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ギリシャ危機は借金問題ではない。階級政治だ

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
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いまや、それは階級政治だ。ギリシャ危機はファイナンスや債務返済の問題ではない」というのは、イギリスの国宝的映画監督であり、政党レフト・ユニティーの創設者であるケン・ローチの言葉だ。

ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツや『21世紀の資本』のトマ・ピケティ、そして先日BBCの「英国で最も影響力のある女性」に選ばれたスコットランドのニコラ・スタージョン首相など、ギリシャ政権への共鳴を表明している人は少なくない。(さらに、ここに来てIMFもチプラス首相のギリシャの債務についての主張と似たようなことを言いだしており、EU側と揉めているという説もある)

先日、ネットでギリシャ危機支援の募金を始めた英国人のことがニュースになっていた(立ち上げから5日目で募金が100万ユーロ(1億3700万円)を超えた)が、これは単に「ギリシャの人たちが可哀そう」という理由だけで行っているわけではない。募金者にチプラス首相のポストカードが贈呈されていることでもわかるように、ドイツを大ボスとするEUに追い込みをかけられている「シリザのギリシャ」を支持しているからだ。EU離脱の国民投票を控えている英国からこういう動きが出て来ていることは、EUから出たくない+緊縮派の英国のキャメロン首相にとって心中穏やかではないだろう。反緊縮ムーヴメントは、多くのヨーロッパの為政者たちにとり、さっさと潰してしまいたい厄介ごとの種なのである。

しかし、ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツはガーディアン紙に寄稿した記事中で、反緊縮ではなく、緊縮こそが欧州の災いの種なのだと書いている。

「5年前にトロイカ(欧州委員会+IMF+ECB)がギリシャに押し付けた経済プログラムは大失敗に終わり、ギリシャのGDPは25%減少した。これほど故意な、そして壊滅的な結果をもたらせた不況を私は他に思い浮かべることができない。ギリシャの若年層の失業率は現在60%を超えているのだ。衝撃的なのは、トロイカはこれに対する責任の受け入れを拒否しているということであり、自分たちの予測や構想がどれほど劣悪だったか認めていないことだ。さらに驚くべきことに、彼らは学んでいない。いまだに2018年までにGDP比3.5%の財政黒字を達成するようにギリシャに要求している」

「世界中の経済学者たちがこの目標は懲罰的だと非難している。こんなことを目標にすれば景気はさらに悪化する。たとえ誰も想像できないようなやり方でギリシャの債務が整理されたとしても、トロイカが要求する目標を達成しようとすればギリシャの景気下降は続く」

「明確にしなくてはいけないのは、ギリシャに融資された巨額の資金の殆どはギリシャには入っていないということだ。それは民間の債権者への支払いに使われており、その中にはドイツやフランスの銀行も含まれている。ギリシャはすずめの涙ほどの金を得て、これらの国の銀行システムを維持するために大きな代償を払っている。IMFその他の「公式」な債権者は、要求されている返済など必要ない。いつも通りのシナリオなら、返済された金はまたギリシャに貸し出されるだろう」

「これはマネーの問題ではない。ギリシャを屈服させ、受け入れられない条件を受け入れさせるために「期限」を使っているのだ。緊縮だけでなく、他の後退的、懲罰的政策をギリシャ政権に行わせるためにそれを利用しているのだ。だが、なぜ欧州はそんなことをするのだろう?」

出典:″How I would vote in the Greek regerendum" Joseph Stiglitz (The Guardian)

この問いへの回答のようなことを、トマ・ピケティが言っている。

「EU本部とドイツ政府の複数の人々を見ているとこんな感じですね。『ギリシャを排除しろ』」

出典:"Piketty Says EU Politics Risks Driving Greece Out of Euro" (bloomberg.com)

ピケティ「僕はシリザの党員でも支持者の一人でもない。僕は我々が現在置かれている状況を分析しているだけだ。明確になったのは、経済成長していない国に借金を減らすことはできないということだ。それは機能しない。忘れてはならないのは、ドイツとフランスは1945年に巨額の債務を抱えていたが、どちらも完済していないということだ。そして今、この二国がヨーロッパ南部の国々に借金を返せと言っている。これは歴史の健忘症だ!それは悲惨な結果を伴う」

聞き手「では、ギリシャ政府の長年の失態の後始末を他の国々がやれと言うのですか?」

ピケティ「若い世代の欧州人のことを考えなければならない時が来ている。彼らの多くが仕事を見つけるのさえ困難な状態だ。彼らには、『ごめんね、君たちに仕事がないのは、君たちのお父さんやお爺さんの世代のせいだよ』と言っておけばいいのだろうか?我々が求めている欧州モデルとは、全世代でコレクティヴに罰を受けている状態のことなのだろうか?今日、僕を何よりも動揺させるのは、ナショナリズムに端を発するこの利己主義だ」

