漂わせた佇まい。

実は数日前、初めてこのアリーナに足を踏み入れスタンドを見上げた時、視界の遥か先に何段も何段も折り重なる客席のひだを見て、威圧感に近い驚きを覚えたのだと錦織は言います。

「そこを見たら、終わりだな……」

そんな風に思ったことを、試合後に冗談めかして明かしました。

「信じられないくらい、お客さんがいるなと思って。狭い中でこれだけお客さんがいるのは初めての経験だったし、絶対に見てはいけないなと思って。下向いていました」

それが、アジア人初のツアーファイナル出場者が、入場時に見せた逼迫感の正体。全米オープンの決勝を体験した錦織ですら、飲まれそうなほどの独特の高揚感がアリーナを満たしていました。

■「これまで見えていなかった」勝機を捕え攻めた錦織■

その緊張感が、試合序盤はなかなか入らなかったサービスの理由でしょう。最初のゲームはファーストがほとんど入らず、2本のダブルフォールトも犯してしまいます。それでもなんとかキープできたのは、「ストロークの調子が良かった」ため。先にブレークを許しますが、ストロークの調子に引き上げられるように、徐々にサービスも入るようになっていきました。こうなってくると、今の錦織には、自分を信じきる力があります。

マリーは過去3回破れている相手ですが、最後に対戦したのは昨年1月。

「今年の自分は、違う選手になったんだと自分自身で思い込んでやっていました」

決してなくはなかった苦手意識を、錦織は意志の力で払拭したと言います。

一方のマリーは、錦織に対して常に、敬意に近い警戒心を抱いていたようです。「彼のプレーが大きく変わった訳ではない。以前からボールを速く捉え、コースを変えることができた。タッチが素晴らしいので、難しいボールもうまく処理できる選手」。

「ただ」……とマリーは続けます。「たぶん最近は、とても自信を付けているのだろう。以前よりも、安定し継続してできるようになっていた」。

マリーを畏怖させた当の錦織が、以前と比べて今回最も手応えを感じていたのが、仕掛けの早さでした。

「いつもなら、守られて守られて自分でミスしたり、カウンターを決められていました。でも今日は、浅いボールを自分から攻めて前に入れたり……それが以前は見えてなかったりできていなかった所なので、そこが一番の変化かと思います」。

そのような「一番の変化」が顕著に表れたのが第1セット終盤、セットの行方を分けた数ゲームの攻防です。ゲームカウント4-4からの第9ゲーム。サービスゲームで錦織はデュースにされますが、次のポイントで相手を振り回し、浅くなったボールをストレートに打ち込むや否やネットダッシュ。返球を狙い通りボレーでたたき込みます。

このプレーを機にキープに成功すると、次のゲームの最初のポイントでは、フォアを深く打ち込みマリーをベースライン後方に押し下げ、刹那、ネット際へとフワリと落とすドロップショット。マリーはふてくされたように、打球を見送ることしかできませんでした。

理想的な形で第1セットを奪った錦織は、第2セットに入ると「ほぼ完璧」と自画自賛のプレーを披露し立ち上がりから3ゲーム連取。

第4ゲームで3つのブレークポイントを凌がれたのを機に追い上げられますが、相手サービスの第10ゲームでは、最初のポイントで自分を奮い立たせるかのように、驚異の守備を見せる相手に3連続でスマッシュを打ち続けます。鋭い叫び声をあげ決めたこのスマッシュを皮切りに、左右の強打でマリーを攻め立て、ブレークと同時に試合そのものを手中に収めました。6-4,6-4のスコア、1時間35分の勝利は「完勝」と呼んで差し支えないでしょう。

マリーの初戦敗退に地元メディアは慌てふためき、試合後の会見場には、色めき立った日英の記者が詰め掛けます。そんな喧騒とは無縁の勝者は、

「今年は自信も付いてきたし、自分自身、この場にいることが不思議とは感じてないです。こうやってオープニングマッチをしっかり勝ち切れたので、自信を持って、残りの試合も戦いたいです」。

静かな口調で、そう語りました。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。

ツアーファイナルの様子を連日レポートしていきます。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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