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シンシナティ現地リポ:身体は限界、でもケガにつながる痛みなし。3回戦敗退も最大のターゲットは全米

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

3回戦 ●錦織圭(7位)67(1) 67(5) B・トミック(21位)○

「彼は、先日のリオデジャネイロ・オリンピックで、銅メダルを獲得したばかりです!」

試合前の選手紹介でそうアナウンスされると、コート3の客席から、一斉に大きな拍手と歓声が沸き上がりました。テニス人口の多い町で行われるウエスタン&サザン・オープンは、テニスを良く知るファンが多いことでも有名です。この試合の観客もその大半が、錦織が3日前にリオでメダルを賭け死闘を演じた事実を知っているようでした。

シンシナティ出場は3年ぶり。しかもトップ10プレーヤーとしては初――そんな錦織のプレーを見るのを、ファンは楽しみにしていたのでしょう。客席の声援の大半は、錦織に向けられたものでした。

そのような目の肥えた観客の声援を、錦織は幾度も引き出します。疲れが抜け切っていないのは明白。ですが代わりに、鋭いスライスやドロップショット、サーブ&ボレーなどの華麗な技を次々と繰り出します。第1セット第5ゲームでは、息を飲むドロップショットで、長いラリーを締めくくりブレーク。その後は苦しみながらもサービスゲームをキープし、2本連続のセットポイントまでこぎつけました。

しかしここから、ダブルフォールトにフォアのミス、さらにダブルフォールトを挟んでフォアをミスしトミッチにブレークを献上。思わぬ形で、徳俵で踏みとどまったトミッチは、この僥倖を力水にサービスやフォアの強打で押し返してきます。一方の錦織は明らかに動きが落ち、ボールがネットに掛かったり長くなる場面が増え始めました。

そうして、第1セットがタイブレークにもつれ込んだ正にその頃、数十メートル離れたセンターコートから、ナダルが敗れたことを告げるアナウンスが聞こえてきます。ただその時のコート3の反応は、驚きよりも「やっぱり」という納得が大半を占めたでしょう。それも観客たちが、ナダルが直前までリオ五輪で戦い、シングルスでベスト4、ダブルスでは金メダルを取っていることを知っているがゆえ。「また来年も来てくれよ、ラファ」、そんな声も客席から漏れ聞こえます。

ナダル敗退の余波が及ぶコート3で、錦織はタイブレークを1-7で失い、第1セットを落としました。

「大事なところ(5-4からのサービスゲーム)を取れず、徐々に相手も打ってきていた。あそこのゲームを落としてから、けっこう流れが変わってきました」

後に錦織も振り返るように、第1セット第10ゲームが、この試合の分水嶺だったのは間違いありません。「尋常ではない疲れ」を全身に蓄積したままの試合では、「走れないし、足を使って打てなかった」。錦織の最大の武器であるフットワークが、この試合ではアキレス腱になりました。

それでも第2セット第5ゲームでは2度のブレークポイントを凌ぎ、第10ゲームでも6度のデュースを繰り返すなど、最後まで試合を投げだす様子はありません。ふくらはぎにまとわりつく疲労を振り払うように足を前後に降り、屈伸を繰り返し、膝に手をつきながらも、ドロップショットやネットプレーに活路を見いだそうとします。

「特に何も考えていなかったですね。1セット目を落として、そこから2セット取ることは考えにくかったので、なるべく1ゲームずつやってみようという感じでした」

それが第2セット攻防中の、彼の偽らざる胸中でした。

前日までの曇天が嘘のように太陽が照る酷暑の中、第2セットでも縺れ込んだタイブレークは、体力とサービスに勝るトミッチが終始優勢に進めます。最初のマッチポイントは意地のリターンで凌ぎますが、これが精一杯でした。

「こんなに身体が言うことを聞かないのは久しぶり」

試合後に錦織は身体の状況を明かしますが、同時に「あるのは疲労だけ。ケガにつながるような痛みはないので、そこは安心して全米オープンに臨めると思います」と安堵の表情も見せます。

「先週のテニスが良かっただけに負けたもったいなさはありますが、このタフなコンディションの中で良いプレーもできていた。自信を持って全米オープンに行きたいです」と、ポジティブな要素もコートから持ち帰った様子。

まずはブランデントンの自宅に帰り、この1カ月間使いこんできた心身をしっかり休め、今季最後のグランドスラムに向かいます。

※テニス専門誌『Smash』のfacebookより転載。連日テニスの最新情報を掲載中

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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