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シリア軍はジュネーブ3会議開始を尻目に攻勢を続け、国境地帯の戦略拠点を奪還、ISは爆弾テロで対抗

青山弘之東京外国語大学 教授
(提供:SANA/ロイター/アフロ)

シリア政府と反体制派による和平交渉「ジュネーブ3会議」は、反体制派代表団の人選をめぐるシリア国内外の当事者どうしの対立により、開催に遅れが生じたが、双方の代表団は1月30日までにジュネーブ入りし、スタファン・デミストゥラ・シリア問題担当国連アラブ連盟共同特別代表は、間接交渉開始に向け調整を続けた。シリア政府はデミストゥラ共同特別代表との準備会合で、反体制派代表団からの「テロリスト」の排除を求める一方、反体制派は、シリア軍、ロシア軍による空爆停止、包囲解除、人道支援搬入許可を改めて要求した。両者の意見の隔たりは依然として大きく、交渉の先行きは不透明なままである。

一方、ジュネーブ3会議の開催時期が迫るなか、シリア国内では、ロシア軍の支援を受けたシリア軍が、ラタキア県、ダルアー県などでアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線などからなる反体制武装集団に対する攻勢を続け、国境に近い二つの戦略拠点(ラビーア町、シャイフ・マスキーン市)を制圧、またアレッポ県ではダーイシュ(イスラーム国)の掃討を続け、その拠点都市の一つバーブ市に迫った。

これに対し、ダーイシュはダイル・ザウル市内で支配地域を拡大するとともに、ヒムス市、ダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ市で爆破テロを敢行した。

このほか、イドリブ県、ダルアー県では、ヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動など反体制武装集団の不和が表面化、さらにシリア紛争に関与する諸外国は、ロシアとトルコが、アレッポ県北部のいわゆる「安全保障地帯」でのダーイシュの攻勢に対抗するかたちで干渉し、対立した。

2016年1月下旬のシリア情勢をめぐる主な動きは以下の通り。

1.ジュネーブ3会議に向け、シリア政府、反体制派双方の代表団がジュネーブ入り

国連安保理決議第2254号が定めるシリア紛争解決に向けた政治プロセスを推進するため、シリア政府と反体制派の代表団による和平交渉「ジュネーブ3会議」開催に向けた最終調整がスタファン・デミストゥラ・シリア問題担当国連アラブ連盟共同特別代表、そして米国のイニシアチブのもとに進められた。

会議は当初、1月25日開催を予定していたが、反体制派の代表団の人選をめぐって調整が難航し、開催日は29日、2月1日と繰り越されていった。本稿執筆時点(2月2日)においては、2月2日にシリア政府、反体制派とデミストゥラ共同特別代表との個別会談が行われる予定となっている。

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会議の一方の当事者であるシリア政府代表団は、バッシャール・ジャアファリー国連シリア代表(駐ニューヨーク)を団長とする16人がジュネーブ入りし、29日にデミストゥラ共同特別代表と準備会合を持った。

この準備会合でシリア政府代表団は、シリアの統合、独立、主権の維持に努めるとの姿勢を改めて示すとともに、「テロ組織を庇護し、これらの組織が国際テロ組織に認定されることを拒否する勢力」が反体制派の代表のなかに含まれていると指摘、具体的にはイスラーム軍やシャーム自由人イスラーム運動が、反体制派の代表団の人選を主導するリヤド最高交渉委員会(そして同委員会を設置したリヤドでの反体制派合同会合)に参加していることに改めて異論を唱えた。

イスラーム軍はサウジアラビアの後援を受ける非アル=カーイダ系組織で、ダマスカス郊外県東グータ地方を主な活動拠点とする。

同地方では、ロシア軍の空爆開始以降、シリア政府が攻勢を強め、イスラーム軍は劣勢を打開するため、アル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、そしてアル=カーイダとの関与を否定するアル=カーイダ系組織のシャーム自由人イスラーム運動などとともにマルジュ・スルターン作戦司令室を結成し、共闘している。

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反体制派の代表団のジュネーブ3会議への参加は、リヤド最高交渉委員会による代表団の人選の是非をめぐる対立のなかで難航した。リヤド最高交渉委員会が、一方で代表団の交渉責任者にイスラーム軍幹部のムハンマド・アッルーシュ氏を、また団長にアスアド・ズウビー准将に任命し、他方でシリア北部で支配地域を拡大する西クルディスタン移行期民政局を主導するクルド民族主義政党の民主連合党(PYD)を排除したことで、イスラーム軍を「テロ組織」みなすシリア政府、ロシア政府、そしてリヤド最高交渉委員会と一線を画す反体制派が反発したのである。

