シリア「反体制派」へのロシアの空爆が欧米諸国にもたらす苦悩と恩恵

ロシア軍の空爆で破壊された「反体制派」車輌(写真:ロイター/アフロ)

2015年9月、今後のシリア情勢に大きな影響を及ぼすであろう二つの出来事が起きた。一つは、欧州への難民・移民の流入に対する関心の高まりであり、もう一つは、ロシア軍によるシリア領内での空爆開始である。

このうち、シリア領内でのロシア軍による空爆に対して、欧米諸国の首脳・政府高官、そしてメディアは、ダーイシュ(イスラーム国)だけでなく、「独裁体制」と戦う「反体制派」や民間人を標的としているとの批判を繰り返している。また、ロシアの空爆で「反体制派」が弱体化すれば、バッシャール・アサド政権とダーイシュの双方が勢力を伸ばし、シリア国内がさらに混迷するといった懸念が表明されている。

しかし、カッコ付きで敢えて標記したシリアの「反体制派」への空爆は、欧米諸国にとってどのような意味を持つのだろうか?

シリア軍の弱体化に対処するためロシアの軍事・技術支援が具体化

ロシア軍によるシリア領内での空爆開始は、シリア国内外での二つの変化を契機としていた。

第1の変化は、シリア軍の弱体化である。2013年以降、シリア軍は、民間人や退役軍人の志願者からなる「人民防衛諸組織」(非正規準武装部隊の国防隊、自警団の人民諸委員会、バアス大隊、東部地域人民抵抗、「颶風(ぐふう)の鷲」(シリア民族社会党民兵)といった民兵組織の総称)の動員や、レバノンのヒズブッラー、パレスチナ人のクドス旅団、パレスチナ解放軍との共闘、そしてイランやロシアの軍事支援を背景に、「反体制派」との武装闘争を有利に進めるようになっていた。

だが、2015年3月以降、サウジアラビア、トルコ、カタールが支援するアル=カーイダ系のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動、そしてイスラーム軍といったイスラーム過激派が勢力を盛り返し、シリア軍は北部のイドリブ県、そして南部のダルアー県で大敗を喫した。

この大敗により、従来の人的、物的な支援ではアサド政権の弱体化を食い止められないことがこれまで以上に明らかとなり、6月末のワリード・ムアッリム外務在外居住大臣(兼副首相)のモスクワ訪問を機に、ロシアによる軍事・技術支援強化、さらには軍事介入について具体的な協議が行われるようになった。そして、8月に入ると、ロシア空軍の展開を準備するため、シリア国内への武器・装備・物資搬入、滑走路などのインフラ整備が本格化した。

欧州における難民・移民問題がロシア軍の空爆を後押し

第2の変化は、シリア領内でのダーイシュに対する空爆への英仏、そしてオーストラリアの参加である。2014年9月に開始された有志連合のシリア空爆は、イラクの場合とは異なり、そのほとんどが米国単独によるもので、西側諸国は軍事作戦には参加していなかった。だが、8月になると、英国がまずシリア領内で空爆を行ったと発表し、9月にはフランスとオーストラリアがシリア領内でダーイシュの教練キャンプなどへの空爆に踏み切った。

シリアなどからの難民・移民の流入が欧米諸国でクローズアップされるなか、こうした空爆は、混迷を続けるシリア情勢への付け焼き刃的な対応策の一つとして、政治的意味を付与されたかのようだった。すなわち、欧米諸国は、難民・移民のほんの一部を受け入れるとの方針を打ち出すことで「人道主義」をアピールする一方で、難民・移民問題の主因であるシリアの紛争に対しては、「テロとの戦い」の名のもと、空爆をもって厳然と対処しているように見えた。

難民・移民の限定的受け入れも、シリア領内での散発的な空爆も、シリアでの紛争を恒久的に解決させるには不十分であることは一目瞭然だ。だが、欧米諸国は、これにとどまらず、アサド政権への姿勢さえも変化させることで、事態に対処しようとした。

米英仏独、サウジアラビア、トルコ、カタールなど「シリアの友」を自称する国は、これまではアサド政権の正統性を一方的に否定し、その打倒をもって「民主化」を推進すると主唱してきた。だが、シリアの紛争の「脅威」が、難民・避難民の流入という物理的なかたちで欧米諸国に波及するなか、米英独、そしてトルコまでもが、シリアでの体制転換(民主化)を実現するための移行期において、アサド政権の存続を事実上認めるという方針へと転換した。これらの国は、アサド政権は最終的には退陣すべきだと主張しているが、この方針転換を通じて、同政権を支援するロシア、そしてイランの役割への期待が相対的に高まり、そのことがロシアの介入を後押ししたのである。

ロシア軍が空爆する「反体制派」とは?

