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踏んだり蹴ったりのレオナルド・ディカプリオ、美しくも恐ろしい「黄泉の国」を彷徨う

渥美志保映画ライター
(写真:ロイター/アフロ)

今回は「4月の絶対面白い映画」の中から、ついに公開の『レヴェナント 蘇りし者』をご紹介します。

レオナルド・ディカプリオが主演男優賞を獲得しましたが、その他にもいくつもの部門でノミネート、受賞を果たしたこの作品。演技から映像からエピソードから、すべてがテレビやPC画面のスケールに収まらない規格外の作品ですから、絶対に大スクリーンで見てほしい作品です。ということで、言ってみましょう。

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まずは物語。舞台は1823年のアメリカ開拓時代の西部、主人公のヒュー・グラスはネイティブ・アメリカンの妻を持つ白人で、ガイド役として息子と共に、アメリカ軍が率いる毛皮捕獲隊に参加しています。狩猟を終えあとはミズーリ川を下って砦に戻るというところでアリカラ族の襲撃を受けた隊は、グラスの進言により陸路で戻ることに。その道中で、グラスはハイイログマに襲われ瀕死の重傷を負ってしまいます。

隊長のヘンリー大佐はグラスを残す苦渋の決断を下し、ふたりのハンター、フィッツジェラルドとブリジャーに特別ボーナスを支払い、年若い彼の息子に付き添わせます。彼の臨終を看取り埋葬させるためです。ところがグラスはしぶとく生き続けます。早く砦に戻りたい上に、もともとグラスと反目していたフィッツジェラルドは、彼の生き埋めにしようとして息子に見つかり、こちらを殺害。ブリジャーを唆して急き立て、グラスを置き去りにしてしまいます。

悪役は、今や飛ぶ鳥落とす勢いの”マッド・マックス”ことトム・ハーディー。
悪役は、今や飛ぶ鳥落とす勢いの”マッド・マックス”ことトム・ハーディー。

息子を失った絶望の中、憎しみと復讐心を糧に奇跡の回復を遂げたグラスは、フィッツジェラルドを追い、未開の原野を歩き始めます。

何がすごいって、やっぱりレオの「踏んだり蹴ったりぶり」なんですよね~。今グーグルでレオナルド・ディカプリオと入力すると、予測ワードで「熊」って出てきたりすることがありますが、”死んだふり”しても執拗に襲ってくるクマのシーンを始め、凍り付いた川に飛び込んで流されたり、バッファローの生肉を犬と奪い合って(ほんとに)食べたり、真っ裸で****の中に入る羽目になったり、もう全編血だらけ泥だらけ、というのを、ノースタントでやっていて「マジでレオが死ぬから!」とスクリーンに向けて何度も叫びそうになりました。

「つうか、俺オスカーのためなら、何でもやります!」っていうレオの足元を見て、んじゃやってもらおうかいと無理難題おしつけたんか!イニャリトウ!鬼!みたいな気持ちになります。が、まあこの辺は世の中でよく言われている話なんで、私のほうはちょっと違う点を書いてみたいと思います。

きれいなスチールしかありませんね~。映画会社、警戒しております(笑)。
きれいなスチールしかありませんね~。映画会社、警戒しております(笑)。

レオと同時にオスカーを受賞したエマニュエル・ルベツキ、『ゼロ・グラビティ』『バードマン(あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の撮影監督で、史上初の3年連続受賞を成し遂げたその映像のすばらしさは、絶対に言わねばなりません。本当にどんなところで、どうやって撮ったんだろうと思う場面が目白押しです。

雪を頂く山々を背景に広がる誰もいない雪原、その遥か彼方から歩いてくる米粒の様な大きさのレオ。朝霧の中に立ち枯れた木々が浮かぶ薄暗い森の中、その空気が含む水分。平原の中に積み上げられたバッファローの頭蓋骨、朽ち果てた教会。瀕死のレオはクマに喉をやられて声が出ず、そもそも2時間弱はほぼ一人旅なので、そうした(「雄大」ではなく)広漠、幽玄とした大自然が、レオのすごい演技とがっぷりよつ。これぞスクリーンで見るべき映画です。(付け加えるなら、セリフのないレオの心情を奏でる坂本龍一の音楽も、本当に素晴らしい!)

これは夜明けか、日没か。美しいです~。
これは夜明けか、日没か。美しいです~。

映画はサバイバルものだし、レオの行動はサバイバルそのものではありますが、その合間を繋ぐ自然の映像があまりに幻想的で、いわゆるサバイバルものの激しさとは異なる、スピリチュアルな静けさが漂います。個人的にぴったりだと思うのは「黄泉の国」というイメージ。瀕死のレオが彷徨っているのは「文明と非文明」「白人とネイティブ・アメリカンの世界」の境界であると同時に、「肉体と精神」「生と死」の境界なんですね。

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトウ監督の作品って、『21グラム』にしろ『バベル』にしろ『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』にしろ、常に「物質とは違う世界」「人間の力の及ばない何か」が感じられる作品が多いのですが、『レヴェナント 蘇りし者』もそう言うものがすごく感じられます。映画は復讐をするその一念のために生き延びた男が、その道中で出会う様々な出来事を通じて、人智を越えたものの存在に気づいてゆく、グラスの心の旅路を描いた物語とも言えます。そうした後に、自分のすべきことの意味合いが変わってゆくことは当然ですよね。

技術的なことはあまり詳しくないのですが、この映画の桁違いのすごさを、漏れ聞こえてくるエピソードからいくつかご紹介しましょう。

映像は全編ロケで自然光で――遠景を撮る時、ライトの光なんて当然届きませんから――撮っているんですが、それってほんとうに大変なことです。外での撮影は当然ながら「天気待ち」が必要になるし、条件が変われば空の色も雪の色も変わってシーンが繋がらなくなっちゃいますよね。聞けば、撮影場所は宿泊場所から車で数時間かかる奥地で、一日に1~2時間程度しか撮影できない日が続き、時系列順の撮影期間は延び延びになり、季節が変わっちゃったのでロケ地を北米から南米に移動し、フィッツジェラルド役のトム・ハーディーは次の出演作をキャンセルし、余りの過酷さにスタッフは不満を爆発させ、予算は40億円もオーバーし……と、そりゃもう大変なことだったとか。

それでも「スタッフの中には、いくつかの場面をCGでやっていたら、あんな悲惨さ状況も避けられたし、金も節約できたと信じているものもいるようだが、それこそ自分がやりたくなかったことだ。もしグリーンバックでコーヒーでも飲みながら、楽しく愉快に撮影していたら、クソみたいな映画になったはず」と、周囲の状況を押切って映画を完成させられるのが、イニャリトウの豪胆さ。こういう監督、『地獄の黙示録』のコッポラとか、『フィッツカラルド』のヘルツォークとか、70~80年代にはそこそこいましたが、今ではこの人以外にちょっと見当たりません。

ということで、『レヴェナント』、かなり長い映画で体力使う作品ですが (^^;)、DVDで見るなんてもったいない、これぞスクリーンで見るべき歴史に残る映画です。ぜひぜひ劇場へ足をお運び下さいませ!

ディカプリオインタビューも見つけましたので、ご興味があればこちらもどうぞ

『レヴェナント 蘇りし者』

4月22日公開

公式サイト

(C)2016 Twentieth Century Fox

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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