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左翼が大政党を率いるのはムリなのか?:ジェレミー・コービンの苦悩

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
(写真:ロイター/アフロ)

英労働党の新党首ジェレミー・コービンが早くも苦境に立たされている。

労働党の中でも左端に位置する彼がこの時期に党首になったというのは不幸な巡りあわせだったかもしれない。難民・移民は大挙して欧州に押し寄せているし、シリア情勢はロシアの介入でカオティックだ。怒涛の時代に大政党をまとめるのはそれでなくとも容易ではない。

労働党内部から「シリアに軍隊を送るべき」という声が出ている。

左派紙オブザーヴァー(実質的にはガーディアン紙の日曜版)に労働党議員のジョー・コックスと保守党議員のアンドリュー・ミッチェルがジョイントで記事を発表した。コックスは元オックスファム幹部であり、人道支援のバックグラウンドから議員になった人だが、その彼女が保守党議員と一緒に「シリアの市民が安全に過ごせるヘイヴンを警護する目的で英軍を派遣すべき」と主張しているのだ。

「シリアの状況を解決するために軍隊を用いるのは倫理的に間違っているという人もいるだろう。しかし我々は全く反対の立場を取る。シリア政府が爆弾を雨あられのように降らせている時に、それを止めるキャパシティーを持っていながら、ただそれが止んでくれるのを待っているのは倫理的ではない。空爆による死と恐怖が欧州の難民危機の最大の要因なのだ。ISISの戦闘員が村を荒らし回り、子供たちを性的な奴隷にし、同胞である筈のムスリムを虐殺している時に、彼らを阻止するキャパシティーのある者がただそれを見ているのも倫理的ではない」

出典:”British forces could help achieve an ethical solution in Syria ” by Andrew Mitchell and Jo Cox

2013年にシリアへの武力介入の提出議案を下院で否決されたキャメロンは、再び武力介入を認める議案をかけることを示唆しており、今回は労働党内部でも、少なくとも50人の議員が保守党案に賛成の投票をするだろうと労働党の幹部関係者が英紙ガーディアンに明かしている。そうなれば、「武力行使反対」の立場を取る新党首ジェレミー・コービンは、自分の党内の議員たちに党首としての主張を無視される形になる。

コービンは、バトル・オブ・ブリテンの記念式典で国歌を歌わず、労働党の新党首として枢密院(女王の諮問機関)に招待されながら出席せず、スコットランドで堂々とハイキングしていた。こうしたニュースがメディアに大きく取り上げられるたびに、若者を中心とする彼のファンからは「さすがは生粋の左翼」と拍手喝采が贈られる。

が、野党第一党の党首として今後も様々な公式イベントに出席しなければならない彼が国歌を歌わないとなれば、労働党が伝統的に支持層にしてきた地方の年配の労働者たちは反感を抱く。わたしの居住する街を見てもわかるが、労働者階級には英国軍人のファミリーが多い。地方の下層の白人だらけの街は家々の窓から聖ジョージ旗がだらだら垂れている場所なのだ。こうした街の人々には、バトル・オブ・ブリテン記念式典で国家を歌わなかったコービンの姿勢は共感できるものとしては受け取られていない。

また、枢密院のメンバーだけが国家機密情報のブリーフィングを受け取ることができるので、将来政権を握る可能性もある大政党の党首がそのメンバーシップを持たなくていいのかという議論にもなる。メンバーになるために跪いて女王の手にキスをすることは彼の主義主張には反するかもしれないが、一国の首相となることを欲する人が国家機密情報を持っていないというのは心もとないし、そういう野党第一党の党首が国会で首相と議論を戦わせる時、その主張にはどれほどの信憑性があるのだという議論にも繋がる。

その一方で、もしコービンが戦争の記念式典で国歌を朗々と歌い、女王の前で跪いたら、彼を熱狂的に支持してきた層からは「コービンは魂を売り飛ばした」と言われてしまうだろう。言行一致の潔癖左派として売って来た彼が、「汚れたもの」になってしまうのだ。しかし、党首になってしまった以上は党全体を背負っている責任もある。コービンが右派メディアに「党首にはあるまじき」と騒がれる行動をとるたびに、「コービンは次は国歌を歌います」「コービンは枢密院のメンバーシップは戴くつもりです」という声明が労働党から出される。が、いつまでもこうしたことが続けられるわけがない。

また、「デモクラシー」を強く信じるコービンは党内運営でもその理念を優先し、すべて党内の人々の意見を聞いて決めると言っているので、たとえ彼の理念が「反武力行使」や「核兵器廃絶」だとしても、彼に賛同しない人々が多ければ自らの主張を曲げなければならない局面もある。ここでも、けっして信念を曲げない左派として売って来た彼が、「敗北したもの」になってしまう。が、それを拒否すれば自分の考えを押し通す独裁的リーダーになってしまうし、どっちに転んでも無傷ではいられないリアリティーに直面し、コービンはまだ覚悟を決めていないように見える。

これに痺れを切らしたのがスコットランドのSNPのニコラ・スタージョン党首だ。

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「反緊縮派」として党首選を戦ったコービンの労働党が、保守党政権の緊縮目標に概ね賛成する意志を固めたと知ったスタージョンは、スコットランドからコービンに檄を飛ばした。

「今週がジェレミー・コービン率いる労働党にとっての重要なテストになります。彼らが本物の野党として真剣に受け取られたいのなら、けっして失敗することはできないテストです。政府の歳出案に彼らが反対票を投じなければ、彼らの『反緊縮』の美辞麗句は、空っぽな大言壮語だということになる。そしてそれは、英国下院における真の野党はSNPだけだということの証明になるのです」

出典:”Sturgeon produces alternative to austerity and warns Corbyn not to back the Tory plans”:The Herald Scotland

この直後、労働党の影の財務相ジョン・マクドネルは、二週間前に政府歳出案をサポートすると発表していたにも関わらず、突然Uターンして「労働党は議会で反対票を投じる」と発表した

が、労働党議員の21名(影の内閣のメンバーも数人含まれているという)が投票を棄権し、保守党の緊縮案は下院で可決した。

スタージョンは、投票が行われた夜のBBC「News Night」のインタビューでこう言った。

「ジェレミー・コービンが彼の前任者よりも反緊縮派だということは喜ばしいと思います。しかし、彼の政党には緊縮派の人々もいる。我々のSNPは、党内が一致しています」

「逃げるな。まとめろ」と言わんばかりの強いスタージョンの視線は、まだコービンが持っていないものだ。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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