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【オウム裁判】死刑囚の証人尋問も公開の法廷で行うべし

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
オウム事件の死刑囚が収監されている東京拘置所

オウム真理教が引き起こした一連の事件の後に逃走、特別手配されていた3人のうち、目黒公証役場事務長だった仮谷清志さん拉致事件(注1)に関与したとして、逮捕監禁の罪に問われている平田信被告の裁判に、検察側が地下鉄サリン事件などで死刑が確定している井上嘉浩、中川智正両元幹部の証人喚問を申請した、という。

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過去のオウム裁判でも、検察側は重要な共犯者を証人として申請。井上元幹部の裁判には中川元幹部が証人となり、中川元幹部の法廷では井上元幹部が証言するというように、お互いに証言をし合ってきた。とりわけ井上元幹部は、麻原彰晃こと松本智津夫や他の事件関係者の裁判で最も多く検察側証人として数多く出廷してきた。

なので2人については膨大な証言記録はある。だが、裁判員裁判ではできる限り書面ではなく、法廷でのやりとりで審理を進めるのが原則。それに、事件から18年も経って人々の記憶も風化している中、事件の全体像をこの2人に語らせるのは大いに意味があると言える。

非公開の裁判が許されるのか

問題は、その証言をどこで行うか、だ。検察側は、死刑囚の心情への配慮と警備上の理由から、彼らが収容されている東京拘置所で非公開の「出張尋問」で行いたい意向のようだ。

「出張尋問」とは、証人の健康状態や年齢、その他の事情を考慮し、審理を行っている裁判所以外の場所に、裁判官、検察官、弁護人らが出かけて行って行う証人尋問のこと。「所在尋問」とも言い、非公開で行われる。オウム裁判では、地下鉄サリン事件や坂本弁護士一家殺害事件で死刑が確定している新實智光元幹部の母親の証人尋問は、地元の裁判所で出張尋問で行われた。オウム以外の事件では、たとえば秋葉原・無差別殺傷事件で、被告人の両親への尋問は、やはり心情を考慮して地元の裁判所で行われた。

ただ、平田被告にとって井上幹部らは、こうした情状証人ではなく、事件はどのように行われたかという犯罪そのものについての事実や被告人の事件への関わりについて語る最重要証人だ。その尋問を非公開で行えば、憲法に謳われている「裁判公開」の原則は骨抜きになってしまうのではないか。しかも裁判員裁判では、裁判の前に非公開の公判前整理手続きで双方の主張が出され、争点が絞り込まれていく。証人についての意見も交わされ、最終的な証人と尋問の概要、時間などが決められる。そのうえ、肝心の証人尋問まで非公開では、ほとんど密室裁判と同じだ。憲法第37条が保障する被告人の「公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利」はどうなるのか。

平田被告だけではない。地下鉄サリン事件やVX殺人・同未遂事件(注2)などで起訴されている高橋克也被告の場合、井上・中川両元幹部に加え、高橋被告が車を運転して送迎した地下鉄サリン事件の実行犯豊田亨元幹部、VX事件の実行犯新實元幹部など、複数の死刑囚の証言を求めることになると見込まれる。彼らの証人尋問をすべて出張尋問で行うことになれば、被告人質問と被害者の尋問以外の実質審理は非公開ということになる。

菊地直子被告の場合は、中川元幹部の証言が最も重要になるだろう。菊地被告は、彼の依頼で教団施設内の薬品類を外のアジトに持ち出し、それが都庁爆弾事件に利用されている。どのような依頼をしたかについての中川証言が、彼女の有罪か無罪の決め手になると考えられる。そういう最重要証人が非公開になってしまっていいのか。

出張尋問の要旨は、後日の法廷で裁判長が発表するが、これはあくまで要旨。どの部分を読むのかは裁判官の裁量に委ねられる。証人の口調や表情、態度も分からない。仮に検察側が誘導的な質問を行ったり、裁判長が強引な訴訟指揮をしたりしても、それが国民に知られることはない。

