シリア紛争解決をめざす「ウィーン・プロセス」において合意されていないグレー・ゾーン

(写真:ロイター/アフロ)

10月23日にオーストリアの首都ウィーンで、米国、ロシア、サウジアラビア、トルコの外相が一同に会し、シリア情勢への対応をめぐる協議(ウィーン1会議)を開始した。同月30日、この4カ国に加えて、イラン、エジプト、ヨルダン、カタール、中国など13カ国の外相(中国は副外相)、スタファン・デミストゥラ・シリア問題担当国連アラブ連盟共同特別代表、EU外相も協議(ウィーン2会議)に参加、シリア紛争解決に向けた共同声明(ウィーン合意)を発表し、11月14日に開催予定の3度目の協議(ウィーン3会議)に向けた調整作業を続けている。

「ウィーン・プロセス」とでも言うべきこのプロセスについては、バッシャール・アサド大統領の進退をめぐって参加国間に意見の隔たりがあるといった報道が多くなされているが、実際のところ、このプロセスにおいてどのような問題が争点となっているのだろうか?

ウィーン・プロセスにいたる道のり

ウィーン・プロセスに先立ち、シリア国内外の当事者は「ジュネーブ・プロセス」、「モスクワ・プロセス」という二つのプロセスを通じて、紛争に対処しようとしてきた。

ジュネーブ・プロセスとは、2012年6月にスイスのジュネーブでの国連主催の会議(ジュネーブ1会議)で、米国、英国、フランス、ロシア、中国、カタール、クウェート、イラク、トルコの外相が採択したジュネーブ合意を起点とする和平プロセスである。拙稿「せめぎ合いのなか友好的敵対に軟着陸したシリア和平会議」(Synodos、2014年2月5日)で詳述した通り、このプロセスは「現下の紛争を平和的対話と交渉のみを通じて解決する」との原則のもと、武力行使の停止、移行期プロセスの開始といった紛争解決のグランド・デザインを定めたものである。

アサド政権の処遇に関して、ジュネーブ合意は「現政権、反体制組織、それ以外の組織のメンバーから構成され、完全なる行政権を有する移行期統治機関(移行期政府)を当事者の総意のもとに発足させる」と規定し、(少なくとも過渡期における)その存続を是認している。しかし、米国、英国、フランス、サウジアラビア、トルコ、カタールなど「シリアの友連絡グループ」を名乗る国々は、アサド政権の退陣を過渡期開始の前提条件と位置づけ、強硬姿勢を堅持した。なお、アサド政権の退陣の是非はシリア国民が決めるべきとの立場をとるイランは、このプロセスには参加していない。

2014年2月、ジュネーブ合意を履行するために開催されたのが、いわゆる「ジュネーブ2会議」である。米国、ロシア、そして国連の仲介によって、この会議では、シリア政府と反体制派の代表による初の直接会談が実現した。だが、反体制派の代表は、欧米諸国が「シリア国民の正統な代表」と位置づける在外の泡沫反体制組織、シリア革命反体制勢力国民連立(いわゆるシリア国民連合)の一部メンバーのみから構成され、それ以外の主要な反体制組織は招聘されなかった。また直接会談では、シリア政府がダーイシュ(イスラーム国、当時の呼称はイラク・シャーム・イスラーム国)やアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線といった反体制武装組織との「テロとの戦い」を重視すべきだと主張する一方、シリア国民連合はアサド政権の退陣を最優先すべきと反論し、対立した。

一方、モスクワ・プロセスは、2015年1月にロシア外務省の主催のもとに開始され、ジュネーブ2会議以降低迷することになったジュネーブ・プロセスの再活性化(ジュネーブ3会議の開催)がめざされた。1月と4月に開催された2度の会議(モスクワ1会議モスクワ2会議)には、シリア政府の代表と、シリア国民連合を除く反体制派の代表が参加した。そのなかには、ハサカ県北部やアレッポ県北部で自治を行い、同地でダーイシュと戦う西クルディスタン移行期民政局を主導するクルド民族主義政党の民主連合党(PYD)、アラブ民族主義政党やマルクス主義政党からなる民主的変革諸勢力国民調整委員会、そしてエジプトの首都カイロやシリア国内で活動する政治指導者など、シリアの反体制政治勢力の本流が含まれていた。シリア国民連合メンバー若干名も組織の代表としてではなく、個人資格で参加した。

