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外務省機密漏洩事件裁判での3記者の証言抜粋(2)

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

内田健三 昭和51年2月10日

ーー記者としての関心領域は?

戦後の政党政治の実態と外交関係に非常に興味をもって取材して参りました。

ーー秘密指定がされていることで、取材を控えることはないのか。

そういうことはまったくありません。

ーー政府が秘密指定をしており、外交交渉は秘密だという中で、プレスが積極的に取材をする意義はどこにあるのか。

抽象的に申しますと国民の知る権利、私どもの立場からいたしますと報道、言論の自由と申しますが、まあ真実の報道をしたいからということでございますけれども、少し長くなりますけれども私の考えを述べさせていただきたい。

私事にわたりますけれども、私は昭和18年に大学に入りまして、28年に卒業という非常に道草を食っております。それは学徒兵で参りまして、抑留されまして、4,5念病気をしましてから大学を出直して、10年在席という珍しいケースだと思います。そういう自分の経験を通して、真実の報道、言論の自由、国民の知る権利というものが、どんなに大事なものかということを痛感いたしまして、そのためにジャーナリズムという道を選んだわけです。

戦後に政治の特色は、日本では保守党、自民党は日米安保条約というものを基本に置いているわけです。それに対して革新政党と呼ばれる社会党が中心ですけども革新勢力は、日本国憲法というものを第一義において政治を考えている。この2つは、実はいずれもアメリカが戦後日本に対して働きかけて出来たものですけれども、この2つの勢力の立場がまったく対立しすぎているということがございます。それが1つの特色であります。

第2に、そういう形の対立の中で、実際には保守党自民党がほとんど永久政権に近い政権の座を維持しているということがございます。そこからどういうことが起きるのかと申しますと、官僚、たとえば外務官僚は野党が非常に観念的な追及をやりますから、それに対して、必要以上にガードをするということで、秘密扱いになるものも、その範囲が、私どもからみると一見バカげたものまでマル秘にするということが生じております。それから、野党の方が、現実の政治の流れと幾分とっている立場が観念的すぎてますから、追及というものがどうも、私どもから見ると掘り下げが足らないという感じがするわけです。

最近のロッキード事件でも明らかなように、日本の国政調査権は、かなり実際の働きがにぶいと思います。そういうことで、1つの政権が長く続き、野党は政治運営の実態というものから遠ざかって、なかなかそこをつかみかねるというような関係がございますので、国民が知りたいことを知るということからいえば、ジャーナリズムの活動で、その空白を埋める必要があるということを基本的に考えております。

ーー記者会見やブリーフィングなどの機会でその都度政府は知らせるのだから、プレスが積極的に取材をやる必要がないということも言われるが。

もしそういう考えがあるとすれば、報道、取材というものに関する無知でありまして、今のようなお話のようなことであれば、新聞は政府の広報機関になればよろしいということであってですね、実際の取材の現実は、記者会見、あるいはブリーフィングだけでは取材とは言えないんですね。

ーー交渉の場合、プレスが取材して手の内を報道すれば自国の利益にならないということも言われているが、日米安保交渉の取材をしていてどうか。

一般論としては交渉過程で伏せておいたほうがいいというようなものもあると思います。ただ、実際の外交交渉、それを報道してきた今までの実績から言いますと、相手方に知られたくない手の内を国内の新聞が暴露するということは少ないんじゃないかと。つまり相手国はわかっているのに、日本の国民には見えていないようものを出すケースの方が多い。そういう意味から言えば、いわゆる国益論というのが該当するようなケースは少ないんじゃないか。むしろ国民がめくらにされていることの危険性の方が大きいんじゃないかという気がいたします。

ーー秘密指定されている情報は多いか。

多すぎるという気がいたします。ですから、いつぞや(外務省の課長が)電車の中にマル秘文書を置き忘れたことがございましたね。それに対する外務省のコメントは、いやあれは大したことのないものだったというものだったと記憶しておるのですが、そのこと事態、いわゆるマル秘扱いが粗雑である印象を受けております。いわゆる国益とひっくるめて言われているものの中にも、いろいろな段階があるように思います。それをただ、政府が秘密にしているものは一切入るなというのは、これは政府サイドの独断であると考えざるを得ないわけなんですね。

ーープレスとしては政府と国民の間にある情報のギャップの橋渡しをし、独断のチェックをする、と。

まさにそうだと思います。沖縄返還交渉においても、交渉の過程で「核つき」で本土とは違った形で帰ってくるんだというような、意識的なキャンペーン、リークもございました。それに対するいろいろな論議がうずまいて、今の総理大臣の三木さんは、外務大臣として「核ぬき本土なみ」を早くから言われて、当時の佐藤総理大臣から叱られて、外務大臣をやめるということになったわけですが、その後の世論の経過を見た上で、佐藤さんんはまさに自分が批判した「核抜き本土なみ」で交渉をやるということにもなったわけです。私どもの側からすれば、政府がその時点ではいやがっている情報を出すということが、結果的にはいわゆる国益になるというケースは非常に多いんじゃないかと思います。

もう一つ例をとって言いますと、たとえば日中平和条約、日中の復興の交渉が47年夏ですけれども、あの9月29日に出た共同声明に覇権条項が入っております。それが今になって、日中平和友好条約の交渉の過程で非常な問題になっているわけですね。当時、田中内閣になって、駆け足で日中交渉をやりまして、あの覇権条項は誰も知らないうちにやみくもに入っていたわけです。ところが、それが今になって非常に問題を呼んでおる。ですから、あの交渉自体、これはマスコミも含めて駆け足をしたわけで、もう少しあの頃、冷静に中国側との話し合いの内容についていろいろな報道をしたらよかったんじゃないかという気がしております。

それからもう一つ、今まさに問題になっているロッキード事件ですけれども、あの問題も、実は47年9月1日のニクソン・田中会談が問題だったわけです。これは今、問題が動いている最中のことですから私は予断でものをもうしませんけれども、少なくともあの田中・ニクソン会談で航空機の緊急輸入という話し合いがついております。それの内容、あるいは意味というものは、私の記憶では、当時の新聞でほとんど報道しておりません。それはちょうど日中交渉にまったく関心をうばわれておりまして、ハワイ会談の実態というものが、当時、非常に報道が足らなかったと思います。

そういう意味でも、私はもう少し外交交渉というものは、その経過の中で、たえず私どもが引き出し、国民の反応を聞いていくほうがベスト、ベターな交渉になるんじゃないかというふうに確信しております。

検察官

ーープレスの側では、国には秘密なんてないんだという立場ではない。

私どもは、国に秘密はあり得ると思いますね。問題は、その秘密なるものが、取材をしてみなければ秘密であるかどうかも分からないということがありますし、その秘密なるものが、非常に恣意的に決められていることが多々あるということじゃないでしょうか。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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