出典:"Thomas Piketty on the Euro Zone: 'We Have Created a Monster" (SPIEGEL Online)

英国の左派ライター、オーウェン・ジョーンズはNew Statesman誌に寄稿した記事の中で「シリザの運命は緊縮反対派を叩き潰すために使われることになるだろう」と書いている。

「ユーロ圏の11%以上の市民を失業させ、スペインの若者の2人に1人を失業させて、貧困者に惨状を味あわせている状況が終わらないのは、EUの『この道しかない』という単純なドクトリンのせいだ」

「ギリシャはEU圏の反逆児だ。合法的に選挙で政権についてしまった暴徒たちが成功したらどうする?『この道しかない』の教義は崩壊し、台頭しているポピュリズム左派が勢いづいてしまう。年末までには行われるスペインの総選挙でポデモスが大勝したらどうする?アイルランド、ポルトガル、イタリア、オランダや他の国々がそれに続いたら?だからシリザは潰さねばならない。EU指導者たちは彼らが政権を握る前からそう決めていた」

出典:"The elites are determined to end the revolt against austerity in Greece" Owen Jones (New Statesman)

一方、ケン・ローチは「ギリシャ危機は欧州政治にとって決定的に重要。シリザが負ければスペインのポデモスの行く手も厳しくなる」と、パブロ・イグレシアスのポデモスを心配している。

また、英国の反緊縮派の女王、スコットランドのニコラ・スタージョン首相はこう書いた。

「緊縮の上に緊縮を重ねるのではなく、オルタナティヴを示す時でしょう。(中略)現在テーブルの上に提示されているのは、さらなる緊縮財政という単純な罰課題だけです。それはギリシャが抱える問題を全く解決していないし、長期的に維持可能な改革に必要なゆとりも与えていない。(中略)国民投票に向けての運動で私が学んだことがあります。これはEU指導者たちがギリシャへの対応を行う上でよく気をつけるべきことです。脅しと取られかねない姿勢には大衆は良い反応を示しません」

出典:"Let me tell you about referendum-threats won't work" Nicola Sturgeon (The Guardian)

7月5日のギリシャ国民投票についてジョセフ・スティグリッツはこう書いた。

「ユーロ圏が組織化されて16年が経ち、それはデモクラシーのアンチテーゼになってしまった。欧州の指導者たちはチプラス首相の左派政権を終わらせたがっている。多くの先進国で格差を広げた政策に真っ向から反対し、抑えが利かなくなった富のパワーを縮小しようとするギリシャ政権の存在は不都合だからだ。どうやら彼らは、ギリシャ政権に公約と矛盾する条件を飲ませれば、失脚させることは可能だと思っているらしい。

「(国民投票は)どちらに入れても大きなリスクを伴う。『賛成』に投票することは、終わりなき不況を意味する。おそらくは、国の資産を売りさばき、優秀な若者はすべて海外に移住する閑散とした国になる。最終的には債務を免除されるかもしれない。縮小して中所得国になり、世界銀行から助けてもらえるかもしれない。それが10年後、または20年後の姿なのかもしれない」

「対照的に、『反対』に投票することは、少なくともギリシャに可能性の扉を開く。強いデモクラシーの伝統を持つギリシャは、自らの運命を自分で掴むかもしれない。たとえそれが過去のような繁栄を意味しなかったとしても、ギリシャの人々が未来を形作るチャンスを手にすることのほうが、現在の不道徳な懲罰よりもはるかに希望がある。

自分ならどちらに投票するか、僕は知っている」

出典:" I know how I would vote in the referendum" Joseph Stiglitz (The Guardian)

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夕べ、BBCのディベート番組を見ていたら、ギリシャ危機についての議論になり、EUや銀行への批判が多く出ていた。「ギリシャ人は50歳になったら定年したりして働かないからこういうことになる。自業自得」みたいなことを言っている人は、パネリスト、観客も含めてたった1人だった。

そして何をかくそうこの国も、EU離脱の国民投票を控えているのだ。

英国でEU離脱を訴えているのは移民制限を訴える右派のUKIPだが、緊縮や今回のギリシャ問題では英国の左派もかなりEUに反感を抱き、失望している。このまま右と左の両サイドから徐々に浸食されていけば、EU支持者はどのくらい残るのだろう。

ギリシャを世界の笑いものにして勝ち誇っているEUは、自分たちの足元に深くて暗い墓穴を掘っているかもしれない。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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