モスクワ・プロセスは、ジュネーブ3会議開催を実現していないという点でいまだ未完のプロセスではある。だが、参加した反体制諸組織・活動家が、ダーイシュやヌスラ戦線といった武装集団に対する「テロとの戦い」にこれまで以上に力点を置き、また武装闘争ではなく、政治的交渉を通じて体制転換(アサド政権の退陣)をめざすことを確認したことは、大きな前進だったと言える。

ウィーン・プロセスにおける「グレー・ゾーン」

ウィーン・プロセスは、シリア領内での空爆で発言力を強めるようになったロシアのイニシアチブのもとで開始されたが、以上のような経緯を踏まえると、諸外国の関与を通じてモスクワ・プロセスを補完する意味合いを持っていることが分かる。

そこでの最大の争点と報じられたアサド大統領の進退をめぐっては、10月23日のウィーン1会議において、ロシア側が次期大統領選挙へのアサド大統領の不出馬などを提案したとのリークがパン・アラブ日刊紙『シャルク・アウサト』(10月23日付)によってなされた。その評価については、高岡豊氏が「中東かわら版No.109 シリア:紛争を巡る外交動向」(10月27日)において深淵な分析を行っているので割愛するが、30日のウィーン2会議では、結局この問題は決着せず、参加国は「アサド大統領の進退に関して合意しないことを合意」(『ハヤート』10月31日付)し、ウィーン合意を採択した(ウィーン合意全文は「シリア・アラブ春顛末期」10月30日付を参照)。

しかし、このウィーン合意は、アサド大統領の進退についての言及が見送られた以外にも合意されていない「グレー・ゾーン」が存在する。

ウィーン合意の第1項目は「シリアの統一、独立、領土保全、世俗性を基礎とする」と定めている。この文言における「世俗性」は、ウィーン・プロセス開始前にロシアのセルゲイ・ラヴロフ外務大臣とジョン・ケリー米国務長官の間で合意されており(NBC News、9月29日付)、シリア国内での反体制武装闘争を主導するダーイシュ、アル=カーイダ系組織のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動、ジュンド・アクサー機構、そして非アル=カーイダ系のイスラーム軍、シャーム軍団など、世俗性を否定するイスラーム過激派を排除することが示唆されている。

ウィーン合意はそのうえで、第6項目で「ダーイシュとそのほかのテロ組織を、国連安保理での決議および参加国の同意に基づき打倒する」定め、「テロとの戦い」の対象を明示している。だが、ウィーン2会議では、ダーイシュだけでなく、ヌスラ戦線をこの項目に加えようとしたロシアに対して、一部の参加国(サウジアラビア、トルコ、カタールだと思われる)が反対し、「そのほかのテロ組織」という文言に修正されたという。

11月13日に予定されているウィーン3会議では、和平プロセスにおいてシリア政府と交渉を行う反体制派を「峻別」することが最大の課題とされている。ロシアはウィーン2会議で、招聘可能な反体制活動家38の氏名を開示する一方(「シリア・アラブ春顛末期」10月30日付を参照)、「穏健な反体制派」の代表者も和平プロセスに参加させる用意があるとの意思を表明している。しかし、ロシアはその一方で、「穏健な反体制派」がシリア各地でアル=カーイダ系組織をはじめとするイスラーム過激派と共闘している現実を欧米諸国に突きつけるかのように、「穏健な反体制派」を実体として確認できないと主張し、シリア国内で活動するすべての武装集団を政治プロセスから排除しようとしている。

ウィーン・プロセス、そしてその地平にあるジュネーブ3会議においては、民間人を巻き込んだかたちで反体制武装集団掃討を続けるアサド政権の暴力とイスラーム過激派の活動の双方を制止するための具体策が提起されねばならない。しかし、反体制派は紛争発生から5年弱を経た今になっても一つにまとまることができず、アサド政権に対峙する態勢を整えていない。また「穏健な反体制派」とイスラーム過激派が表裏一体の関係をなすなかで、誰を「正当な反体制派」とみなすかについても、諸外国はコンセンサスに至っていない。

こうした状況こそがシリアの将来の不確実にし、アサド政権の(即時)退陣要求を空疎なものとしている。

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本稿は、2015年10月のシリア情勢を踏まえて執筆したものです。2015年10月のシリア情勢の推移については以下のデータを参照ください。

旬刊シリア情勢(2015年10月1~10日)http://syriaarabspring.info/?page_id=23304

旬刊シリア情勢(2015年10月11~20日)http://syriaarabspring.info/?page_id=23587

旬刊シリア情勢(2015年10月21~31日)http://syriaarabspring.info/?page_id=23825

また2011年以降のシリア情勢をより詳しく知りたい方は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」(http://syriaarabspring.info/)をご覧ください。