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国連安保理決議第2254号採択により紛争解決に向けた行程が確定するなか、シリア国内は依然混戦状態

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリア紛争の解決に向けた停戦プロセスと政治移行プロセスの行程を定めた国連安保理決議第2254号が採択され、シリア情勢が新たな局面を迎えつつあるなか、国内では一方でアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線が、シリア政府との対決姿勢を誇示しつつも新たな政治同盟の結成を模索、他方でシリア政府との対話に舵を切った親サウジアラビアのシャーム自由人イスラーム運動やイスラーム軍が、シリア軍の攻勢に対抗するためヌスラ戦線との連携を強化した。

こうしたなか米トルコが設置合意したアレッポ県北部の「安全保障地帯」西端では、米国が支援強化するシリア民主軍(西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊(YPG)主導)と、かつて米国が支援した「穏健な反体制派」を含むアレッポ・ファトフ軍作戦司令室が交戦、ダーイシュ(イスラーム国)も同地での攻勢を強めた。

2015年12月中旬のシリア情勢をめぐる主な動きは以下の通り。

1.シリア紛争解決に向けた停戦・政治移行プロセスの行程を定めた国連安保理決議第2254号が採択されるも、反体制派の交渉団の人選やテロ組織の峻別などをめぐる課題山積

国連安保理は12月18日、シリア紛争における停戦プロセスと政治移行プロセスの行程を定めた決議第2254号を全会一致で採択した。

同決議は、2012年6月30日のジュネーブ合意に基づき、シリア人主導のシリア人による政治移行プロセスを支持し、国連事務総長に対して、ウィーンでのISSG(国際シリア支援グループ)の二つの合意(10月30日の合意と11月14日の合意)に従い、2016年1月初めを目処にシリア政府と反体制派の交渉を開始させるよう求めている。

また、政治移行プロセスに関しては、交渉開始後6ヶ月を目処に「信頼できる包括的・非宗派的な(移行)政府」を樹立し、新憲法制定の日程と行程を確定し、その後18ヶ月を目処に、新憲法制定の自由で公正な選挙の実施、新憲法制定を実現することへの支持を表明している。

一方、シリア国内での停戦プロセスについては、政治プロセス(移行プロセス)と並行させることを承認し、加盟国、とりわけISSG諸国にその実現に向けた努力を増大させるよう求め、国連事務総長に対して、決議採択後1ヶ月以内に停戦監視のしくみに関して安保理に報告することを定めている。

そのうえで、ダーイシュ(イスラーム国)、シャームの民のヌスラ戦線、アル=カーイダあるいはダーイシュとつながりのあるその他すべての個人・組織、そして安保理やISSGが指定・合意するそのほかのテロ組織のテロ活動を抑止するようすべての加盟国に求めている。

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国連安保理決議第2254号の採択に先立ち、シリアの反体制派の合同会合(8~10日)で新設されたシリア政府との交渉にあたる反体制派統一代表団の人選を行うための最高交渉委員会(34人)が、サウジアラビアの首都リヤドで17、18日の2日間にわたって初会合を開き、リヤード・ヒジャーブ元首相を交渉委員会の委員長(総合調整役)に選出したほか、同委員会を「政治組織」とせず、シリア政府との代表団選出という限定的な目的のみを遂行する組織とすることを合意した。

会合開催前および開催中には、アサド政権との調整の拒否が採択されるといった情報や、サウジアラビアが後援するイスラーム軍が脱会するといった情報が流れた。

だが、閉幕後の記者会見で、ヒジャーブ元首相は「シリア人はアサド政権への処罰について譲歩しない」と強調しつつも、「たとえ我々が、政治的関係正常化をもたらすパートナーがいないと感じているとしても、相手との信頼醸成は重要だと確信している」と述べ、シリア政府との対話に臨む意思を表明し、国連安保理決議第2254号採択に至った国際社会に同調した。

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一方、ISSGも、国連安保理決議第2254号の採択に先だってニューヨークで外相級会合を開き、対応を協議した。