リヤド最高交渉委員会の人選は、イスラーム軍を後援するサウジアラビア、そしてPYDと関係が深いクルディスタン労働者党(PKK)をテロ組織に指定するトルコの意向を色濃く反映していた。

これに対して、ロシアは、PYD、西クルディスタン移行期民政局、さらには同民政局の武装部隊である人民防衛部隊(YPG)が主導するシリア民主軍の政治母体であるシリア民主評議会の代表らからなるいわゆる「ロシア・リスト」と称される代表団候補者リストを開示し、ジュネーブ3会議への彼らの追加参加と、イスラーム軍のアッルーシュ氏、ズウビー准将の排除を求めた。「ロシア・リスト」に名を連ねる反体制派各派もこれに同調する姿勢をとった。

シリア民主軍への支援を通じてPYD、YPGとの連携を強めている米国もロシアに同調し、ジョン・ケリー国務長官がリヤド最高交渉委員会の委員長を務めるリヤード・ヒジャーブ元首相に対して「毒杯をあおる」よう迫り、ロシア政府の要求に応じるよう求めるとともに、ジュネーブ3会議に出席しなければ「支援を打ち切る」と警告した。

リヤド最高交渉委員会は、ジュネーブ3会議への参加の条件として、シリア軍、ロシア軍による空爆の停止、反体制派の支配下にあるマダーヤー町(ダマスカス郊外県)などへの包囲解除と人道支援物資搬入を要求したが、最終的には米国の圧力に屈するかたちで会議への参加に応じ、30日晩、ズウビー准将、アッルーシュ氏ら代表団がジュネーブ入りした。

なお、米国は、リヤド最高交渉委員会の代表団のジュネーブ3会議への参加を説得するのと並行して、民主連合党に「今次ラウンドへの参加を見合わせる」よう説得する一方で、「次回ラウンドへの参加」を保障、これを受け、民主連合党のサーリフ・ムスリム共同党首は会議への参加を見合わせた。また民主連合党がジュネーブ3会議に参加した場合、ISSG(国際シリア支援グループ)から脱会すると意思を示していたトルコ政府は、これを受け、ISSGへの残留を決定した。

一方、リヤード最高交渉委員会のジュネーブ3会議への参加決定は、「穏健な反体制派」と目されるザーウィヤ山の鷹旅団(イドリブ県で活動)の反発を招き、同旅団はリヤード最高交渉委員会からの脱会を発表した。

総じて、リヤード最高交渉委員会のジュネーブ3会議への参加は、民主連合党を排除するというトルコの要求、会議への参加という米国の要求を踏まえるかたちで実現し、ロシア、シリア政府、そして「モスクワ・リスト」に名を連ねる反体制派が要求するイスラーム軍の排除は見送られるかたちとなった。

2.シリア軍はアレッポ市東部に進軍を続けるなか、ダーイシュ(イスラーム国)はヒムス市、ダマスカス郊外県ザイイダ・ザイナブ市で爆破テロを敢行、「安全保障地帯」ではトルコとロシアが介入を強める

シリア軍がアレッポ県東部にあるダーイシュ(イスラーム国)の拠点都市の一つバーブ市に向けて進軍、ロシア軍の空爆支援を受けて同市近郊およびサフィール市郊外の発電所に近いカタル村、タッル・ハッターバート村、アイン・ハンシュ村、バールーザ村、アイン・ジャマージマ村、タンヌーラ村、アファシュ村、タッル・マクスール村を制圧した。

ロシア軍、そして有志連合による空爆は、バーブ市一帯に加えて、ラッカ県、ダイル・ザウル県、ハサカ県各所のダーイシュ拠点に対して集中的に行われたが、これらの地域におけるシリア軍、シリア民主軍の進軍は緩慢で、民間人の被害が目立った。

とりわけ、ロシア軍が「人道作戦」と称してシリア支配地域への食料・医療支援を強化したダイル・ザウル県では、ダーイシュがむしろ攻勢に転じ、ダイル・ザウル市ラシュディーヤ地区にあるユーフラテス大学文学部キャンパス、ウンス・ブン・マーリク・モスク一帯がダーイシュによって制圧された。

