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最高裁裁判官国民審査の結果から見えてくること

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

ようやく最高裁裁判官の国民審査の結果が確定した。投票日翌日に速報が発表になったものの、その後、複数の自治体で間違いが見つかり、修正された。

たとえば、北九州市の場合、速報として発表された結果では、戸畑区がほかの区に比べて、罷免を求める×の数が異様に少なかった。これを見た人が、ツイッターで疑問を呈した。私が北九州市の選挙管理委員会に電話で問い合わせてみると、電話口に出た職員も、結果の表を見るなり、「これは変ですよね~」。結局、全裁判官に×をつけた1740票を、「罷免を可としない投票数」としてカウントしていたミスが分かり、訂正の運びとなった。

私が不思議でならないのは、速報結果を表にまとめる際、一目見ただけで気づくはずの異常に、どうして誰も気がつかなかったのか、ということだ。衆議院選挙では、こんなミスは起こらないのではないか。これまでただの1人の裁判官も罷免されたことがない国民審査では、職員の緊張感が緩み、チェックが甘くなってしまう場合があるのかもしれない。制度の形骸化を、このミスが象徴しているように思えた。

前回より×が増えた

ただ、国民の中には、制度を形骸化させまいとする人々が少なからずいる。それも、前回の選挙に比べて、そうした人たちは増えている。

投票日の5日後に確定した結果によると、有効投票のうち罷免を求める×がつけられた割合(罷免率)は7.79~8.56%。前回は最も罷免率が高かった裁判官で7.73%だったのが、今回は10人の裁判官全員がそれを上回ったことになる。しかも、8人の裁判官が罷免率8%を超えた。

国民審査の投票用紙。名前の上の欄には×以外の記載はできない
国民審査の投票用紙。名前の上の欄には×以外の記載はできない

罷免率だけではない。実数でも、前回より×が増えた。今回は10人に対し合計4668万4038個の×がついた。1人平均466万8404個となる計算。前回は裁判官9人で合計4029万5091個の×(1人平均447万7232個)だった。今回は、衆院選の投票率の低さに連動して、こちらの投票率も57.45%と前回より9.43ポイントも下がったにも関わらず、×の数が増えているのは、特筆に値する。

この問題については、一票の格差の問題に取り組んでいる弁護士グループが、再三新聞広告を出すなどして、等しい重みの「1人一票」を認めない最高裁に対して「NO」を呼び掛けるなどの取り組みを続けてきた。また、投票日2日前にYahoo!ニュースに掲載された拙稿「最高裁裁判官の国民審査をどうする?」は、イッターやフェイスブックを通じて、多くの人に読んでいただけた。

こうした情報をきっかけに、制度の問題を考えたり、裁判所の現状に思いを致し、意思表示として×をつけた人が増えたのだろう。×が過半数に達しないと罷免されない制度なので、今回も誰も罷免には至らなかった。それでも、4668万4038個もの×がつけられたことを、最高裁のみならず、制度を所管している総務省、そして制度設計に携わる国会議員も軽視すべきではない。

信任票の誘導はやめよ

今回も、各地の投票所で投票用紙を手渡す選挙管理委員会の職員たちが、「分からなければ何もつけずに投票箱に入れるように」という事実上の信任票の誘導をしていたようだ。投票日当日、ツイッターを通して、そういう体験談がずいぶん寄せられた。

一番ひどかったのは、「分からないから棄権したい」と申し出た人に、選管職員が氏名を問い、メモしていた、というケース。これは、秘密投票の権利を侵しているとさえ言えるのではないだろうか。衆院選挙は投票するが国民審査は棄権する、というのも一つの意思表示のはずだ。

「分からない」と「罷免の意思なし」では違う。なのに、「分からないから、罷免の可否について判断したくない」という意思は、ないがしろにされているのが、現状だ。このように分かりにくい制度の下では、選管職員は投票用紙を渡す際、「棄権したい場合は投票用紙を返して下さい」など、国民審査だけ棄権することも可能であると告げるのが親切、というものだろう。それによって国民審査の投票率は下がるかもしれない。だが、無理矢理投票率を維持するより、投票する人の意思が投票にきちんと反映されることの方がはるかに大切だ。

制度の改革が必要だ

それにしても、今のような分かりにくい制度をいつまで続けるつもりだろう。

私のところに寄せられた声では、「今後も続けてもらいたいと思う人に○、辞めさえたいと思う人に×、判断できない場合は空欄にしておく」という信任投票の形にして欲しい、という意見がとても多かった。

そうすれば、「分からない」と「罷免の意思なし」がきちんと区別されるだけでなく、裁判官たちも○を多く得るために、自分の実績や考え方をもっと表明するようになるのではないか。裁判官たちは語らなすぎだ。新聞社が行ったアンケートなどでも、取り調べの可視化や裁判での証拠開示についての考え方を問われても、誰1人まともに自分の意見を述べていない。国民の側からすると、判断するための材料があまりにも少なく、あったとしても専門的過ぎて分かりにくい。

国会議員は定数や一票の格差是正だけでなく、ぜひ最高裁裁判官国民審査の制度も改革すべく、国会でぜひ議論をしてもらいたい。

期日前投票や外国に住む人たちの在外投票に関しても、改善する必要があると思う。衆院選の期日前投票は、公示翌日からできるが、国民審査は投票日の7日前からでなければできない。在外投票では、国民審査は行えない。

ツイッターでは、「期日前投票に行ったけれど、国民審査はできなかった」という声が随分と寄せられた。

確かに、用意する投票用紙が白紙で済む総選挙などと違って、国民審査の用紙には対象となる裁判官の名前を印刷しなければならない。対象となる裁判官は公示日に確定する。なので、それから印刷すると時間がかかる、というのが総務省の言い分だ。

しかし、過去10回の総選挙を見ると、衆院解散から公示日まで、短くても8日間はある。投票用紙は別にレイアウトを凝ったものではなく、単に名前を列挙して、その上に×を記入できる欄があるだけのシンプルなものだ。一日もあれば、印刷可能だろう。しかも、期日前投票を行える投票所は、市役所や区役所やその支所などに限定されている。やる気さえあれば、何の問題もなく公示翌日からの投票が可能ではないか。在外投票についても、同様だ。

これは、制度のあり方の議論とは異なり、技術的な点を検討すれば、すぐに改善が可能ではないか。次回の総選挙の時には改善されているように、対応を求めたい。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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