この会合では、停戦プロセスの「肝」とも言える反体制派の「テロ組織」と「合法的な反体制派」への峻別をめぐり議論が行われ、ヨルダンがシリア政府を後援するイラン革命防衛隊クドス旅団を、トルコが西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊(YPG)を主導するクルド民族主義政党の民主連合党(PYD)をテロ組織に指定し、停戦プロセスから排除すること(「テロとの戦い」で根絶すること)を提案した。

しかし、とりわけ、ヨルダンの提案に対して、イランが強く反発し、議事進行が中断する場面も見られた。

国連安保理決議第2254号採択後、米国、英国、フランス、トルコといった国々は、シリア政府の正統性を改めて否定し、アサド大統領の「即退陣」ではなく、政治移行プロセス後の退陣を改めて要求した。アサド大統領の進退は、シリア紛争におけるもっとも重要な争点に見えがちだが、その背景では、これらの国々が支援する雑多な反体制組織の「どれを切り捨てるか」という議論が粛々と進められていることが、ISSG外相級会合の議論から見て取ることができる。

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なお、国連安保理決議2254号が採択された前日の17日には、ダーイシュへの資金源遮断をめざす決議(2253号)も全会一致で採択されている。

2.シリア紛争解決に向けた停戦・政治移行プロセスをめぐる国際社会のコンセンサスにアル=カーイダ系のヌスラ戦線が一方で反発、他方で戦略転換を模索

国連安保理決議第2254号が採択されるのと前後して、反体制派における最大勢力の一つで、シリアにおけるアル=カーイダの支部であるシャームの民のヌスラ戦線が、シリア政府との反体制派の交渉に異議を唱えた。

ヌスラ戦線の最高指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニー氏は12月12日、アラビー21の単独インタビューに応じ、そのなかでサウジアラビアの首都リヤドでの反体制派合同会合を「殉教者の血への裏切りで、アサド体制への降伏だ」と非難した。

ジャウラーニー氏はまた、カタールやトルコとの関係を否定するとともに、アル=カーイダとの絶縁についても強く拒否した。

さらに「自由シリア軍」については、「自由シリア軍の名で活動するまとまりのない武装組織がいるだけで、実体的な組織構造を持ってはいない」と述べ、ヌスラ戦線の主導的役割を強調した。

一方、ヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動などからなるファトフ軍の事実上の統括者と目されるサウジアラビア人説教師のアブドゥッラー・ムハイスィニー氏は、国連安保理決議第2254号採択に伴う紛争終結に向けた国際的な機運の高まりを受けるかたちで、ツイッターの自身のアカウントで、ファトフ軍という軍事同盟に代わる新たな政治同盟の結成を呼びかけた。

ムハイスィニー氏は「解決策はファトフ軍の交代」と銘打たれた一連の書き込みのなかで、「我々は、強力な軍事同盟が解決策であった段階を通り越した…。今日、ファトフ軍という枠では充分ではなく、シャームの戦場が通過している困難な段階の諸要求に対応しきれなくなっている」としたうえで、「軍事的、合法的、行政的、司法的、政治的な同盟への早急な転換が必要だ」と主唱した。

3.ドイツはダーイシュとの戦いにおけるシリア政府との協力と、アサド大統領抜きでのシリア紛争の長期的解決を主唱しつつ、シリアの諜報機関との協力関係を再開

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ダーイシュ(イスラーム国)との戦いにおいて「シリア政府と協力する意思はない」と述べる一方、「シリアの危機はアサド抜きでの長期的な解決策が必要」との見方を示した。だが、その一方で、『ディ・ヴェルト』紙は、同国の諜報機関BNDが、イスラーム過激派に関する情報を交換するため、シリアの諜報機関(ムハーバラート)との協力関係を再開したと伝えた。

ドイツはまた、ダーイシュに対する空爆作戦に初めて参加、これによりシリア空爆に参加する有志連合は11カ国(米国、フランス、英国、オーストラリア、カナダ、バハレーン、ヨルダン、サウジアラビア、トルコ、UAE、ドイツ)となった。しかし、有志連合のシリア空爆の回数は、ダーイシュとの戦いへの欧米諸国首脳らの意志表明とは対象的に、1日あたり3回から7回と限定的なものにとどまった。