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ダーイシュの反転攻勢は、シリア政府の支配下にあるヒムス市やダマスカス郊外県にも及んだ。ダーイシュは26日にヒムス市ザフラー地区で、また27日にヒムス市ハムラー地区で爆弾テロを行い、住民、警官合わせて16人を殺害した。また31日には、ダマスカス郊外県のサイイダ・ザイナブ市内クーア・スーダーン地区にある旅客バス発着場で連続自爆テロを実行し、71人(民間人29人、シリア人および外国人の戦闘員42人)を殺害した。

サイイダ・ザイナブ市は、12イマーム派の聖地の一つサイイダ・ザイナブ・モスク(廟)を擁し、イラン、イラク、レバノンなどからのイスラーム教12イマーム派の信徒の巡礼コースとなっている。また、イラク戦争(2003年)後の混乱のなかで多くのイラク人が同地に難民として押し寄せた。

なお、ダーイシュによるテロ頻発を受け、ヒムス市では政府の治安対策を批判するデモが発生した。

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米トルコ両政府が2015年半ばに設置合意したアレッポ県北部のいわゆる「安全保障地帯」内では、ダーイシュ(イスラーム国)がアアザーズ市北東部で攻勢を続け、バッル村などを制圧した。

ダーイシュの攻撃に対して、トルコマン人(トルコ系シリア人)からなるとされるスルターン・ムラード師団、シリア・ムスリム同胞団系のシャーム戦線などシャーム戦線諸組織は、有志連合の支援を受けて戦闘を継続したが、劣勢は打開されず、このことがダーイシュとの戦闘に消極的だったトルコ軍の介入を増大させた。

トルコ軍は、シャーム戦線諸組織を支援するかたちで、アアザーズ市北東部の国境地帯に加えて、ユーフラテス河畔のジャラーブルス市一帯でダーイシュと交戦する一方、戦火(砲弾)はガジアンテップ市郊外、キリス市郊外にも及んだ。

ロシア軍もまた、「安全保障地帯」でのダーイシュとシャーム戦線諸組織との戦闘に介入、30日にはダーイシュの支配下にあるトゥルクマーン・バーリフ村、ガイラーニーヤ村、タラーリーン村を空爆、ダーイシュ戦闘員1人と住民複数人が死亡した。

しかし、トルコ政府は同日、ロシア軍戦闘機が29日にシリアとの国境に近いトルコ領空を侵犯したと発表した。

3.ロシア軍の空爆支援を受けるシリア軍がダルアー県シャイフ・マスキーン市、ラタキア県ラビーア町などを制圧

シリア軍、人民防衛諸集団、ヒズブッラー戦闘員、アラブ系・アジア系外国人戦闘員は、ロシア軍の空爆支援を受け、アル=カーイダ系・非アル=カーイダ系のジハード主義武装集団が主導する反体制武装集団との戦闘を続け、ダルアー県ではアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線の戦略拠点とされるシャイフ・マスキーン市を、またラタキア県では「クルド山地方」、「トルコマン山地方」と称されるトルコ国境地帯におけるジハード主義武装集団の中心拠点ラビーア町など複数の村、丘陵地帯を制圧した。

ロシア軍による空爆支援はまた、イドリブ県、アレッポ県、ヒムス県などで重点的にに行われ、22日にはロシア軍戦闘機がトルコ国境に位置するバーブ・ハワー国境通過所一帯を空爆、数十人が死傷した。

ラタキア県クルド山地方、トルコマン山地方、そしてイドリブ県北部など、トルコ国境での空爆を激化させるなか、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は、トルコが最近になってアレッポ県北部(アアザーズ市一帯)で西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊主導のシリア民主軍への反抗を続けるヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動に対して大規模な支援を行っていると断じ、非難した。

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シリア軍が各地で攻勢を続けるなか、アル=カーイダ系組織のジュンド・アクサー機構、ヌスラ戦線、シャーム軍団、フルサーン・ハック旅団、イッザ軍、中部師団、などからなるジハード主義武装集団と「穏健な反体制派」の連合軍が、ハマー県北部(イドリブ県境)のラハーヤー村、ブワイダ村、マアルキバ村、タッル・ブザーム村、ズラーキーヤート村一帯で、シリア軍検問所・拠点を襲撃、制圧した。