被害者も傍聴できない

事件の被害者も、証言を聞くことはできない。地下鉄サリン事件で夫を亡くした高橋シズヱさんは、非公開の審理について強い疑問を呈する。

「松本智津夫の公判には、被害者が呼ばれて証言しました。当時はオウムの人たちが法廷に来ていて、どのような報復をされるか…という不安もあり、事件の影響で体調も悪い中、公開の法廷で証言しています。どうして死刑囚だけが、その心情に配慮して手厚い保護の下におかれるのでしょう。それに、オウム裁判では、信者同士が自分の役割を小さく見せて、罪をなすり合う場面がしばしばありました。これから行われる裁判ではどうなのか、ちゃんと見届けたいし、井上らがどういう態度で証言するのかも気になる」

性犯罪の被害者も、遮蔽板で傍聴席から見えないようにするなど、できる限り配慮をしながら公開の裁判への協力を求めている。そんな中で、死刑囚だからという理由だけで、非公開とするのはおかしいのではないか。

事件から18年が経過し、人々の記憶も薄らいでいく。当時は幼くて事件についての生の記憶がない若い人たちが、次々に社会に出ている。そんな中、高橋さんのブログに、オウムの後継団体の1つ「光の輪」を主宰する上裕史浩・元幹部を擁護するような書き込みをしてくる人もいる、という。

そういう状況だからこそ、井上元幹部らが公開の法廷で証言を行い、それが報じられることは、事件の風化を防ぐためにも重要だ。

井上元幹部も、事件の真相を人々に伝え、風化させないために「事実を語ることがせめてもの償い」と述べてきた。非公開の証言では、彼ら罪を犯した者たちにできる最低限の償いの機会を奪うことになる。彼らにとっても、非公開証言は不本意ではないのか。

このように、非公開の出張尋問はデメリットばかりと言わざるをえない。一方、検察側が主張すると見られる「警備上の問題」など、実際はないに等しい。今も松本智津夫を崇めている「アレフ」にしても、厳重な警備を突破して組織的に井上元幹部らを奪還したり襲ったりする意図や能力があるはずもない。裁判所も、傍聴人の手荷物を強制的に預かったり身体検査を行うなど、過剰なほどにチェックを行っている。それでも心配なら、念のため護送中や法廷内で警察が厳重な警備にあたれば十分だろう。

「死刑囚の心情」に関しては、3月20日付毎日新聞が「ある検察幹部」の言葉を紹介している。

「拘置所は細心の注意を払って死刑囚をケアしているが、いったん出廷させると、どのような心情的変化が起こるか予想できない。生への欲望が制御できなくなる可能性もある」

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拘置所の職員たちの日頃の努力には敬意を表する。しかし、このような漠然とした「可能性」だけで、憲法で保障されている公開裁判の原則を骨抜きにしてもいいものだろうか。被害者の心情は置き去りにしていいのか。事件の風化を防ぎ、国民が事件の真相ともう一度向き合う機会を失わせていいのか。罪を犯した者たちの償いの場を奪っていいのか…。

様々な要素を考えれば、裁判所は検察側が出張尋問を求めても、毅然とそれを排し、公開裁判で証人尋問を行うべきだ。裁判を広く国民に開かれたものにしようという趣旨で始まった裁判員裁判であればなおのこと、非公開の密室裁判はふさわしくない。

注1)仮谷さん拉致事件は、教団が資産に目をつけて勧誘した女性A子さんが、次第に不安を覚えるようになり教団との連絡を絶ったのは、兄の仮谷さんがかくまっていると思い込んだ教団幹部らが計画。A子さんの居所を聞き出すために、井上死刑囚や同事件で無期懲役刑が確定した中村昇元幹部らが現場を仕切って、路上で仮谷さんを拉致。中川死刑囚が車内と教団施設で睡眠薬を注射していた間に、仮谷さんは死亡した。中川死刑囚らは逮捕監禁致死罪で有罪になっているが、平田被告の場合、拉致の場面しか関与していないため、亡くなったことについての責任は問えないとして逮捕監禁罪が適用された。

注2)オウム真理教は、教団に敵対すると考えた人を次々に攻撃した。そうした事件のうち、教団内で作った化学兵器VXを使われたのは3人。路上で皮膚にVXを付着させられ、1人が死亡。2人は重い中毒症状に陥ったが一命はとりとめた。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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