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テニス:40センチ以上の身長差を乗り越えて、西岡良仁が成したジャイアントキリング!

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

○西岡良仁 6-4,6-3 I・カルロビッチ

両者の身長差は、実に41センチ。試合前に二人が並んだ時は、そのあまりの差に客席からもどよめきが起こるほどでした。

しかし当の西岡は、「自分より大きな相手と戦うのは、僕にとって普通のこと」と、特に意に介する様子もなし。

その「普通のこと」に加え3週間前のメンフィス大会で、やはり2メートル越えのJ・イズナーと対戦した経験が、西岡にある種の心構えと大型選手攻略のヒント与えていたのでしょう。しかもメンフィスでは、イズナー対策としてカルロビッチと練習した事実もありました。

今度はそのイズナー戦の経験を糧に、カルロビッチと対戦する――それは決して偶然の符合ではなく、今や西岡がツアーを主戦場とする地位に居るからこそ、積み重ねることができた経験値でしょう。

そのような地位に自分が相応しい選手であることを、西岡はコート上で証明します。最初のサービスゲームでいきなり4本ブレークポイントを握られるも、巧みにサービスコースを打ち分け危機を回避。後に西岡も「あそこを凌いだのが大きかった」と振り返る、試合開始早々のターニングポイントでした。

「競ることで、相手に少しずつプレッシャーを掛かけていきたい」というプランが真に機能し始めたのは、ブレークの危機を3度凌いだ第6ゲーム。それまでのバックサイド狙いから一転、ボディとフォアサイドにサービスを散らす策に切り替えて、セカンドサービスでエースを決め窮地を切り抜けました。

またこの頃から西岡は、カルロビッチのサービスを徐々に攻略し始めます。それまでは相手のセカンドサービス時は下がって構えましたが、「下がっても届かない。ならば前に出てボールに合わせ、返ればOK」と割り切ります。

そうして迎えた、第9ゲーム――。最初のポイントで叩き込んだフォアのリターンウイナーが、カロルビッチの心に迷いの楔を打ち込みます。さらに続くポイントでは、2m11cmの巨躯がボールを見送ることしかできぬ会心のロブ。この2つのポイントが、サーブ自慢の心理に多大なプレッシャーを掛けたでしょう。サービスウイナーを1つ挟んだ後に、カルロビッチは2連続でダブルフォールト。相手のミスを誘ってついにブレークを手にした西岡が、颯爽、第1セットを奪い去りました。

巨人ゴリアテに立ち向かうダビデさがながらの西岡の痛快なプレーが、この時点で観客の心をつかんだのは間違いありません。西岡に向けられる声援は試合が進むごとに増え、カロルビッチはますます重圧を背負いこむようでした。3-3の並走状態で迎えた第2セットの第7ゲームで、またも二つのダブルフォールトを犯すカルロビッチ……。この機を逃さずブレークした西岡は、その2ゲーム後にも再びブレーク。大会最短身の170cmが、第19シードを破るジャイアント・キリングを成し遂げました。

西岡がトップ50の選手を破るのは、アカプルコ大会でのR・ハリソンとJ・ソックを含め、この僅か3週間で3度目のこと。今や上位陣との対戦でも、「挑戦というより、勝ちにいく気持ちに変わっている」ことが、さらなる勝利を呼び込む要因だと分析します。

その意味では次に対戦するベルディヒも、西岡の成長を測る恰好の試金石でしょう。両者の対戦は、2015年全仏が最初で最後。その時は0-6,5-7,3-6で敗れた西岡ですが、「あれから2年たって身体も強くなり、上の選手のボールにも対応できている。あの時より間違いなく接戦に持ち込めると思っています」と言いました。

その口調が、ことさら意気込むでも、自分を鼓舞する風でもない、ごく自然な響きであることに、真の自信が表れているようでした。

テニス専門誌『Smash』のfacebookから転載。連日、テニスの最新情報を掲載しています。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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