このほか、サウジアラビアは、アラブ・イスラーム諸国34カ国からなる新たな対テロ軍事同盟の結成を発表し、「テロとの戦い」における新たな戦線を開くと発表した。だが、この軍事同盟は、同国が軍事介入を続けるイエメンを想定したものであり、ダーイシュとの戦いの主戦場であるシリア、イラク、そして両国と戦略的パートナー関係を強化するイラン、そしてオマーンは同盟から排除された。

4.シリア軍が各地で反体制派やダーイシュへの攻勢を続けるなか、リヤドの反体制派合同会合に参加したシャーム自由人、イスラーム軍がヌスラ戦線との連携を強化

シリア紛争解決に向けた動きが国際社会において加速するなか、シリア軍は、ロシア軍の空爆支援やレバノンのヒズブッラー、イランなどとの連携のもと、アレッポ市南部郊外、ラタキア県北部、ダマスカス郊外県、ハマー県北部、イドリブ県各所でシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動、ジュンド・アクサー機構、イスラーム軍といったジハード主義武装集団への攻勢を続け、多くの民間人が戦闘(空爆、砲撃)に巻き込まれて死亡した。

ダマスカス郊外県において、シリア軍は、マルジュ・スルターン村、マルジュ・スルターン軍事飛行場一帯で、ヌスラ戦線などのジハード主義武装集団を掃討、同地を奪還することに成功した。マルジュ・スルターン村一帯および東グータ地方に対する、シリア軍の容赦ない攻撃に対して、反体制武装集団は、首都ダマスカス各所を砲撃し対抗、またマルジュ・スルターン村を喪失したイスラーム軍、シャーム自由人イスラーム運動、アジュナード・シャーム・イスラーム連合、ヌスラ戦線、ラフマーン軍団は合同作戦司令室を結成し、連携を強化した。

マルジュ・スルターン合同作戦司令室に参加した組織のうち、イスラーム軍とアル=カーイダ系組織のシャーム自由人イスラーム運動は、前述の通り、サウジアラビアのリヤドでの反体制派合同会合に代表を送り、シリア政府との交渉を模索する一方、ヌスラ戦線はシリア政府との交渉を拒否している。

ラタキア県では、トルコ国境地帯(いわゆるトルコマン山、クルド山一帯)で、シリア軍、国防隊、ヒズブッラー戦闘員が、ヌスラ戦線やトルコマン・イスラーム党などからなる反体制武装集団と攻防を続け、16日には戦略的要衝のヌーバ山を制圧した。だが、19日にはヌスラ戦線側が同地の奪還に成功した。

アレッポ県では、シリア軍、国防隊、ヒズブッラー戦闘員、イラン人・イラク人などの外国人戦闘員が、アレッポ市南部郊外一帯でヌスラ戦線、トルコマン・イスラーム党、シャーム自由人イスラーム運動などからなる反体制武装集団と交戦を続け、20日にはヌスラ戦線などの拠点都市ハーン・トゥーマーン市を制圧した。

一方、シリア軍は、ロシア軍の空爆支援を受け、ヒムス県中部(カルヤタイン市一帯、マヒーン町一帯、タドムル市一帯)、ダイル・ザウル県(ダイル・ザウル市など)、ラッカ県でダーイシュ(イスラーム国)との戦闘を続け、マンビジュ市ではロシア軍の空爆により50人が死亡した。

こうしたなか、ワアル地区での停戦を受けシリア政府の支配化に完全復帰したヒムス市では、12日にダーイシュが連続爆破テロを断交、またヒムス市アクラマ地区とファーラービー通りの2カ所でヌスラ戦線に所属する武装集団が仕掛け爆弾を爆破させた。

他方、ロシアのヴラジミール・プーチン大統領は、ダーイシュなどの「テロ組織」と戦う「自由シリア軍」を名乗る武装組織に対して武器弾薬物資供与していると発表したが、「北部師団」を名乗る武装集団のアスアド・ハンナー氏(政治局メンバー)や第13師団のアフマド・サウード報道官はこれを否定した。