9月30日に開始されたロシア軍の空爆に関して、欧米諸国や日本では、ダーイシュ以外の組織が標的になっていることがことさら強調されている。また、反体制組織のシリア人権監視団やシリア革命反体制勢力国民連立(いわゆるシリア国民連合)は、空爆で民間人が犠牲になったとの発表を繰り返している。しかし、ロシアの指導部は、ダーイシュを主敵として掲げつつも、ヌスラ戦線、そしてそのほかの国際テロ組織を標的とすると明言しており、「ロシアの詭弁」を強調する主張は的を射たものとは言えない。

むろん、ロシア軍は10月1日、「自由シリア軍」を自称する山地の鷹旅団やイッズ連合の拠点を空爆した。このうち山地の鷹旅団への空爆では、米CIAの監督下で運営されていた軍事教練キャンプが標的となっており、そのことが米国防総省やCIAが教練を施している「穏健な反体制派」の弱体化をめざしているとの批判に説得力を与えた。

山地の鷹旅団は、アレッポ・ファトフ作戦司令室を名乗る連合組織に属す武装集団である。このアレッポ・ファトフ作戦司令室には、ヌールッディーン・ザンキー運動、ムジャーヒディーン軍、第101師団、第13師団など、「穏健な反体制派」とみなし得るような武装集団が参加しているが、戦闘を主導しているのは、シャーム自由人イスラーム運動、イスラーム軍、シャーム戦線といったイスラーム過激派である。またアレッポ・ファトフ作戦司令室は、イドリブ県やハマー県において、ヌスラ戦線、シャーム自由人、ジュンド・アクサー機構などからなるファトフ軍、ジュヌード・シャーム(チェチェン人組織)、トルコマン・イスラーム党などとも共闘している。

なお、本筋からは逸れるが、冒頭から何度か言及しているヌスラ戦線は、ダーイシュとの比較において、シリア人を主体とする組織だと思われがちである。だが、その指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニー氏の言によると、戦闘員の3割は外国人戦闘員(ムハージリーン)からなり、「反体制派」の最前線で戦っているのも彼ら外国人だという。

山地の鷹旅団に代表される「自由シリア軍」、ないしは「穏健な反体制派」は多くの場合、アル=カーイダ系組織を含むイスラーム過激派と共闘しており、そうすることによってのみ、彼らはシリア国内の武力紛争のなかで活動を維持しているのである(「反体制派」の実態については、拙稿「シリア反体制武装勢力の同質性と異質性」を参照されたい)。

「穏健な反体制派」のイスラーム過激派への依存は、ロシア軍のシリア空爆を批判する米国などの最近の言説において一切触れられていない。しかし、両者の「癒着」は、トルコ領内で軍事教練を受けた「穏健な反体制派」の第30(歩兵)師団(別名、新シリア軍)の第2陣部隊約70人が、シリア入国直後に、自らの身の安全を確保するために武器・弾薬の25%をヌスラ戦線に譲渡した事実が発覚したことで再認識されており、米国防総省も彼らに対する教練プログラムの中止を発表したばかりである。

ロシア軍の空爆は、米国が支援してきた「穏健な反体制派」に打撃を与えるという点で、欧米諸国にとっては確かに痛手なのかもしれない。だが同時に、欧米諸国は「反体制派の弱体化はロシアが空爆したためだ」との批判を続けることで、アル=カーイダ系組織とのつながりを断ち切ることができない「穏健な反体制派」支援策の失敗の責任をロシアに押しつけることができる。

しかし、自己正当化のためにロシア・バッシングに終始する欧米諸国には、「真の反体制派」であるヌスラ戦線などのアル=カーイダ系組織に対して断固たる姿勢で臨む気配は見られない。アル=カーイダに対するヒステリックとも言える「テロとの戦い」の発端となった9・11事件から14年を経た今、欧米諸国がシリアにおけるアル=カーイダから頑ななまでに目を反らし、それによってシリア国内の混乱を再生産し、自らをさらなる泥沼に引き込みこもうとしていることは何とも皮肉なことである。

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本稿は、2015年9月のシリア情勢を踏まえて執筆したものです。2015年9月のシリア情勢の推移については以下のデータを参照ください。

旬刊シリア情勢(2015年9月1~10日)http://syriaarabspring.info/?page_id=22274

旬刊シリア情勢(2015年9月11~20日)http://syriaarabspring.info/?page_id=22728

旬刊シリア情勢(2015年9月21~30日)http://syriaarabspring.info/?page_id=22999

また2011年以降のシリア情勢をより詳しく知りたい方は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」(http://syriaarabspring.info/)をご覧ください。