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このほか、アレッポ市では、スッカリー地区にあるアル=カーイダとの関係を否定するシャーム自由人イスラーム運動の本部前で爆弾が仕掛けられたタンクローリーが爆発し、戦闘員19人を含む23人が死亡した。

4.シリアのアル=カーイダ「ヌスラ戦線」とアル=カーイダへの関与を否定するアル=カーイダ系組織「シャーム自由人イスラーム運動」の不和が表面化

イドリブ県とダルアー県で反体制武装集団どうしの不和が表面化した。

イドリブ県では、ファトフ軍を主導する二つのアル=カーイダ系組織、シャームの民のヌスラ戦線とシャーム自由人イスラーム運動がサルキーン市で交戦、ヌスラ戦線が市内のシャーム自由人イスラーム運動の福祉局を制圧した。戦闘はハーリム市でも行われ、同地はシャーム自由人イスラーム運動によって制圧された。

支配地域の行政をめぐる対立によるとされるこの衝突は、イーマーン大隊の仲介で収束、両者はシャリーア委員会を設置し、衝突に関与した戦闘員の処罰を行うことで合意した。

しかしその後、ロイターは、複数の反体制派消息筋の話として、シャーム自由人イスラーム運動をはじめとする反体制武装集団とヌスラ戦線との間で行われていた統合に向けた折衝が決裂したことが、衝突の背景にあったと伝えた。

同消息筋によると、会合は1月20日頃にヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動、そしてイドリブ県で活動するその他のファトフ軍構成組織などの幹部らによって開かれ、一部の武装集団は、統合によってダーイシュ(イスラーム国)への優位を印象づけ、軍事的支援増をもたらすと考えていたという。

ヌスラ戦線の最高指導者と目されるアブー・ムハンマド・ジャウラーニー氏は、統合が実現した場合、組織の改称にも応じるとの姿勢を示したものの、アル=カーイダとの関係を絶つことを拒否し、統合の試みは頓挫したという。

なお、シャーム自由人イスラーム運動は、アル=カーイダの元メンバーらが主導して結成された組織だが、アル=カーイダへの忠誠を拒否し、アル=カーイダとの関係を否定、サウジアラビアやトルコの後押しを受けてリヤド最高交渉委員会に参加している。

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ダルアー県では、イスラーム・ムサンナー運動の戦闘員がヨルダン国境に位置するナスィーブ村にあるヤルムーク軍の検問所を襲撃し、戦闘員3人を殺害した。

これを受け、反体制武装集団12組織が共同声明を出し、ナスィーブ村襲撃を非難し、同組織を「イスラーム教徒の敵」と断じ、宣戦を布告、ナスィーブ国境通過所を管理するハウラーン法務局への投降を呼びかけた。

共同声明を出したのは、ヤルムーク軍、イスラーム軍、ムハージリーン・ワ・アンサール旅団、スンナ青年師団、南部自由人旅団、ファッルージャト・ハウラーン師団、ヒヤーラ・ザイディー師団、スンナの獅子師団、アームード・ハウラーン師団、サラーフッディーン師団、タウヒードの暁師団、機甲ミサイル中隊。

5.YPG、ヌスラ戦線、シリア軍がアレッポ市シャイフ・マクスード地区で混戦

西クルディスタン移行期民政局が実効支配するアレッポ市シャイフ・マクスード地区では、人民防衛部隊(YPG)がアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動の攻撃に対峙し戦闘を続けた。

また、アレッポ市周辺一帯(北部、西部、南部)でヌスラ戦線などからなる反体制武装集団と、そしてアレッポ市東部でダーイシュ(イスラーム国)と戦闘を続けるシリア軍は、アレッポ市シャイフ・マクスード地区を空爆し住民4人が死亡した。

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一方、西クルディスタン移行期民政局アフリーン地区の中心都市アフリーン市の郊外一帯では、同地以東のいわゆる「安全保障地帯」で有志連合やトルコ軍の後援のもとにダーイシュ(イスラーム国)と戦闘を続けるシャーム戦線が、ヌスラ戦線とともに、米国、ロシアが後援するシリア民主軍(人民防衛部隊、革命家軍など)と交戦した。

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本稿は、2016年1月下旬のシリア情勢を踏まえて執筆したものです。 主な記事はhttp://syriaarabspring.info/?page_id=26022を参照ください。

またシリア情勢についてもっと詳しく知りたい方は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」(http://syriaarabspring.info/)をご覧ください。

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東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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