5.米トルコが設置合意した「安全保障地帯」を中心に、YPGが主導するシリア民主軍、ヌスラ戦線と「穏健な反体制派」の連合組織アレッポ・ファトフ軍作戦司令室、ダーイシュが混戦

米トルコ両政府がアレッポ県北部に設置合意した「安全保障地帯」の西端に位置するアフリーン市一帯とアレッポ市シャイフ・マクスード地区で、西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊(YPG)と「自由シリア軍」を名乗る革命家軍が、ヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動が主導するアレッポ・ファトフ軍作戦司令室と交戦する一方、「安全保障地帯」におけるシャーム戦線の拠点都市マーリア市一帯では、シャーム戦線がダーイシュと交戦した。

このうちYPGと革命家軍はシリア民主軍を構成する組織で、米国が支援を増大させている。

また、アレッポ・ファトフ軍作戦司令室は、アル=カーイダ系組織を含むジハード主義武装集団や「穏健な反体制派」と目される以下の組織から構成され、米国は、シリア民主軍への支援強化に政策変更する以前はこのなかの「穏健な反体制派」を支援してきた。

シャーム戦線、シャーム自由人イスラーム運動、イスラーム軍、シャーム軍団、シャーム革命家、「命じられたままに正しく進め」連合、カリフの暁大隊、ヌールッディーン・ザンキー運動、ムジャーヒディーン軍、スンナ軍、アブー・アマーラ特殊作戦連隊、第101師団、第16師団、第13師団、ファトフ旅団、スルターン・ムラード旅団、フルサーン・ハック旅団、ガーブの鷹旅団、ハック旅団、フルカーン旅団、バヤーリク・イスラーム運動、自由旅団、バヤーン運動、アターリブ殉教者旅団、スルターン・ムハンマド・ファトフ旅団、アサーラ・ワ・タンミヤ戦線、イッザ連合、エリート部隊。

YPG、革命家軍とアレッポ・ファトフ軍作戦司令室は20日にアフリーン市一帯とアレッポ市シャイフ・マクスード地区での停戦に合意した。だが、シリア自由人旅団はこの合意を拒否、戦闘継続の意思を表明した。

一方、ハサカ県のカーミシュリー市では、西クルディスタン移行期民政局アサーイシュがシリア軍、治安部隊、国防隊21人を逮捕した。

6.イスラエル軍の空爆と思われる攻撃でヒズブッラーの幹部1人がダマスカス郊外県ジャルマーナー市で死亡

SANAは、レバノンのヒズブッラーのメンバーで、約30年間(1979年に捕捉)のイスラエルでの投獄生活の末に2008年の捕虜交換で解放されたサミール・クンタール氏が19日晩、ダマスカス郊外県ジャルマーナー市南部にある住宅街に対する「テロ砲撃」で死亡したと伝えた。

これに関して、ヒズブッラーはマナール・チャンネルを通じて声明を出し、クンタール氏がイスラエル軍の空爆で殺害されたと断じた。

イスラエル軍は、ロシア軍がシリア領内での空爆を開始(9月30日)した半月後の10月15日、ラタキア県フマイミーム軍事飛行場に本営を構えるシリア駐留ロシア空軍との間にホットラインを開設し、シリア領空での飛行に関する情報交換を開始、以降、10月30日、11月12日、11月24日、12月4日にシリア領空のヒズブッラー拠点やシリア軍拠点を攻撃するなど、越境空爆を頻発化させていた。

ジャルマーナー市はダマスカス県とダマスカス国際空港の間に位置する都市で、シリア政府支持者が多く暮らしているが、攻撃を受けた同市内の建物にクンタール氏が滞在していたとする情報をイスラエル軍(ないしは反体制武装集団)がどのように入手したかは不明。

また、シリア駐留ロシア軍が、イスラエル軍によるとされるクンタール氏暗殺作戦を事前に承知していたかも不明。

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本稿は、2015年12月中旬のシリア情勢を踏まえて執筆したものです。 主な記事はこちらを参照ください。

またシリア情勢についてもっと詳しく知りたい方は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」(http://syriaarabspring.info/)をご覧ください。

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東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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