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全米オープン:若手の挑戦を退け3回戦進出の錦織圭。目指すは「宮本武蔵」の境地

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

全米オープン2回戦 ○錦織圭 64 46 64 63 K・カチャノフ●

「切り掛かる」――それは今大会が始まる前に、錦織圭がジョコビッチやマリーに挑む際の心構えを表現した言葉でした。彼ら上位陣と戦う時には、あの堅牢な守備や適応力を、いかして「崩すか」こそが、課題になるというのです。

ならば今日の2回戦は、錦織が相手に“切り掛かられた”試合だったでしょう。対戦相手のカチャノフは、この1年でランキングを100位近く伸ばしてきた勢いある20歳。彼にとって錦織は初めて対戦するトップ10プレーヤーであり、しかも舞台は、全米オープンのルイ・アームストロング・スタジアム。カチャノフにしてみれば、失う物なく向かっていける立場なのは間違いありません。

奇しくも錦織は、自身が初めてトップ10選手と戦った思い出として、8年前に同じルイ・アームストロング・スタジアムで、当時4位のD・フェレールと戦った日のことを回想しました(※実際には初の対トップ10はその半年前のロディック戦でしたが、錦織曰く「ロディック戦は無かったことで…」とのこと)。後にその試合の映像を見るたびに、「よくこんなに思いきったプレーができていたな……」と驚かされることになる、18歳の日の自分――。

そしてこの日のカチャノフは、そんなかつての錦織に似た心境でコートに立っていたはずです。

カチャノフの爆発力が錦織を捕らえたのは、第2セットのゲームカウント4-4の場面。錦織のセカンドサービスを得意のフォアで叩いたカチャノフは、一打ごとに唸り声をあげ、全力でボールを打ちこんできます。気迫の強打でブレークを奪ったカチャノフが、続くゲームではエース2本を叩き込みラブゲームキープ。相手の勢いに飲まれるように、錦織が第2セットを失いました。

第3セットもゲームカウントは並走ながら、ポイント獲得数で勝るのはカチャノフの方。しかも錦織がようやくストロークでリズムをつかみ始めたそのタイミングで、空から落ちる無情の雨。「本当は、あのまま行きたかった……」。それが、錦織の本音でした。

それでも約3時間に及んだこの中断を、彼は有効活用します。

セカンドサービスを叩かれていたため、まずはファーストからでもスピンをかけてサービスを入れていくことを頭に入れる。加えて、ダウンザラインを多く用いることなどコーチたちと相談した上で、幾つかの戦術変更を試みました。

そしてそれらが、奏功します。再開後の最初のゲームは、ファーストサービスを確実に入れキープ。次のゲームではバックのダウンザラインでウイナー2本を決めると、最後は長いラリー戦でジリジリと相手を追い詰め、ミスを誘ってブレーク。多くの局面で力の差を示すかのようなゲーム奪取で、第3セットを錦織がもぎ取りました。

第4セットは第3ゲームでブレークされるも、第6ゲームで硬さの見える相手からブレークバック。さらに第8ゲームでは、相手の“チャレンジ”失敗で得たブレークの機を逃さず、フォアの強打で再びブレーク。最終ゲームはサービスでポイントを重ね、最後は時速122マイルのエースで試合を締めくくりました。

ちなみにこの試合、総獲得ゲーム数では22対17で錦織が大きくリードしたのに対し、総獲得ポイント数は120対117と、その差は僅かに3。これらの数字が、錦織が「下位の選手に勝ち切れるようになった理由」として挙げる、「落としてはいけないゲームを取れる」ことを明確に示しているでしょう。

かくして、初対戦の20歳の挑戦を退けたその先で待つのは、これまた初対戦の相手ながら、今度は34歳のベテランのN・マユ。「ボレーもうまい攻撃的な選手」と、錦織も警戒心を強める試合巧者です。

第6シードである錦織にとって、大会序盤戦とは常に、挑戦される立場での戦い。

それら新旧難敵のチャレンジを切り抜けながら、いずれは自らが「切り掛かる」立場――錦織の言葉を借りれば「宮本武蔵ですかね」の境地――となる高みを目指します。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookから転載。連日大会レポートやテニスの最新情報を発信

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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