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COP21パリ協定の「今世紀後半に人為的な温室効果ガス排出を実質ゼロ」の正しい解釈(お詫びと訂正)

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
(写真:ロイター/アフロ)

12月12日(現地時間)に、パリで開催されていた国連気候変動枠組条約のCOP21で、パリ協定が合意された。

パリ協定において「今世紀後半に人為的な温室効果ガス排出と吸収をバランスさせる」という記述がある。報道等の解説では「…排出を実質ゼロにする」と表現されていることが多い。

この意味だが、

「人為的な排出量を(陸上生態系や海洋による)自然の吸収量とバランスさせる」(解釈A)

「人為的な排出量を(植林などによる)人為的な吸収量とバランスさせる」(解釈B)

という2つの解釈があり、国内の報道でも解釈が揺れていた。(たとえば11日(採択前)の朝日新聞12日(採択後)の産経新聞は解釈A、11日の毎日新聞は解釈B)

結論を言うと、解釈Bが正しい。

つまり、今世紀後半に人為的な排出量と人為的な吸収量がバランスすることがパリ協定で合意された目標だ。

実は、筆者も13日のNHK「日曜討論」に出演した際に、解釈Aで説明してしまった。お詫びして訂正させて頂く。

「実質ゼロ」が意味すること

解釈Aの目標が実現すると、人為的な排出量と自然の吸収量とがバランスし、温室効果ガスの大気中濃度が一定に保たれる。

一方、解釈Bが実現すると、人為的な排出量が正味ゼロとなり、自然の吸収量によって大気中濃度は減少を始める。

正しい方の解釈Bが、より厳しい削減目標である点に注意してほしい。

確かに、世界平均気温を産業革命前を基準に2℃や1.5℃に抑えるには解釈Bが必要だ。このとき、海洋の熱容量による温度上昇の遅れで気温が上がり続けようとする効果が、大気中の温室効果ガスが減少することにより気温を下げようとする効果により打ち消されて、気温が早期に頭打ちになり、ほぼ一定に保たれるのである。

解釈BにおけるCO2の人為的な吸収源の候補は、植林のほかに、将来的にはバイオマスCCS(植物の光合成により大気中のCO2を吸収し、その植物からエネルギーを取り出し、その際に排出されるCO2を地中に封じ込める技術)などの可能性も考えられる。

以前の記事に書いたように、人為的な排出量正味ゼロの達成は理論的には可能だが、本当に実現するためには将来の技術や社会のイノベーションが重要だと筆者は考えている。

原文に当たることが大事

解釈Bが正しいことの根拠も説明しておこう。

筆者は、実は「日曜討論」の翌日にこの解釈が気になって、パリ協定の原文にあたってみた。

英語の原文は以下のとおりだ。

achieve a balance between anthropogenic emissions by sources and removals by sinks of greenhouse gases in the second half of this century

出典:Paris Agreement (Article 4.1)

しかし、これを見ても、"anthropogenic"(人為的)が"emissions by sources"(排出)までしか修飾しないならば解釈A、"emissions by sources and removals by sinks"(排出と吸収)まで修飾するならば解釈Bとなり、紛れが出てしまう(「常識的な英語のセンスでは全体にかかると読むのが普通だ」というのは、この場合は十分に強い根拠にならないだろう)。

解釈に確信が持てたのは、この問題に詳しい名古屋大学の高村ゆかり教授らと議論して、高村教授が仏語版を確認されたときだった(国連公式文書なので、6つの国連公用語の翻訳がすぐに出る)。

仏語版では、"les emissions anthropiques par les sources et les absorptions anthropiques par les puits"となっており、仏語がわからない筆者でも、"anthropiques"(人為的な)が2回出てきて"emissions"(排出)と"absorptions"(吸収)の両方を修飾していることは明らかだった。

意図的な誤訳はないだろう

このような翻訳の紛れ、特に新聞社によって解釈が違ったりしているのを見ると、各社が自分のポジションに都合のよい翻訳を採用して紹介しているのではないかというのが気になるところだ。

しかし、筆者の印象では、パリ協定採択の直前や直後の段階では各社とも内容を把握するのに精いっぱいで、そこまで高度な理由による違いではないだろうと想像する。特に、採択前の議長案では該当箇所は違った表現(neutralityとか)だったこともあり、解釈に紛れが出たのは当然と思えるほど、細部を正確に把握するのは難しかったはずだ。

また、解釈Aで書いていたのは、筆者の見つけた例では朝日と産経だったので、一般的に期待される新聞社のポジションとも相関が無いといえるだろう(ちなみに、産経の記事を筆者は以前批判的に取り上げたが、COP21前後の産経の報道はたいへん意欲的でよかったと思う。筆者がインタビューを受けたので急に持ち上げているわけではない)。

ともあれ、今後は統一された正確な解釈に基づいて、この合意の意味について人々の理解が深まり、その実現に向けた活発な議論が行われることを願っている。

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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